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51.凍れる滅国と理越の女神<3/5>

 煙水晶に食らいついたチュイナの、水でできた体が、キラキラと光を放ち始めたのだ。

 ほかの石は追いすがる影にぶつかって炸裂し、近くにいた影を消し飛ばしているが、チュイナに飲み込まれた石は形を失わないまま腹の中に留まり、チュイナだけが輝いている。

「……そういうことですの、でかしたのですの!」

 瞬時に意味を理解したらしいユカが、いきなり勝ち誇った顔つきで右手を振った。チュイナはふわりと床に降り立つ寸前に、今度は細長い生き物に姿を変え、悠然と空中を”泳ぎ”始めた。

 たてがみを持った、長大で平べったい形の魚。太刀魚の王と呼ばれる皇帯魚だ。

 チュイナに触れた重たい空気は、次々に小さな太刀魚を生み出していく。小さいとはいえ、長さは大人の腕ほどもある。しかも、増えていく半透明の太刀魚たちは皆、全身に光をまとっていた。影達が、触れたエイ達を黒く浸食していったのと同じで、光もまた、太刀魚たちに次々と伝染しているのだ。

「今度こそ蹴散らすのですの!」

 ユカの声に応え、新たに生まれた太刀魚たちは群れを作りながら、こちらに向かってくる海草のような影達に突っ込んでいった。触れてももう、影は太刀魚たちに影響を与えることができない。突っこまれ、体当たりされたところから、ちぎれて漂い消えていく。こちらに近寄ろうとしていた影が、怯んだように先端をくねらせた。

「やりますな、巫女殿」

 次の霊珠を取り出そうとしていたシェイドが、感嘆の声を上げる。

 玉座の上で彫像のように座していた女王が、初めて表情を変えた。

「雑魚はお任せなのですの! 皆さんはあの偉そうなおばさんをなんとか……」

 高揚した声を上げるユカの目の前に、いきなりヘイディアが立ちはだかった。

 固い音がして、振り上げた錫杖がなにかを弾き飛ばす。勢いを失った小刀が、水の中を揺らぐように床に沈んでいく。

 ヘイディアが見据えているのは、女王……のそばに控えていた白い髪の娘だった。娘はなにかを放った後の形で、右腕を振り上げていたが、視線を受けてまた手を背に回している。

 女王は形のはっきりしない影を操るが、あの娘は物理的な武器を持っている。

「ユカさんは私が。皆さんは早く女王を」

 ヘイディアの言葉が終わらないうちに、グランは駆けだした。エレムもシェイドも後に続く。

 ほかの影達が海草のように形を変えてこちらに向かってくる中、女王のそばで佇んでいた右側の影が、そのときになってようやく動きを見せた。今まで見てきた海草のような者達とは違う、はっきりした頭をもち、牙を口元からのぞかせる。蛇そのものの姿だ。

 息ができるとはいえ、周りは水中と同じ状態なのだから、水棲生物の形をとると動きが速くなるのは道理だ。こちらが水を掻くように玉座に駆け寄る、その倍以上の早さで、黒い蛇は体を波打たせるようにこちらに近寄ってくる。シェイドが懐から霊珠を取り出そうと左手を動かした。

 その彼らの頭上を、大きな光の筋が追い越していった。

 皇帯魚の姿をしたチュイナが、鎌首をもたげた巨大な黒い蛇に向かって突っ込んでいくのだ。口を開け、牙をむくその頭は薄い体で器用に避け、胴体の部分に体当たりをしている。

 影が濃いのか、ぶつかった程度では蛇の形は揺るがない。それでも、同等の大きさと真逆の属性を持つ皇帯魚に足止めされて、絡みつこうと身をうねらせている。

 一方で、白い髪の娘は、さっき放ったのとは違う短剣を手に、玉座のある一段高い場所からひらりと飛び降りた。こちらは三人いるのだが、よほど腕に覚えがあるのか、動きに迷いはなかった。そして予測よりも動きが速い。この状態での動作に慣れているのかも知れない。

