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43.時の棺と不磨の太陽<5/5>

「でも、この近辺が女王のせいでおかしなことになると、ユカを置いていけなくなるんだよな。それは困る」

「そ、そこでありますか」

 反応に困っているシェイドをよそに、グランは不本意さ全開で首を振っている。

「アンディナ教会まで送ればいいって話だったから我慢してたのに、このままじゃあいつがずっとついてくるってことだろ。ガキはランジュでいっぱいいっぱいなんだよ」

「グランさんの言うことはあまり気にしなくていいです、こういう人なので」

 エレムは苦笑いを見せた。

「復活した女王が、この近辺だけに留まって満足するとは思えませんよね。放っておけば、この町だけじゃなく、いずれは近隣全体の生活が脅かされることになる。これはゆゆしき事態だと思います。とはいえ、こんな話、領主や住民の方々が易々と信じるとは思えない」

「そうなのであります、シェイドとしてカーシャム教会を動かすにも、証拠が少なすぎるのであります。しかし、周りが信じざるを得ないほどに事態が進んでしまった時には、もう遅いのであります……」

「この街にいる、物わかりのいい奴らとなんとかするしかないってことか」

 グランとエレムは顔を見合わせて、揃って同じように肩をすくめた。 

「ま、なんとかなるんじゃねぇ?」

「皆さん、非常事態にはすっかり慣れてしまいましたからね。……そろそろ行きますか。御者さんをだいぶ待たせてしまいました」

「行くって、どこにでありますか」

 戸惑った様子のシェイドに、グランはにやりと笑みを見せた。

「物わかりのいい奴らの集まり」



「これは……」

 博物館の会議室に通されたシェイドは、集まった面々を見るなり言葉を失った。

 町側からは、海外沿いの詰め所にいた衛兵たちと、自警団の者。ルキルア軍からは、白弦騎兵隊総司令ルスティナと、黒弦騎兵隊総司令エスツファ、そして中央にはエルディエルの騎兵隊隊長オルクェルとルアルグ神官ヘイディアをを従えた、公女アルディラが座している。

「どうも、住人の不安をあおらずに我らが会するには、この場所が一番都合がよいようであったのでな。作戦本部として借り申した。」

 緊張感のない笑顔で、エスツファがシェイドの肩を抱くように奥へ促した。

「作戦本部……でありますか」

「カーシャムの神官、シェイド殿、姫の御前へ」

 戸惑っていたシェイドは、オルクェルの声にぎょっとした様子で、中央に座るアルディラに目を向けた。両隣のグランとエレムに、ぎこちなく首を向ける。

「エルディエルの姫君にまで話が通っているのでありますか、あなた方は一体……」

「グランとエレムは……わたしの大事な友人です」

 説明を大幅にはしょったのは、同席している衛兵や自警団員、博物館の職員をはばかってのことだろう。とはいえ、五番目とはいえエルディエルの正統な公女直々の『友人』発言に、驚きの視線が二人に集中する。

「二人には何度も助けられました。ここにいるルキルアの将軍方も同じことです。レキサンディアと共に滅びたはずの女王シペティレが復活をもくろんでいるなど、普通なら信じがたいことですが、彼らが言うことであれば偽りはないでしょう。北西部の民の平穏を脅かす存在があるのならば、それを排するのになんら異存はありません。エルディエルの名を負う者として、私たちも協力いたします」

 ここはさすがに大国の姫らしく、威厳を持って台詞を決めたアルディラに続き、オルクェルも真剣な顔で同席者たちを見回した。

「もちろん、シペティレの復活などという話を、住人達がそのまま信じるとは思えない。しかし、町の者らをさらっている何者かが、今度は大規『海からの悪い気配が強まっているとルアルグと法術師が告げている、今夜は特に警戒するように』と進言してあるし、こちらの部隊からも警戒のために人をまわすということで話をつけてある。……海からの襲撃者は、胸の首飾りが弱点、とのことであるな」

