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60.時は還りて<2/4>

「えっ、だってグランさん達は当事者ですよ」

「記憶を整理されたいそうなのです。何が起きたかもよく判らないまま、救助に当たられてたそうなので」

「はぁ……」

 グランとエレムが怪訝そうに、その陰に隠れるようにユカがこわごわと様子を伺っているのを見て、リオンは目を瞬かせたが、

「ほら、アルディラ様と船で遊覧した後で、僕たち、アンディナ教会にお邪魔したじゃないですか。アヌダの起源について調べていると話したら、教区司祭さんと神官さん達が、この街にはアンディナ教会だけではなく、レキサンディア時代の王族が崇めていた水竜の神殿があるから、そこもなにか『アヌダ』の起源に関わってるのかもしれない、って教えてくださったでしょう」

「水竜?」

「ええ。なんでもレキサンディアのひとたちが信仰していた、エディト神話の太陽神ルアーに由来するものだそうです。もちろんアンディナとは関わりがないけど、水を司る神と言うことで、お互い良好なおつきあいをしているって話だったでしょう。それで、明日……ていうか今日になっちゃいましたけど、司祭さんが神殿に僕らを紹介してくれるっていう話になって、……せっかくだからアンディナ教会にそのまま泊まるようにって勧められて。そしたら、夜半にあの地震で」

「……ちょっと待て、てことは、俺たちは昨日この町についたばっかりってことか?」

「そうですよ」

 何言ってるんですか、という目つきでグランを見返し、リオンは続ける。

「わりと大きな地震だったから、すぐに大波が来るかも知れないって騒ぎになってたでしょう。今なら高台にルキルアとエルディエルの部隊が野営してるからそこに逃げるようにって、町の人に伝えながら僕らも避難してたら、通り道の漁港で、倒壊した家屋から火の手が上がってたんです。建物の中に人が残されてるって聞いたときのお二人は、ほんとすごかったですね。いきなりエレムさんが剣を抜いて、傾いだ家の窓を叩き壊し始めるんだもの」

「え、ええ……?」

「壊した窓枠や邪魔な家具をみんなで取り除いて、ある程度出来た隙間にグランさんが飛び込んで、中から女性を引っ張り出してきたでしょう。それにみんなが気を取られてる間に、ユカさんがチュイナくんを海に放り込んで、そのチュイナくんが水で出来たカニをたくさん連れてきて、崩れた建物全体に潜り込ませたんです。暗かったから、町の人は、地震で潮が上がってきて濡らしたんだと思ったみたいだけど、おかげで火事も大きく広がらずに済みました。法具の助けがあったとはいえ、今回はユカさんもお手柄だったと思いますよ」

 リオンは素直にユカを賞賛している。ここのところの皮肉な物言いが嘘のようだ。

「避難してきた町の人は皆さん、グランさんとエレムさんにとても感謝してました。火事が広がるかも、大波が来るかもって、みんながおろおろしてたのを、お二人のおかげで正気を取り戻して、助け合いながら避難できたんだって」

「じゃ、じゃあ骸骨の話は……?」

「海で死んだ人が町の人を連れ去ってしまうって話はどうなったのですの?」

「え? なんの話ですか?」

「ほら、アンディナ教会で会った、カーシャムの神官から……」

「そんな人いたんですか?」

 リオンはきょとんとした顔でグラン達を見回した。

「グランさんは途中でどっかいっちゃって夜まで戻ってこなかったけど、ユカさんとエレムさんとランジュは僕とずっと一緒だったじゃないですか。カーシャムの神官って、黒い法衣を着てるんですよね? そんな人、あそこにいませんでしたよ」

 聞けば聞くほど、話がおかしい。黙って様子を見ていたヘイディアは、グラン達の反応を見て、なぜかほっとした顔つきで大きく頷いた。

「……皆さんは私が天幕までお連れしますから、リオンは先に戻ってください。慣れない侍女達の間で、ランジュが不安がっているかも知れません」

「あっ、はい、ランジュはそんな子じゃないですけどね」

 リオンはにっと笑うと、軽く頭を下げて元来た方へと戻っていった。

「……という感じなのです。皆さんが私と同じことを記憶しているらしいのは判りましたが、なにが起きているのか私には……」

「うーん……」

 状況だけだと、『時の舵』によって一日戻された、と考えるべきなのか。だとしても、自分たちの経験とリオンの話が食い違っている理由が推察できない。しかし今は体が重いし眠いしで、まともに頭が働きそうににない。