 ほぼ直感的に、グランは娘に向かって剣を構えていた。グランより一回り小柄な娘は、グランの長剣を、片手に持った短剣で難なく受け止めた。しかし続けざまに二撃、三撃を繰り出され、娘は眼前で受け止めながらもやむなく後退する。

 四度目には娘が大きくこちらの剣をはじき返し、二人は反動で飛び退いた。グランの剣の柄を映す紅い瞳が、動揺で色を濃くしたように見えた。

「貴様……まさか、『ラグランジュ』の主か?!」

「なんだよ、初めて会うみてぇなツラしやがって」

 グランは思わず眉をひそめた。どうやら娘は、特徴ある金属で出来た剣の柄に、そしてそこに埋め込まれた月長石にやっと気がついたらしい。紅い瞳の娘は、構えたまま探るようにグランの表情を見返した。

『ラステイア』が主を変えても記憶を保っているのはとうに判っていることだ。本当ならこれで三度目の対峙になるのに、今更こんな演技をする必要はないはずだ。

 だとすると、この『ラステイア』は本当に、自分と今初めて会うのか。『ラステイア』は大陸中に複数存在でもするのか、いや、こんなものがほいほいとあちこちに散らばっててたまるものか。

「こっちはいい、お前らはあの化け物をなんとかしろ!」

 加勢に回るか、とっさに判断がつかないでいるシェイドとエレムに声だけでそう叫びながら、グランは剣を突きの形に構え直した。斬るように薙いでいたのでは、水の中に近いこの状態では余計に抵抗を受ける。しかし、獲物の面積は娘の方が小さいので、動きだけなら娘の方が早い。陸の上でなら、とっくに決着が付けられているはずなのに、もどかしい。

 一方でシェイドとエレムは玉座の女王に向けて、壇を駆け上がろうとしている。

 侍女達の苦戦に気づいた女王は、煩わしげに軽く手を振った。応えたのは神殿の中で光の太刀魚とぶつかり合っているゆらめく影たち……ではなく、女王自身だった。

 女王の背後から立ちのぼる無数の蛇。それは、髪の代わりに無数の蛇を頭から生やし、見る者を石に変える異国の妖魔を連想させる姿だった。伸びた蛇は体をうねらせながら一旦天井へ向かって大きく伸び、自分に向かってくるシェイドとエレム、だけではなく、赤い瞳の侍女に打ちかかるグランや、ヘイディアに背後を護られつつ太刀魚の群れを操っているユカの頭上へと降下していく。

 別方向からの攻撃に気づいたグランがわずかに視線を動かす、その隙を突いて紅い瞳の娘が懐に切り込んできた。グランは剣を横なぎにして、娘を跳ね飛ばそうと力を込めたが、距離をとらせまいと娘は足を踏みしめてこらえている。とても、女王の攻撃まで相手にしている余裕はない。

 その背後で、銀色の光が大きく空を薙いだ。

 躊躇なく戻ってきたエレムが、グランの頭上へと降下してくる蛇たちの頭を切り飛ばした。ほぼ同時にシェイドの放る霊珠が空中で炸裂し、切り飛ばされた頭が光の中で蒸散する。

 一方で、ユカをかばってヘイディアが頭上で錫杖を振り回した。衝撃ではじけ飛んだ黒い蛇たちの破片の中に、光の太刀魚が群れをなして突っ込んでいく。

 しかし、光に消し飛ばされたものは蒸散するように消えていくものの、単に切り離されただけの影は、ゆらゆら揺れながら本体にまた吸い込まれていくようだった。物理的に蹴散らすのはその場しのぎにはなるが、決定的な損壊を与えるにはいまひとつ効果が薄いようだった。

 影達に対して、唯一効果的な武器を持っているシェイドも、グラン達の援護に回らざるを得ないため、容易に女王に近寄ることができないでいる。

「埒があかねぇな、」

 陸と同じ動きができれば、もう少しやりようはあるのだ。海中である元の世界の中途半端な干渉がなければ、逆に対等に動けたのかも知れないが、このままでは個別に足止めされて女王に近づけないままだ。

 グランの焦りに気づいた娘が、冷たく口元をゆがめた。そのとき――

※皇帯魚=リュウグウノツカイの漢名

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