「は、はい、陸に現れる者に関しては、首飾りを外してしまえば、動きを止められるはずなのであります。……しかし、連中は死者についての記憶を利用し、見る者を惑わす力があるとも考えられます。もし、目の前に死んだはずの懐かしい者が現れても、動揺せずに対処する心構えがないと、心まで操られてしまうかも知れません」

「それで、海から現れた者について行ったと思われるものは、その弱い部分に入り込まれてしまったのであるな。心して対処させよう」

 オルクェルもごく自然に、シペティレの復活を前提にして話を運んでいる。

「……つーかこの話をアルディラにどう説明したんだよ。なんであんなに乗り気なんだ」

 小声で問われたルスティナは、軽く笑みを浮かべると手のひらでエスツファを示した。エスツファはそらっとぼけた顔で、

「ルスティナが順を追って説明した後に、『大昔に死に損なった美人の女王がエレム殿や元騎士殿を狙っている』と付け加えたのだ」

「エレムはともかく、俺は狙われてねぇだろ。女王が美人かどうかも今は関係ねぇだろ」

「交渉術というものであるよ」

 エスツファはすました顔で顎をなでている。その後ろでは、ユカとリオンが、引きつった顔で身をすくめている。

「大人の話術こわいのですの。アルディラ姫が手のひらの上なのですの」

「エスツファ様が臣下に甘んじてるなんて、ルキルア王ってどういう方なんですか……」

「カイルさんは植物が好きなのですー」

 隅で海の生き物の人形を遊ばせているランジュが、適当なことを口走っている。

 アルディラとの話がひととおり終わると、シェイドは未だに信じられない様子で、グラン達を見回した。

「まさか……皆さんは一連の現象から、自分の話なしで、シペティレの存在にまで行き着いていたのですか。一体何者なのでありますか」

「俺はただの傭兵だって言ってるだろ」

「皆さん、役職以上の何者でもないですよ、ただほかの方より、珍しい経験を多くしてるだけです」

 苦笑いでとりなすエレムの横で、グランは改めてシェイドを見返した。

「まだ答えを聞いてなかったな。そういうあんたこそ、一体何者なんだ?」

「自分は……」

 前髪で半分隠れたシェイドの顔の、口元が自嘲するように歪む。

「共に戦った仲間も、大事なものも何一つ守れなかった、ただの死に損ないでありますよ」



 太陽が溶けるように西の空に沈もうとする中、海からの湿った風が夕焼けに染まる街に吹き上げてくる。

 赤と藍に染まる海を背にして、要塞跡へ続く細長い堤防の上を、松明を持つ兵士に見送られて渡っていく集団がある。夕日に輝く海を背景に、大小の影が遠ざかっていくのを眺め、リオンは側に立つエスツファに目を向けた。

「ヘイディアさんはともかく、ユカさんまで行かせてよかったんですか。そもそも、あのシェイドさんを信用してよかったんですか」

「元騎士殿が何も言わないのであるよ。少なくとも、こちらを欺こうという気はなさそうであるな」

「でも本当にシペティレが復活しようとしてるとしても、もう魔物みたいな状態なんですよね? しかも、法術の素質がある人から、力を得ようとしてるんでしょう? 町のことは、町に住む人と治める人がなんとかするべきで、ルキルアもエルディエルもただ通りかかっただけじゃないですか。わざわざ危ないところにグランさん達が出向く必要はないと思います」

「リオン殿のその慎重さと冷静さはよい資質であるな。アルディラ姫がもし姉君達を押しのけて次期大公の野望を抱いた際には、参謀として登用されるかも知れぬな」

「そんな出世の仕方をしたら母さんが心配するだろうなぁ」

 とぼけたエスツファの言葉に、リオンは思わず本音らしいものを漏らしている。エスツファは、少し離れた場所でルスティナと手をつないで堤防を見送るランジュに目を向け、リオンには聞こえないくらいの声で呟いた。

「たぶん、元騎士殿が関わらねば収まらぬことなのだな。まったく、”ラグランジュ”は元騎士殿達に何を求めているのやら」

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