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42.時の棺と不磨の太陽<4/5>

「あなたは……いや、あなたの持つ剣からは、遠い昔に感じたのと同じ力を感じるのであります。それがなんなのか、すぐには判らなかった。だがあなた方と常に一緒にいるあのランジュちゃんを見て、思い当たったのであります。あれは、シペティレに仕えていた、侍女カルミオンと同じ気配であります。いかなる理由かは判りませんが、あなた方は、シペティレが受けていたのと同じ力からの加護を有しているように思えるのであります。それなら、あなた方が味方についてくれれば、女王が神としてレキサンディアとともに復活する前に、シペティレを滅ぼすことが出来るかも知れない」

「……やっぱりそうなのか」

 ランジュと同じ類の気配を持つ存在。そして持ち主に役に立つのなら、それは『ラステイア』に他ならない。シペティレは『ラステイア』を手に入れて、その力でレキサンディアを掌握するほどの実権を手にした。レキサンディアの滅びは、その代償だったはずなのだ。

「なにか、ご存じなのでありますか……」

 エレムに問うように視線を向けられ、グランは頷いた。エレムはシェイドに向き直ると、

「……『時の棺』が、異国の大陸から来たエディト神話に由来したものであるなら、そのカルミオンという侍女は、この大陸に古くからある知られざる存在の一つなんです。しかし、本当にその侍女が僕らの知っているものと同じ存在で、それがシペティレに力を貸していたのなら、レキサンディアが滅びた時にシペティレも死んで、侍女カルミオンはシペティレから離れ、それですべては終わっていたはずなんです。」

 主を失えば、『ラステイア』は人としての姿を失い、新たな主を探しにいなくなってしまう、とグラン達は考えていた。実際、自分たちが出会った『ラステイア』は、主が死ぬと同時に姿を消してしまった。

「女王が完全に滅びておらず、眠っているような状態で復活を待っているのなら、その存在もまだ側にいるはずです。しかし、僕らは今まで、別の場所で、その存在であるものを実際に見ています。この矛盾はなんなのか……。『時の棺』との関わりで、不測の事態が起きているのか……」

「……それは、今はおいておくとしてだ」

 グランは軽く頭を振ると、シェイドに向き直った。

「……もし女王が復活したら、どうなると思う? 女王はなにをしたいんだ?」

「まだ人間だった頃の……つまり、人として生きていた頃のシペティレは、理想的な統治者とは言いがたかったですが、外交手腕に長け、また和平を結んだ異国の王に対して愛情もありました。しかしレキサンディアの滅びの直前、異国の王は本国で失墜して権力を失い、次の王はシペティレを排除しレキサンディアを征服するために、大船団を組んでこの地に侵攻しようとしていたのであります。民の多くはシペティレの形式上の夫であるファマイシス一三世を真の王として支持し、実際にファマイシス一三世は仲間とともにシペティレを討つ寸前でありました。彼女には、自分を見限った世界に対する憎しみと失望しかなかったはずです。神に等しい力を持って復活してきたシペティレは、自分を真の王と掲げる新たな国を、いや世界を作ろうとするでしょう」

「それって、世界の再創造ってことですか……?!」

 エレムが驚愕した様子で声を上げた。シェイドが頷く一方で、グランは怪訝そうに眉を寄せる。

「なんだ、再創造って……」

「別の大陸の伝承では、よくあるんです。自分の意にそぐわない世に絶望した神は、人間を滅ぼして新しい世を作ろうと考える。世界を沈め、自分に忠実な少数の人間だけを残して新たな世界を築く、という……」

「確かに、最初からやり直しちまえば楽だろうけど」

 グランは今ひとつピンとこない様子で頭をかいた。

「今の世界を滅ぼしたところで、女王自身には新しく人間を作り出す力なんかないんだろ。エディト神話のシースは再生の女神かも知れないが、女王はそれを真似てるだけなんだから。自分は回復して周辺を滅ぼしたって、生きた人間が減る一方なら、何の意味もない」

「何言ってるんですか、シペティレは、死者を操ることができるんですよ。骸骨達には意思も感情もない、そもそももう死んでいるから、よほどのことがない限り減らないでしょう」

「そうなのであります、統治を辞めた女王にはもう、生きた人間は、ただの餌に過ぎないのであります。あれを強いて神と呼ぶのなら、生ある世界に対する復讐の神でありましょう」

 死者の国の女王が、自分にとって都合のいい者しかいない世界を作ろうとしている。意志を持たない死者を操り、逆らう生者は滅ぼして、従う生者がいたとしてもいずれ喰らい尽くされる。

「攻め滅ぼした土地の死者が、そのまま手駒になるのか……。めんどくせぇ女だな」

「面倒くさい、確かにそうでありますな」

 げんなりとグランが吐き捨てると、それまで緊張した様子だったシェイドが、ふっと口元を緩めた。

「グランバッシュ殿は、面白いお方でありますな」

「よく言われるが、それは褒め言葉なのか?」

「最大級の褒め言葉でありますよ」

 シェイドは冗談とも本心ともつかない口調で大きく頷いた。グランは空を仰いで軽く息をついた。

「……女王が完全に復活するまで、どれくらい余裕があると思う?」

「昨日になって、大規模に行動を起こしたと言うことは、もう猶予はほとんどないように思われるのであります。彼らは日の光と月の光を嫌うので、完全なる復活の日は多分、次の新月の夜でありましょう。

 ……今夜の月は、昨日よりも遅い時間に昇るのであります。復活に向け、昨日よりさらに多くの手兵を用いて人を集めようとする可能性が大きいのであります。こちらが行動を起こすなら、今夜かと」

「こちらが行動を起こす? 棺の中のシペティレに、攻撃を仕掛ける方法があるんですか?」

 シェイドは頷くと、開いたままの窓に目を向けた。

「灯台跡の要塞でありますよ。あの場所は、海中の死の世界と、地上の生ある世界の、接点になっているのであります」

「あの要塞跡の島か……」

 海の中は彼らの領域。リノが言っていたことを、グランは思い出した。

「もちろん、棺は固く閉ざされて、普段はこちらから行き来することができないのであります。しかし棺が隙間を開けて、こちらの世界とつながっている時であれば……」

「あいつらが、獲物を探しに骸骨を送り込んでくる間に、ってことか」

 グランは要塞の地下で一瞬垣間見えた、影のような都市を思い出した。

「そうです。その時を狙えば、棺の中に入ることができる」

「日が沈んで、月が出る前までの間か……」

「今から日没まで一時(二時間)と半、それからさらに辺りが暗くなるまでだと、……ざっと二時(四時間)後というくらいでしょうか」

 窓から伸びるように差し込む陽光に目を向け、エレムが頷く。

「……俺は別に、女王の復活だとか、世界の再創造だとかどうでもいい。この辺の守りはこの辺の奴らでやることだからな」

 グランは面倒そうに眉をかいた。

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