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39.時の棺と不磨の太陽<1/5>

 要塞跡のある小島から堤防を歩いて戻ると、その先の港でランジュと法衣姿の子供たちの姿が見えた。子供達は、岸壁に腰掛け海面に紐を垂れる若い衛兵を、興味津々に後ろから眺めている。そのそばで、銀色のマントを風にはためかせたルスティナが、ほかの衛兵達と一緒に子供達を見守っているのが見えた。

「……なにやってんだ」

「紐の先に餌をくくって垂れていると、蛸がかかるのだそうだ」

 エレムと一緒に堤防を渡りきったグランに問われ、ルスティナは微笑んだ。グランの髪に隠れていたチュイナがひょいと地面に飛び降り、ユカに向かってちょろちょろ駆けていく。

「博物館で一通り話を聞き終えたら、ランジュが飽きてしまったようなのでな。散歩がてらそなたらを待っていた」

「お世話をかけてしまいました」

「いや、なかなかためになる話を皆で聞くことができた。……結局、要塞跡ではなにも見つからなかったのであるか?」

「それがさ……」

 ルスティナの問いに、グランとエレムは説明に困った様子で顔を見合わせた。



「……『時の棺』、ですか」

「重なって存在する、別の世界、か」

 要塞の中での出来事と、ルスティナ達が聞いたエディト神話の話。双方の話が終わると、グランとエレム、ルスティナはしばらくの間考えを整理するように口を閉ざした。

 その間に、ランジュは餌に食いついたちいさなタコを衛兵からもらい、手のひらの上で遊ばせながらきゃあきゃあと騒いでいる。

 生きて動くタコを初めて見たユカは、手のひらから逃れようと水のように体をくねらせるタコに向かって、おっかなびっくりと指を伸べていた。リオンも興味があるようだが、気味悪さが先に立つのか手を出そうとはしない。

「……レキサンディアが地震で崩れ、さらに大波にのまれようとする中で、シペティレがレキサンディア全体を『時の棺』に閉じ込めた……?」

「レキサンディア時代の方にとって、棺は、『死者が再生を待つための寝所』なんですね。敵国に攻めまれ、同時に弟王にまで戦いを挑まれて、八方塞がりのような状態だったところに、天災にまで見舞われた。本来ならそこで女王のすべては終わっていたはずです。しかしシペティレは最後の手段として、『時の棺』を動かした……と」

『時の棺』が実際にどういう形をしているかは判らない。魔道具なのか、呪文なのか。しかし、それを使うことで、「都市全体を包み込む魔法」がかけられる、と考えれば、その形状は今のところ問題ではないだろう。

「崩壊直前の姿で『時の棺』の中に閉じ込められたレキサンディアは、重なった別の世界で、時が再び動き出すのを待っている、ってことか……。でも、何で今になって急にシペティレは動き始めたんだ」

「今になって、じゃないですよ。大きな騒ぎは今までなかったかも知れませんが、生者が死者に連れ去られるという噂は、かなり前からあったようです。そう度々あることではなかったからこそ、噂でとどまっていたのが、最近になってあからさまになってきて、騒ぎになったのでは」

 確かにヘレナの話だと、この町には「近しいものが海で死んだら、しばらくは海に近づいてはいけない」という伝承があるとのことだった。

「……『時の棺』を魔道具の一つと考えると、発動させたときに大量の魔法力が消費されたはずですよね。女王が再び棺から出て活動を始めるには、相応の魔力が回復するのを待つ必要があると考えられます。それで長い時間をかけて、魔力の糧になりそうな住人を海に誘い込むことを繰り返していたとしたら」

 それまでひっそりやっていたのが、今になって急に何人も一度に連れ去った。それはつまり、完全にシペティレが回復するのが目前だから、もう隠れてこそこそやる必要もない、ということなのではないか。

「それと、もうひとつ気になることがあるのだ」

 考え込む二人をしばらく見守っていたルスティナが、機を見るように言葉を継いだ。

「女王シペティレは、二人の侍女を特に気に入って、そばに置いていたという記録があるそうだ。そのうちの一人が、雪のように白い髪に、夕陽のような赤い瞳だったそうなのだ」

