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40.時の棺と不磨の太陽<2/5>

「……アンディナ教会司祭のヘレナ様にお会いして、お話を伺って参りました」

 馬車から降りたヘイディアは、ルスティナに一礼すると、ぐるりとグラン達を見回した。小タコを海に帰して手を振るランジュを連れ、ユカとリオンもそばに寄ってくる。

「いなくなったと噂される人たちについて訊ねたところ、やはり、法術の素質があると思われる方が多くいらっしゃいました。昨夜から姿を消したままの老女は、近年、海で一度溺れかけた後から、海難に関する勘が鋭くなり、何度か周りの者を海の事故から助けているそうです。それがきっかけになってアンディナ教会にも頻繁に訪れ、講話に耳を傾けておられたとのことでした」

「やはり、法術の素質が強い者が狙われている疑いが強いのであるな」

「……ヘレナに会ったなら、シェイドがいたろう? あいつはなにか言ってなかったか?」

「シェイド……殿……?」

 ヘイディアは少し首を傾げ、

「ああ、カーシャムの神官殿が一緒という話でございましたね。私がレマイナ教会の診療所を訪ねた時には、それらしい方はおられませんでした。ヘレナ様の状態が落ち着いたので、一度アンディナ教会の建屋に戻ると、診療所の神官殿に言っておられたようです」

「ふうん……?」

「あ、あのう……」

 そばにはいたものの、大人達の話に耳を傾けているだけだったリオンが、おずおずと片手をあげた。

「その、シェイドさんなんですけど……不思議なんです」

「不思議って?」

 リオンはなぜか、ちらりとユカに目を向け、また視線をグラン達へ戻した。

「僕ら、ここに来る前までヘレナさんとシェイドさんと一緒に、診療所にいたじゃないですか。ヘレナさんを世話してくれた神官さんのなかに、シェイドさんと以前から顔見知りという方が何人かいらしたんです。その人達が揃って、おかしなことを言うんです。『シェイドさん、ちょっと見ない間に縮んだんじゃないか』とか、『こんなに前髪を伸ばしてどうしたんだ』とか」

「……へぇ?」

「シェイドさんとちょっと話すと、そうだったか、自分の思い違いだったって笑うんですけど……。目に見えてやつれたとかやせたとかいうなら判りますけど、数ヶ月程度会っていないだけで、背の高さとか、髪の長さとか、突然変わらないですよね。……なんか、変だなぁって」

「……そういえば、昨日司祭様やフィーナさんと話してた時に、似たような話を聞きましたの」

 リオンの言葉を頭から否定するかと思いきや、ユカも記憶を探るようにしきりと首を傾げ、言葉を継いだ。

「山向こうのサイスの町にあるアンディナ教会の人たちの話では、シェイド様は、魚が食べられない人という話だったらしいのですの。『大きな体なのに、小さな生き物を捌いて食べるなんて可哀想だ』って……。でもあのシェイド様は、大男でもないですし、好き嫌いもなかったのですの」

「……つまり?」

「僕たちが会ったシェイドさんと、神官さんたちが前々から知ってるシェイドさんは、別の人なんじゃないかなぁって……。知り合いだった人たちが不思議に思っていないのに、僕らが言うのも変かも知れないけど……」

 グランは笑い飛ばすでもなく、珍しく真面目な顔で空を睨み付けている。ルスティナは一つ頷くと、ヘイディアに視線を向けた。

「ヘイディア殿、ひょっとすると、我らは今、この町だけではない、近隣の平穏を脅かすような事態に直面しているやも知れぬ。オルクェル殿やエスツファ殿も交えて意見を聞きたいのだが、場を作るのに協力してもらえぬか」

 ルスティナの真剣な表情に、ヘイディアは錫杖を持ち直して姿勢を正すと、恭しく頭を垂れた。

「……新たなことがお判りになったのですね。承知いたしました」




 昨日、ユカ達と揃って歩いた時はひどく閑散としていたのに、今の街は騒がしい。

 といっても、祭りの時のような賑やかで明るい雰囲気ではない。衛兵達が慌ただしく行き交い、町の者達に注意喚起の声を掛けている。一方で住人たちはみな気配をひそめるように歩き、知り合いと出会うと声をひそめて不安を打ち明け合った。

 教会建屋の前の庭は、昨日と変わらない荒れた様相だった。その荒れた庭に、不釣り合いに立派な女王の像が佇んでいるのも変わらない。

「……開いてますね」

 叩き金をたたく前に、教会の扉に触れたエレムが、後ろに立つグランに顔を向ける。グランが頷いたので、エレムはそのまま静かに扉を押し開けた。玄関前のホールは相変わらずほこりっぽく、窓から差し込む日差しが誰もいない演壇と長椅子を白く照らしている。首を巡らすと、食堂の扉が半開きになって、人の気配が感じられた。

「……ああ、戻られたのでありますか」

 長椅子の前に立ち、置かれた絵本を見据えていたシェイドは、扉を開けて入ってきたグランとエレムを見て、口元を笑みの形に緩めた。伸びた前髪が目元を隠しているので表情を詳しく読み取ることはできないが、緊張感の感じられない、頼りない雰囲気も変わらない。

 違うのは、昨日は身につけていなかった長剣を、今はきちんと背負っていることくらいだった。カーシャムの神官にとって、剣は神から預かった大事な「力」なのだ。

「ヘレナさんは、大分落ち着いたようでありますよ。診療所に、お二人の知り合いという美しい将軍殿が来られて、子供達と一緒に出かけていきましたが、もうお会いになられましたかな」

「え、ええ、おかげさまで」

「お会いした時から皆さんただ者ではないと思っておりましたが、ルキルア軍の高官方と懇意にされているとは、よほど名だたる方々だったのでありますな」

 特にこちらを警戒している様子もない、相変わらずの穏やかさに、エレムは逆に戸惑った様子だ。グランは眉を動かすと、

「……あんた、ラムウェジって名前の、レマイナの神官知ってるか?」

「ラムウェジ殿……ですか? いや、この街には、そのような名の方ははおられなかったように思いますが……。その方がどうかされたのですか」

「そいつは変だな」

 グランはしれっとした顔で、

「レマイナ教会だけじゃない、今の時代、神官ならどの神に仕えてようが知らないやつはいないってくらいの、高位の法術師だぞ。”今の時代なら”な」

「そ、そうでありますか」

 シェイドは気恥ずかしそうに頭をかいた。グランがあえて繰り返した言葉にも、特に反応する様子はない。

「お聞きしたことはあるかも知れませんが、どうも自分、大事なことが時々ぽっと頭から抜けてしまうようであります。だからヘレナ殿にも、頼りなく思われてしまうのでしょうな」

 特に動揺したり、取り繕うような様子もない。ユカとリオンの思い過ごしではないか、と思えるような、変わりのなさだった。

「お二人は、衛兵の詰め所に行かれてたのでありますよね。なにか、フィーナさんの行方について、判ったことはありましたか」

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