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54.暁の魔女と再生の王<1/5>

「やっほー、いっただきぃ」

 場違いに明るい声と供に、玉座の上の空間に、光の法円が描き上がった。

 それも、一つや二つではない。玉座を中心にした、壇上一帯の空中に、蜂の巣のように法円が広がっていく。

 そしてその法円は、蒸発するように女王から飛散していく黒い霧に触れると、更に鮮やかな光を放った。どうやら、薄れ消えようとしているあの黒い霧を、力として取り込んでいるらしい。

「てめぇ! 今になってなにやってんだ!」

「だってぇ、放っておいたら消えちゃうだけなんだもの」

 女王が座っていた巨大な玉座の、背もたれの上に腰掛けたキルシェが、グランを見下ろしながら余裕たっぷりに足を組み替えた。一方で、黒い霧を取り込んだ法円は光の鳥に姿を変え、止まり木のように立てられたキルシェの人差し指に向かって飛び集まって来る。

「女王の……残した力を、集めているのでありますか?!」

「そうよ、幻とは言えレキサンディアを現実世界に具現させるほどの魔力量だもの、このままなくなっちゃったらもったいないじゃない」

 グラン達を『水を空気に変える魔法』で援護したのは、このためだったのだ。あっけにとられたシェイドの声にかぶせるように、離れた場所のユカが大声を上げた。

「もとはこの人達の力なのですの! 返して欲しいのですの!」

 いいながら、ユカは広大な神殿の中で、卵膜に包まれるように漂う人間達を振り返った。

 だがそこには、青い幻のように形を示していた神殿は、なかった。

 神殿だけではない。神殿を囲む巨大な壁も、自分たちが駆けてきたレキサンディアの町も、一切がなかった。代わりに広がるのは、細い月の下、土台部分だけが水面から顔を出し、海草や珊瑚の群れを所々に擁した、崩れた都市の跡だった。くぼみに潮がたまり、岩の上で魚がびちびちと飛び跳ね、まるでそれまで海だったところから一斉に水が消えたように、海底の広大な廃墟が夜空の下に姿を現している。

「な、なんなのですの? みんな、どこにいっちゃったのですの?」

「そりゃあ、さっきまでいたのは女王のちからで保たれてたせかいの中だったんだもの。女王が滅んだらそれも消えるわよね」

 遠い時代、神殿の玉座だったかも知れない大岩は、鮮やかな珊瑚の住処になっていた。そのはるか上、なにもない空間に相変わらず座っているような形で浮きながら、キルシェがあっけらかんとした顔で答える。

「さっすが数千年も蓄えられてきた魔力ね、今なら世界征服もできそうな気がするわ。興味ないからやらないけどぉ」

 興味がわいたらやるのか。というとっさの突っ込みも出てこないまま、グランは変わり果てた海底の光景をぐるりと見渡した。

「じゃあ、あそこにいた人たちはどうなってしまうのですの!」

「どうなるのかしらねぇ、でもほとんど死んでたみたいなもんだし、いいんじゃない?」

「良いわけがないのですの! グランバッシュ様もなにか言ってやってくださいですの!」

 噛みつくように言葉を振られ、グランはしかし、半ば呆然と突っ立ったまま声をやっとの事で絞り出した。

「……海の水は、どこに行ったんだ」

「えっ?」

 元の世界に戻ったのなら、自分たちが立っている周囲は、海の底のはずだ。キルシェの魔法の効果が残っていたとしても、水がないのはせいぜい玉座周辺のごく一部の範囲だろう。

 しかし、月明かりの下に広がる廃墟からは、なにかの間違いのように海水だけが喪われている。

 土台から更に低い部分には水が残っているが、それもほぼ海底すれすれまで潮位が下がっている。灯台跡の要塞が、黒い小山の上に覆い被さるように建ち、その背後に明るく揺らぐラレンスの町が、ひどく高い場所に見える。明るく、というか、

「あれ、火の手が上がってませんか?!」

 グランと同じように、呆然と周囲を見回していたエレムが、やっと我に返って声を上げた。確かに町全体に松明が焚かれ、町は夜更けから明るかったが、あの炎の上がり方は尋常ではなかった。一方で、ヘイディアが珍しく戸惑った様子で、南の空に目を向ける。

「風が止まっています、……大きな力が、海を、遠くに……」

「あのときと、同じであります」

 それまで黙ったまま、玉座の跡を見据えていたシェイドが、口を開いた。

「地が揺れて、海が大きく引いたのです。巻き込まれた敵艦隊も、大きく沖に流されたのであります。引いた海は、何倍もの高い波で、戻ってくるのであります、レキサンディアを呑み込み、割れた内陸を海に変えた、あの日と同じに」

