62.時は還りて<4/4>
石柩に刻まれた法円が光を放った。
法円の縁を取り巻くように、新たな光の縁が現れる。そこに、新たな文字が――いや、図形が刻まれていく。古代文字など読めないものでも理解できる、満ちて欠け、そして再び満ちていく月の姿が、縁の頂点から、右回りにぐるりと法円を取り巻き終えると、
法円の上に、菱形の金属の中央に、青く美しい石を乗せた、見覚えのあるものが現れた――そして、
文字でも、言葉でもない、『思い』としか言いようのないものが、二人の脳裏に流れ込んできた。
「……皆と共に死ぬことも老いることもできず、私は世界の時が過ぎるのを棺の中でただ見ていることしかできなかった。
棺の中にいながら、私には女王が死者の思いを喰らって肥大していくのを止めることも、女王に囚われて力を奪われる者たちを助けることもできなかった。それでも己を保ち続けられたのは、囚われた者たちとひととき入れかわって、その時代の人間として生きることで、わずかではあるが外の世界に触れ、時代の流れを知り、なにより女王に対抗するための知識を探る機会があったからだ。
多くの者と入れ替わることで、私はいつしか、この大陸には時代を超えて継がれている、ひとつの奇跡の伝承があると知った。月をその身に例えた『寄り添いし者』。そして、語られないが確かに存在する『免れざる者』のことを。
私は、『寄り添いし者』を知ったことで、女王が寵愛した白髪の侍女の正体をも知ることが出来た。そして、『寄り添いし者』とともにありし者こそが、『免れざる者』とともにある女王を滅ぼしうる存在となることを確信し、待ち続けた。時代の中に時折姿を見せては消える『寄り添いし者』が、ともに在りしものとともにこの地へ訪れる時を。
そしてやってきた。
時は満ち、過去は覆った。長い長い私の旅は終わり、元の場所に戻ってくることができた。あなた方にはどれほど感謝の言葉を並べても足りることはないだろう。
しかしもし、これ以上のなにかを望むことが許されるなら、私とレキサンディアの民に新しい未来をもたらしてくれたあなた方を、友として記させて欲しい。そしてあなた方が、あなた方の望むことを成し遂げられんことを――」
「それ、わたしの法具ですの?!」
ユカの声に現実に引き戻されたとき、法円の光は中央に現れた『法具』を包み込もうとしていた。『法具』は光に姿を変え、その光はさらさらと風に散らされるように、ユカの胸元にある法具に吸い込まれ、消えてしまった。
一方で、石柩に刻まれていたはずの法円も文字も綺麗に消え去って、石柩の表面はなめらかなただの石になっていた。
「な、なんですの、なんだったのですの」
「……返してくれたんじゃねぇの」
胸元の法具を手で押さえ、目を白黒させているユカに、グランが言った。
もう驚く気にもなれなかった。というか、今のことで、逆にいろいろと、納得できた気になってしまったのだ。
エレムも同じだったようで、戸惑っていたのが嘘のように、さっぱりとした顔つきで頷いた。
「そうですね、二つあってはいけないから、あるべきものが残ったんだと思います」
「ええー、勝手に納得してないで説明して欲しいのですの」
「説明……ですか」
そう言われると、どうにも困る。グランとエレムは少し首を傾げ、同じように首を振った。
「……後で、にしませんか」
「そうだな。後だ後」
「なんでこんな時だけ呼吸があっちゃうのですの! 実は似たもの同士なんじゃないのですの!?」
「……なかなか心外なご意見ですね」
「それは俺の台詞だ」
「で、どんな話だったんですか?」
「うーん……」
神官達と追いかけっこをしているランジュを見守って、外で待っていたリオンの問いに、グランとエレムは揃って首を傾げた。
出てきてから気づいたのだが、結局司祭からは、アヌダの起源云々の話は出てこなかった。
自分に科せられた最大の役目を果たした達成感で、目の前で起きたことを不思議に思う気にもならなかったらしい。グランたちの正体もつっこまれることはなかった。
ひょっとしたらシェイドが――ファマイシス王が、法具にそういうまじないを施しておいてくれていたのかも知れない。
