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45.誰そ彼時、逢禍時<2/5>

『海からの悪い気配が強まっていると、エルディエルのお抱え法術師が進言している。市民は今夜はできる限り海岸から離れ、高台に身を寄せるように』

 夕刻前になって、衛兵達が町のおもだった施設を中心にそんな連絡を始めた。

 もちろん触れ回っている方も半信半疑だが、呼応したレマイナ教会が率先して動いた。町の衛兵だけではなくエルディエルの兵士達も協力して、診療所の患者を、ルキルア・エルディエル部隊のいる高台の野営地に運び始めたのだ。

 野営地では食事と寝所の提供があるとの話も出始め、連日の騒ぎで不安を感じていた者達は徐々に移動を始めた。

 しかし、当然ながら大半のものは半信半疑だ。不安に思ってはいても家から離れるはもっと不安、という者もいたから、夕暮れ前に移動した者はさほど多くはない。それでも、住人の警戒を強めさせるには十分な効果を発揮した。

 一方で、別の噂がどこからともなく流れてきた。この騒ぎに乗じて、悪さを企んでいる一団があるらしい、と。

『どんなに近寄っても姿形のはっきり見えない者、死んだ者の姿を装った者が現れたら気をつけろ。まやかしを使って人を惑わしている間に、盗みを働き、女子どもを連れ去る気でいるのだ』

 海からの悪い気が云々といわれるよりも、出所の判らないこちらの噂の方が、連日の騒ぎに振り回されてきた住人達にはもっともらしく思えた。

 そして、実際に暗くなり始めた頃、通りですれ違う相手、海岸を歩く者、今までなら見過ごしてきたような者達を注意深く見ていると、やはり、覚えのないもの、白っぽい影のようにしか見えないものがある。

 実際に目の当たりにすると、どうしていいか判断がつかない。しかし彼らの目の前で、エルディエルやルキルアの兵士と連れだって巡回していた衛兵が、わっとその影に群がっていくのだ。取り押さえられ、あるいは打ち倒された白い影は、形を失った骸骨に姿を変え、取り押さえた者は金の首飾りを手にしてこれ見よがしに大声を上げた。

「こいつら、純金の首飾りを身につけてるぞ! なんだか知らないが、とれたら動かなくなったぞ!」

「あれを集めて領主に持って行けば褒美が出るらしい」との話まで飛び出し始め、もともと血の気の多い漁師町の男達は、突然のお祭り騒ぎに活気づき始めた。一方で、騒ぎが広がって不安を強めた者達は、家族や近所の年寄り、子供達を連れて、高台に焚かれたたくさんの松明をめあてに、避難を始めた。エルディエルとルキルアの兵士達が作った野営地へ。

 


 要塞跡の建物は、通常は夜は人がいなくなる。しかし昨日の今日でもあるし、今夜は夜通し監視をつけようかという話もあったようだ。

 しかし、要塞跡の島は、堤防で陸地とつながっているとはいえ、海に囲まれてほぼ孤立状態になる。万一大量の「襲撃者」が現れた場合、増援が難しい。

 ここは松明だけを多く残し、夜間は堤防の出入り口を固めるべしと、オルクェルが衛兵側に進言したため、島は煌々と明るいが、無人の状態だ。

 グランたち以外には。

「……昼来た時と、全然雰囲気が違います」

 太陽の名残がかすかに残る空、海は蒼から鈍色へと変わり、更に濃い闇の色を底からわき立たせようとしている。堤防を渡りきった場所で立ち止まり、エレムは要塞跡の建物を気味悪そうに眺めている。

「僕が外から見ても判るくらいだから……」

 振り返ると、普段無表情なヘイディアが、それと判るほど険しい目つきで眉をひそめている。

「……これだけ強いと、性質もよくわかりますね。今まで触れてきた古代魔法に似ていますが、根は異なるものです。……シェイド殿、あなたの力と、同じ由来のものですね」

 ヘイディアは対人恐怖症の気があって、なじみの薄い相手と視線をあわせるのは難しい。だが、シェイドは伸びた前髪のせいで目元が隠れているので、正面から見てもさほど怖くはないようだ。