「白い髪に、赤い……瞳?!」

「グランは、あの騒ぎのせいで見ている暇がなかったかも知れぬな。あの一角獣の絵の隣に、女王シペティレと侍女達を描いた絵があるのだ」

 玉座に足を組んで座り、美しい女王に寄り添う二人の侍女。一人は控えめに身を寄せ、もう一人は女王の肩に手を添えて、何事かをささやくように顔を寄せている。雪のような髪に、紅い瞳の娘。

「……女王は『ラステイア』と契約していた……? レキサンディアだけではなく、周辺諸国に影響を与えるほどの存在になれたのはそのためで、敵国の侵攻と、地震による崩壊は、『ラステイア』との契約の代償……だったってことか?」

「でも、持ち主である女王が滅びず未だに復活を待っているとしたら、今までの法則から外れませんか」

 腑に落ちないグランの内心を整理するように、エレムが言葉を継いだ。

「願いを叶えた、その代償としての滅びがやってきたのなら、その時に女王はすべてのものを失っていたはずです。当然、自分の命だって。死んでしまったら『時の棺』の中で復活を待つことも、できないのでは」

「契約は切れたけど、命は失われなかった……? いや、叶った願いの代償に、国がまるごと消えてなくなったほどなのに、本人だけは無事だったなんて、ありうるのか?」

「では逆に、いまだ契約が続行されているのなら、時の棺の中で『死んでいない状態』のままで再起の時を待つのも可能かも知れぬ」

 ルスティナの言葉に、グランは思わず眉をひそめた。

「それだと、『ラステイア』も女王と一緒ってことになるだろう? でも俺たちは今までも何回か『ラステイア』に会ってるんだぞ? そのたびに持ち主は死んで、あいつはどっか行っちまって……。レキサンディアの中にまだ『ラステイア』がいるとしたら、俺たちが会ったあいつはなんなんだ? まさか『ラステイア』ってのは、世の中にはいくつも存在するのか?」

「『ラステイア』が『ラグランジュ』の対になる存在なら、いくつも存在するのはおかしいですよね」

「逆に、『ラグランジュ』もたくさんあるとすれば……いやでも」

 背後で遊ぶ子ども達には見えないように、グランはランジュを指差した。

「あんなのがあちこちにいたら困るだろ。人間の食糧事情が悪化するぞ」

「ここで大事なのは食糧事情じゃないと思います」

 エレムがざっくりと言い切る。

「キルシェさんが言うに、『ラグランジュ』は世の理を越える存在らしいですからね。いくら古代の魔法技術でも、量産できるとは思えないです。それと同じで、『ラステイア』のようなものが複数あるとは考えにくいです」

「では、女王には『ラステイア』に似た別のものがついているのか。それとも、……本来なら、女王の死とレキサンディアの滅びですべてが終わるはずだったのに、『時の棺』の介入で、『ラステイア』にとっても不測の事態が起きている……とも考えられぬか」

 ルスティナは自分の顎に手を触れながら、陽光を受けて輝く海へと目を向けた。

「こればっかりは、当人に聞いてみないとなんとも言えぬな」

「聞いて……」

 グランとエレムも、ルスティナの視線を追うように、背後を仰ぎ見た。

 自分たちの立つこの場所から、沖にかけての広い範囲、遠い昔にはレキサンディアの壮麗な都が広がっていたのだ。自らを神の化身と称して、神殿の玉座に座していた女王。

「神になりたいと願ったのか……? 何のために……?」

 当時のレキサンディアは、王族によって都合よく改変されたエディト神話を信仰していた。レマイナを主神と仰ぐメロア大陸神話が浸透した現代とでは、神という概念が根本から異なるのかも知れない。しかし、彼らの考える『神』について、深く掘り下げている時間は今はない。

「女王が再起のために時を待っている……? 連れ去った人々から奪った力を蓄えて、今度こそ神として降臨しようとしているのなら……」

 海を睨み付け、考えをまとめるように呟いていたエレムが、不意に顔を上げた。通りの向こうから、屋根付きの馬車がやってくるのが見えた。

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