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61.時は還りて<3/4>

 それは、夜中に何者かに連れ去られたはずのフィーナだった。思わず駆け寄って手を取ったユカに、フィーナは少し戸惑った様子を見せたが、すぐに微笑んだ。

「お気遣いありがとうございます、あの地震の後、気分が悪くなった司祭様を無事に高台の野営地までお連れすることができました。皆さんがおっしゃった通り、エルディエルの方々もとても親切にしてくださって、……本当にありがたい話です」

「え……ええ?」

「司祭様が、水竜の神殿にご案内するという皆さんとのお約束を気にしておられたので、私どもだけ先に戻って、皆さんが来ることを伝えに来たんです。そうそう、皆さんに、ここの神官長様が特別なお話があるそうです」

「特別、ですか?」

「ええ、皆さんの特徴をお話ししたら、なんだかとっても驚かれたようでした。どうぞ中に入って、お話を聞いていらしてください」

 なんだかよく判らないが、歓迎してくれるというのであれば嫌だという理由もない。促されるまま中に入ろうとしたが、ランジュが庭先に放された山羊に興味を示して動かなくなってしまい、リオンは一緒に外で待つことになった。

 中はやはり、シース神殿と同じような作りだった。ただ、天井の高さは割と常識的で、祭壇までの通路の両脇にあるのは簡素な燭台だ。

 通路の両脇の神官達は、グラン達の姿を見ると敬うように胸に手を当て頭を垂れた。ユカは警戒する様子で、相変わらずエレムの袖を掴んだままだ。

 歩いてくる三人に気づき、祭壇手前で待っていた、大柄で目つきの鋭い男が、恭しく胸に手を当てた。ほかの神官と同じ服装だが、この男だけが草を編んだような模様の真鍮の冠をかぶっていた。

「お待ちしておりました、やはりファマイシス王の預言は正しかったのであります」

 全く初対面のはずなのだが、その口調には覚えがあった。

「この日に立ち会えるなど光栄であります、自分はこの神殿の司祭長で、名を」

「……シェイドか?」

 グランにぼそりと問われ、勢い込んで自己紹介を続けようとした男は目を瞬かせた。グランは構わず、

「港町に住んでいるのに小魚が食べられない? あんな小さく可愛らしい生き物を捌くなんて可哀想?」

「え? あ、はい、恥ずかしながらそうなのでありますが、……どこかで、お会いしましたかな?」

「いや……」

 グランは首を振った。それ以上話のしようがない。”シェイド”は戸惑った様子でグラン達を見返していたものの、空気を仕切り直すように大きく咳払いしてみせた。

「と、とにかく、皆さんが今日、ここに来るのは予言されていたのであります。……皆さんは、レキサンディアの崩壊の日に、女王シペティレを討つファマイシス王を助けたルアー神の使いの話を、ご存じでありますよね」

「いや?」

「そ、そうでありますか」

 即答され、シェイドはまた口ごもった。すぐに気を取り直すように頭を振り、なぜか背後を振り返った。石櫃の上に豪華な織物をかけた祭壇の、更に向こうの壁面に大きく描かれた絵。

 暗がりにやっと慣れた目を凝らし、三人は揃ってあんぐりと口を開いた。

 レキサンディアを今まさに巨大な波が呑み込もうとする中、倒壊した神殿の玉座で蛇を操る巨大な女王と、若く逞しい王が対峙している。その横で彼に従うのは、大剣を手にした白い服の戦士と、長い黒髪が特徴的な黒鎧の騎士。

 しかし絵の中で一番に際だっているのは、背中と伸ばした首とで、背後から迫る大波を遮り王達を護る、八つの頭を持った巨大な竜だった。

「女王を討った後、無事に仲間達と逃げ延びたファマイシス一三世は、当時のことを克明に記録しています。まさに波が町を呑み込まんとした時、天から光が降り注ぎ、太陽神ルアーが、二人の戦士を背に乗せた水竜を使わしてくださったと」

 言葉もない三人の反応を、単純に「二人に似たものが描かれていることに驚いている」と受け取ったらしいシェイドは、得意げに続けた。

「地盤の沈下と大波とで、レキサンディアの都市はその後ほぼ水没しました。しかし水竜が波をせき止めていたことで、住人の五分の一程度でしたが、高台に逃げ延びることが出来たのです。王はそのもの達をまとめ、新たな町を築き、民を導きました。一方で、かなり詳細な予言の書を記し、それを護るためにこの神殿を建てたのです。この神殿は時の為政者と協力し合い、予言の書に記された天災の予言、周辺諸国の政治情勢を活用して町を発展させてきました。その予言の書の、最後の記述と、ファマイシス王の最大の遺志がここで成就するのでありあます」

 言葉の最後には感極まって涙ぐんでしまったシェイドを、三人はただただ唖然と眺めていた。シェイドは手の甲で涙を拭うと、祭壇に向き直り、石柩にかけられた豪奢な布覆いを取り去った。

 石柩の表面には、見覚えのある図形が描かれていた。要塞跡の島の地下、『星の天蓋』の床に記されていた古代法円だ。その周囲には、グラン達が読めない文字が文様のように刻み込まれている。

 シェイドはその文字を指さし、読み上げた。

「光の戦士の生まれ変わりである、白き衣の使者と、黒き鎧の戦士が、水の巫女を伴って訪れる。二人の戦士がこの石柩に揃って触れたとき、時の封印は解け、預言は光に還るであろう」

 仰々しい予言と供に、シェイドに触れるように促され、グランとエレムは戸惑って顔を見合わせた。その二人の間で、

「……きらきら、してるのですの」

「きらきら?」

 ユカが石柩を凝視して声を上げる。今までの怯えた様子が一転し、言葉だけでなく、青色の瞳まで輝かせながら、ユカは断言した。

「水面におひさまが映ってる見たいに、ゆらゆらと光ってるのですの。知ってる力なのですの、開けると良いですの」

「はぁ……」

 もちろん、グランにはそんなものは全く見えない。エレムも同じなのだろうが、ユカの言葉が確信に満ちているので、無碍にも出来ない様子だ。半信半疑どころか、八割くらい疑わしげな顔で、法円の上に二人が触れた、その瞬間に――

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