少し黙ってから、エレムは気の抜けた笑みを見せた。
「疲れてるせいか、なんだか上手く話が組み立てられないんですよ、今日はもう頭を使いたくないです」
「同じく」
「……まぁ、ろくに寝てないみたいだから仕方ないですよね。お二人が回復するまで、ぼくがちゃんとランジュの面倒を見てますから、しっかり静養してください」
妙に訳知り顔のリオンとの間に、ユカが面白くなさそうに割り込んできた。
「あなたが出しゃばらなくても、わたしがお世話できますの。だいたい、アルディラ姫のお世話係が、どうしていつまでもお二人にくっついてるのですの、おかしいのですの」
「自分の面倒もろくに見られないのに、きみに子どもの世話なんか無理でしょ。遊び相手ならなんとかなるだろうけど」
「ずっと思ってたけどあなたって妙に偉そうなのですの、小姑みたいなのですの」
「ぼくは事実を言ってるだけだよ!」
二人がランジュそっちのけで言い合いを始めたので、エレムは苦笑いしながらランジュの手を握った。ランジュは自分が原因で始まった口論には関心を示さず、食べ物の屋台でも探すように辺りをきょろきょろしている。
グランは子供達の様子にもうわのそらで、しばらく黙って歩いていたが、
「……結局、あの『ラステイア』は、なんだったんだ」
「本来は、女王が滅びることで消えるはずだったのに、『時の棺』に閉じ込められたことで解放されないまま、ずっと閉じ込められてたんでしょうね。それを僕たちが解放した……」
「そしたら、俺たちが今まで『ラステイア』に何度か会ってたのは、なんなんだ? 『ラステイア』がずっと閉じ込められてたなら、シェツェルが『ラステイア』を手に入れることもなかったし……、それ以前の奴らだって……」
「それは、僕らが今まで過ごしてきたのは、『過去が変わった後の現在』だからじゃないですか?」
「でも過去が変わってたなら、ここで俺たちがあの騒ぎに巻き込まれることはなかったはずじゃねぇか?」
「でもそうすると、女王が退治されることもレキサンディアの崩壊の時に討たれることもなかったはずだから、『ラステイア』はずっと『棺』に閉じ込められたままで……?」
「……」
「……」
二人はしばらく黙りこくったあと、揃ってこめかみをおさえて首を振った。
「……やめたほうがいいような気がしてきたんだが……」
「そ、そうですね……深く考えちゃいけないのかも……」
相変わらず、ユカとリオンがぎゃーぎゃー言い合っているが、こっちはこっちで混乱しているのであまり耳に入ってこない。
大きく深呼吸をしたあと、エレムは気を取り直すようにひとり、頷いた。
「過去が変わって、歴史が『正された』から事態も丸く収まった、とでも受け止めておけばいいのかも知れないですね」
「……それは誰にとっての『正しい』なんだよ?」
「誰に、って」
問うたほうも問われた方も、しばらく口ごもった。そして、揃って同じ場所に目を向けた。
エレムに手をつながれ、二人の間を歩くランジュに。
視線に気づいたランジュは、二人を不思議そうに見返すと、
「たこさんの足は八本なのですー」
そう言って、にっかりと白い歯を見せた。
<凍れる女王と時の棺・了>
参考資料
・「知の再発見」創書40 クレオパトラ/創元社
・ NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版2011年7月号 「クレオパトラを探して」/日経ナショナルジオグラフィック社
・ 水中考古学―クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで/中公新書
・ 別冊宝島2014 海底の神秘と謎/宝島社
・ 林修の歴史ミステリー 2018年1月3日放映分 林修が世界の2大黄金伝説に挑む!
幕末最大の謎「新説!徳川埋蔵金」&エジプト最大の謎「女王クレオパトラの墓・黄金財宝」/TBS
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