 シェイドは否定はしないまま、要塞跡の建物を見据えた。

「……ファマイシス王朝は神の血脈という伝承があり、歴代の王はそれぞれが神の化身と豪語するくらいでありました。代々近親婚であったため、正当といわれる者はより濃い血を受け継いでいたのであります。シペティレは中でも、突出した魔力を持っていたようであります」

「……王族の魔力は血で受け継がれたのでございますか」

「あっ、見てくださいのですの!」

 ヘイディアが更になにか言いかけたところで、ユカが大声を上げた。目は要塞跡の建物ではなく、堤防の外側に広がる海に向けられている。釣られて視線を向け、全員は揃って息を飲んだ。

「あれはなんですの? なんだか、絵に描いた……」

「町……?」

 それは確かに、町としか言いようのない光景だった。

 海底をカンバスに、翠玉のインクで立体的に描かれたような、美しくおぼろに輝く町並み。細長く広大な町は内海のはるか対岸近くにまで横たわっている。

 そして、要塞跡の建物、それが乗った島全体にかぶさるように、巨大で背の高い灯台の姿が浮かび上がっているのだ。それは、博物館の二階にあった都市の模型に、よく似た町並みだった。

「レキサンディア……なのか?」

「棺の中の世界であります。女王の力が強まったことで、棺の蓋が開いている時はここまで鮮明に見えるようになってしまったのでありますね」

 グランは息が詰まる思いで、おぼろに夜の中に浮かび上がる灯台と、それに重なる要塞跡の建物を眺めた。灯台の入り口跡が、ちょうど要塞跡の出入り口に重なるのだ。

「いなくなった奴らは、あそこから『棺』の中に引き込まれたのか」

「地上での、唯一の接点になっているのであります。今なら、あそこを利用すれば、我々も『棺』に入れましょう」

「ぞっとしねぇな」

 言いながら、グランはぐるりと全員を見回した。ヘイディアは相変わらず表情の薄い顔のまま、一方で、ヘイディアとエレムの間に立つユカは、珍しく緊張した様子だ。グランは軽く眼を細め、

「……つーか、お前、今からでも町に戻らねえ? リオンの言うことは適当に聞き流しておけよ」

「嫌ですの! フィーナ様をお助けするのですの!」

「でもなぁ……」

 噛みつくように即答され、グランは面倒そうに眉をひそめた。

 ヘイディアは法術だけではなく、打撃武器を用いた武術にも心得があり、戦力として十分数えられる。ユカの扱う法術は古代の法具の力を借りていることもあり確かに強力だが、それ以外では自分で身を守ることもままならないのではないか。

「僕も援護しますよ。水に沈んだ町の中に向かうんですから、ユカさんの力が必要になる場面があるかも知れません」

 エレムの言葉に賛同するように、ユカの頭の上で、水でできたトカゲのチュイナが前脚をあげて胸を反らした。

「もう、今更でありますよ。既に町に向けてシペティレの手下どもが向かい始めているのであります。今から一人にしたらかえって危ないのであります」

 シェイドの指さす方向を見ると、堤防から港の内側の海底を、青白く揺らぎながら人のような影が陸めがけてゆっくりと移動している。泳いでいると言うより、海底を歩いているような動き方だ。

「……うだうだ言ってたってしょうがねぇか」

 グランは、夕闇の中で明るく浮かび上がるラレンスの町と、その背後の山並みに目を向けた。町の裏手にある丘の上で、ルキルアとエルディエルの兵士達が野営している。ルスティナは、エルディエルの部隊とも協力し、町から避難してくる住民達を受け入れるために、野営地で指揮を執っているはずだった。もちろん、ランジュも今はそこにいる。

「陸はエスツファ達がなんとかすんだろ、行くぞ」

 グランは自分たちの目の前で空高くそびえ立つ幻影のような灯台を見上げ、歩き出した。

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