「そういえば、最後の最後で地脈に大きな反応があったわね」

 形ばかり眉の上に手をかざし、遠くを見渡すような仕草で、キルシェが首を傾げた。

「女王が地脈になんかしたんじゃないかしら。どうせ滅びるのに、魔力の無駄遣いなんてもったいないなぁ」

「地震が、起きたのか?!」

「『起こした』んだと思うー」

 地震なら、町に上がった火の手も説明がつく。町中に焚かれた松明が倒れ、建物に火がついたのだ。

 女王の最後の呪詛の言葉。己の滅びに、女王は再び内海全体を道連れにするつもりでいたのだ。

 しかしこの勢いで潮が引いたら、戻ってくる波に巻き込まれるのは、レキサンディアの一部であったラレンスだけではない。内海の湾岸には、多くの町ができている。更に内海の北、メルテ川の河口付近まで潮が遡れば、その行き止まりにある多くの町も大打撃を受けるだろう。

「ここにいたら、間違いなくまずいんじゃねぇの? とにかく陸に逃げるぞ!」

「でも、捕まってた人たちはどうするのですの、なんとか助けることはできないのですの?!

「今そんなこといってられねぇだろ! こっちが死んだらどうにもなんねぇんだぞ!」

「暁の魔女殿!」

 衝撃から冷めない周囲を叱咤するように声を張り上げるグランの、その声すらをかき消すように、シェイドが声を上げた。グラン達の慌てぶりを前にしても、悠然と宙に『座る』キルシェへと。膝の上で頬杖をついた姿で、キルシェは悠然と首を傾げた。

「はぁい?」

「あなたが今集めた魔力で『時の舵』を動かせば、被害を最小限にとどめられるかも知れない。どうか力を貸して欲しい」

「対処法があるんですか?」

 エレムの声に、シェイドは大きく頷いた。

「『時の棺』も『時の舵』も、もとは民を導くための王権の象徴なのだ。潮が引いて、都市が現れた今なら、『時の舵』を動かせる。キルシェ殿、女王に匹敵する魔力を保持している今なら、すべてを覆し、多くの人を助けることができるかも知れない、どうか力を貸して欲しい」

「えー? そんなことしてあたしになんの得があるのよ」

「こんな時になに言ってるんですか! その魔力だって、もともとあなたのものじゃないでしょう!」

 さすがにエレムも声を荒げる、一方で、シェイドは静かに、

「あなたには、その後の『時の舵』をお譲りする」

 あくびを隠すように口元に手を当てたキルシェの目が、輝いた。

「古代レキサンディア最大の遺産だ、報酬として遜色はないだろう」

「乗ったわ」

 即答だった。グランはぎょっとしてシェイドに目を向けた。

「おい、いいのか? こんなのにそんなのやっちまって」

「こんなのってなによー」

「構わぬよ、もうとうに滅びた国なのだ」

 グランの問いに、シェイドは口元に笑みを乗せ、前髪を大きくかき上げた。現れたのは、絵の中の女王と同じ色の目、そして女王そっくりに整った美しい顔立ちだった。

 ファマイシス王朝は、代々近親婚だった。シペティレに血の近い兄弟姉妹達の、顔立ちが似ていてなんら不思議はない。

「シェイド様って、何者なのですの……」

「遠い昔のただの死に損ない、でありますよ」

 シェイドは、一瞬だけさみしそうに微笑むと、今までの頼りない雰囲気とは一転した、優雅な仕草でユカの前に片膝をついた。

「巫女殿、その法具を、貸していただけぬか。必ず返すと約束できないのが、心苦しいのだが」

「こ、これをですの?」

 間近で絶世の美男に微笑まれ、ユカがドキドキした様子で頬を赤らめている。思わず微笑ましそうに目を細めたエレムの横で、

「驚かねぇな?」

「グランさんこそ」

「だってなぁ」

 問い返され、グランは思わず頭を掻いた。

 女王の世界である『時の棺』の中で唯一、女王に取り込まれないまま生き残っていただけでなく、女王に対抗できる真逆の性質の能力を扱える者。となれば、自ずとシェイドの正体は絞られる。

 シェイドが自分の正体について明言しなかったのを、グランが深く問いつめなかったのはそのためだ。女王が弟呼ばわりするのを見るまでもなく、シェイドの正体など、一連の事件に関わる女王の存在が示された時点で、判っていたのも同じだったのだ。

 そのシェイドは、片膝をつきユカの手を取る姿勢のまま頷いた。

「それは、増幅器なのだ」

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