「……よく判んねぇけど、体洗って少し休んだら『水竜の神殿』とやらに行ってみようぜ。なんだか、すっげーだるい」

「そ、そうですね。僕も正直、このまま起きているのは辛いです」

「賛成ですの……。お言葉に甘えて湯浴みに行かせていただくのですの……」



 夜が明けて訪れたラレンスの町は、自分たちの記憶にあるものとは微妙に違っていた。

 大灯台の瓦礫を利用して作られたという要塞跡の建物があった”はず”の小島は、跡地であることを示す石碑が建っているだけのただの広場になっている。その島に続く白い堤防は存在していたが、記憶にあるものよりも幅広く、島と自由に行き来できるように道と柵が設けられ、どうやら町の名所の一つになっているようだった。

 そして何より、一目見てそれと判るほど、町は豊かだった。

 地方の寂れた港町といった印象は皆目なく、設備の整った港には中型の帆船が数隻接岸され、荷を上げ下ろしする水夫達が元気よく声を張り上げている。先日寄ったフェレッセほどではないにしろ、活気にあふれているし、地震と火事の影響で高台に避難しているものが居るというこの状況でも、通りはそれなりに屋台と人で賑わっている。

「やっぱり、昨日より人が少ないですね」

 ランジュの手を引いて歩くリオンが感想を述べているが、グランもエレムも言葉が出ない。

 昨日……? いや、とにかくアルディラのお供で遊覧を終えてから最初に歩いた町並みはもっと閑散としていて、町の住人がなにかから隠れているようにひっそりとしていたし、飲食の屋台など皆無だった。

 戸惑うグラン達の横で、ランジュは切った鳳梨パイナップルを刺した串を買い与えられ、酸っぱさと甘さを包括した謎の笑顔を浮かべている。

「おかしいのですの、ひとがいっぱいいるのですの」

 ユカは、エレムの服の裾を握ってついてきながら、こわごわと辺りを伺っている。

 割と大きな地震だったというが、石造りの建物の多い港近辺では、特に被害は見られない。せいぜい、外張りのタイルが剥がれ落ちたり、漆喰がひび割れていたりする程度だ。レンガが崩れかけて危ないような場所は、さっそく修繕の職人達が作業を始めていた。

 通りかかった衛兵に声をかけると、グランとエレムにひとしきり『昨日の活躍』の感謝を述べた後、水竜の神殿の場所を快く教えてくれた。案内しようとも言ってくれたのだが、町の様子を見たいからとエレムが丁重に断った。正確には、「町の様子『が最初とどれだけ違うか』を見たい」からなのだが。

 水竜が祀られているという神殿は、アンディナ教会のある区画から更に南、昨日火事に遭った漁師町からそんなに遠くない高台にあるという。安全が確認されるまで立ち入り禁止なのと、大多数が高台に避難しているので人気はなかったが、火事が消えた後のくすぶりと焦げ臭さが潮風に乗って、迂回したグラン達にまで届いた。

 全く民家がなくなると、あとは石畳の小道が町外れまで続いていた。遠くからでもそれと判る、石柱と石壁の建物が見える。外壁がないだけで、『棺』の世界で見たシース神殿の建物と外観がそっくりだった。あっちの方が無駄に大きかったが。

 神殿の前では、法衣姿のアンディナの神官達と、一枚布を肩からかけて腰紐で結んだ、独特の様相の者達が待っていた。グラン達がやってくると、迎える神官達を代表するように、知った顔の娘が一歩前に立った。

「衛兵から知らせを受けて、お待ちしておりました、皆さん、昨日は町のために本当にありがとうございました」

「……フィーナ様! ご無事だったのですの!?」

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