41.時の棺と不磨の太陽<3/5>
「ええ、いなくなった方々はどうも、要塞跡に向かって歩いていたらしいとの目撃情報があったようです」
「要塞跡でありますか? みなさん、見つかったのでありますか?!」
「衛兵が要塞跡を探しています。僕たちも見せてもらいましたが、いなくなった方に関してこれといった手がかりはありませんでした」
「そ、そうでありますか……」
「代わりに、おかしな話を聞いたんだが」
肩を落としたシェイドに、グランが言葉を続ける。
「昨日の夜、あんたが港から、要塞跡のある島を眺めてたのを、見た奴がいるんだ」
「……」
「あんた、フィーナらしい姿を見かけて追いかけてたって言ってたよな。でも、すぐ見失って近くを探してたって。それにしちゃ、ずいぶん遠くまで行ってたみたいだな」
「……そこまで行った記憶はないのでありますが、手当たり次第探していたので、ひょっとしたらあちらまで行っていたかも知れないのであります」
「そうか」
グランはあっさりと引き下がった。代わりに、ポケットに手を入れ、
「そうだ、忘れものだぞ」
言いながら、握った手をシェイドに差し出した。目を瞬かせるシェイドの腕をいくらか強引に引くと、手のひらの上に"忘れ物”をおいた。
ひびの入った、小さな煙水晶だ。
「ええと、これは……」
「カーシャムの神官ってのは、死者の弔いの証に煙水晶を使うんだろ。ちょっと前までは北東部の戦場跡で、ひもを通した煙水晶を首や手首にかけられた死体がよく回収されてたらしい。その煙水晶をどうやってカーシャムの神官が持ち歩いてるかって言えば、剣の鞘につけてるんだよな。縫い付けてたり、埋め込んでたりしてるから、一見飾りに見えるんだが」
グランは、シェイドの背負っている剣を顎で示した。革張りの鞘に、小さな煙水晶がたくさん、流れる風のように縫い付けられている。所々その流線が途切れているように見えるのは、使われたり、糸が切れたかして、その位置にあった煙水晶がなくなっているからだ。
「探せば、これと同じ形をした跡が、革に残ってるんじゃねぇかと思うけど?」
シェイドは困ったように、口元を曖昧に歪めた。グランはといえば、無理矢理照らし合わせる気はなかった。もしこの石がぴったりはまる跡があったとしても、どこかで落とした、なくしたと言われればそれまでだ。
「……あんた、この街で起きている事件を調べてるって言ってたな。でも、あんた、本当はもう知ってるんじゃないか。いなくなった奴らは、何の目的で、誰に連れて行かれたのか。レキサンディアの階級章をつけた骸骨たちは、誰に動かされてるのか」
「……」
「ただ、判んねぇんだよな。いなくなった奴らの居場所が判ってても、助けに行こうと焦るわけでもない。かと思えば、こんなのを使って、俺たちを襲った奴を追い払ったりしてる。あんた、一体何者なんだ? あんたが”シェイドとして”ここにいるのは、どんな理由があるんだ?」
「……グランバッシュ殿は、勘が鋭いのでありますな」
シェイドは観念したようそう言うと、今までとは違う、さっぱりした笑みを見せた。
「そこまで察しておられるのなら、あなた方にはお話ししても大丈夫なのかも知れないのであります。……いえ、ずっと打ち明けたかったのでありますが、お二人が耳を傾けてくれるかどうか、自信がなかったのであります」
「じゃあ……」
「ちょっとだけ、昔話を聞いて欲しいのであります」
傾いて色あせた陽光の中で、シェイドは伸びた前髪の下に隠れた目で、グランとエレムを穏やかに見返した。
……レキサンディアの最後の日、シペティレの弟でありレキサンディアの正当なる王でもあったファマイシス一三世は、少数の仲間達とともに、レキサンディアに侵入した。
南の海から、レキサンディアを狙う異国の船団が群れをなして現れ、レキサンディアの港では、迎撃のために兵士達が慌ただしく準備をしていた。
その騒ぎの中、海岸から侵入したファマイシス一三世と仲間達は、王宮ではなく女神シースの神殿目指して走った。目の前の海で戦端が開かれる今、女王は王宮ではなく、自分のために作らせた神殿で、神の化身として振る舞いながら戦局を見守るだろうと、王は考えたのだ。
多くの兵士が戦場に出向き、手薄になったシース神殿で、彼らはシペティレと対峙した。あと一歩で決着がつく、と思われたその時に、大きな地震がレキサンディアを襲ったのだ。
多くの兵士が、市民が、建物の倒壊に巻き込まれた。壮麗で巨大な神殿も例外ではなく、多くの神官、護衛の兵士達が屋根石の下敷きになった。神殿で無傷だったのは、屋根が割れたおかげで奇跡的に下敷きにならなかった玉座と、そこにいた女王と侍女ふたり、そして、まだ神殿の建物に入る前だった、王とその仲間達だけだった。
海は、底が見えるほどに一気に引き、一方で、沖合には、山のように盛り上がった波が、異国の船団をかみ砕きながら押し寄せてくるのが見えた。まるでレキサンディア全体が、何者からの裁きを受けているように、彼らには思えた。女王の滅びは歴然としていた。
しかし、まさに街が波に飲み込まれる直前に、女王は『時の棺』を使ったのだ。
死者も、まだ死者でなかったもの達も、すべてが棺の中に閉じ込められた。
『時の棺』を使ったことで、そのときに持てる力をほとんど使い果たした女王は、棺の中で再生を待つ眠りについた。瓦礫の中で死にゆく者だけでなく、大波さえ来なければまだ生きていられたかもしれない生者の力まで、己のものとして取り込みながら。長い眠りの中で力を蓄え、いずれ再起するために。
「……自分は長い間、『時の棺』に覆われ切り離された世界の中で、年をとることもなく閉じ込められておりました。月が欠け、満ちて再び欠けた時、力を取り戻した女王は『棺』から出てこの世に再び現れる。その前に、なんとしてでも女王を滅ぼさねばならないと、方法を探っていたのであります。しかし、棺の中の世界は、女王の世界なのです。女王を倒すには、棺から出てもらわなければならない」
「つまり、女王が完全に回復して、『時の棺』を解除させた時こそが、最初で最後の好機ってことなのか」
「それしかないと思っておりました。……しかし、その直前と思われるこの時期に、あなたたちがやってきた」
前髪に隠れたシェイドの目が、まっすぐにグランを見据えた。




