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34.継がれし世界<1/5>

 港からさほど遠くない場所に浮かぶ小さな島。そこに、ファボスの大灯台の瓦礫を再利用して作られたクァイト要塞がある。その建物は港湾管理施設として用いられているので、「要塞跡」と呼ばれている。

 陸からは、同じく瓦礫を利用して作られた堤防とつながれていて、昼間であれば徒歩でも無理なく渡ることができる。夜に閉鎖されるのは、灯りも柵もなく、転落の危険が増すからだ。それでも、夜釣りの者がこっそり入り込むことはままあるという。

 その堤防周辺は、今は衛兵の乗った船が何艘も行き交って、まるで転落者でもあったような慌ただしさだった。逆に、堤防の上には兵がいない。ちょっと見渡せば、人がいるかいないかくらいは判るからだろう。

「遠目だと判りませんでしたけど、わりと高さがあるんですね」

 堤防の横幅は、頑張れば大人五人くらいは並べそうなくらいだ。その中央を、衛兵に先導されて歩きながら、エレムがおっかなびっくりな顔で辺りを見回している。

 遠くからだとちんまりと見えていた要塞跡の建物も、近づくにつれて、想像以上に大きなものだというのが判る。あの場所に、昔はもっと大きく、背の高い灯台があったことが、知識だけではなく感覚的に納得できそうな気になってきた。

 オルクェルも一緒に来たそうではあったが、この騒ぎでアルディラの今後の予定を調整する必要があるとかで、野営地に戻らなければならないという。

 グランは自分たちが渡ってきた堤防を振り返った。翠玉色エメラルドの水面を割るように、石でできたまっすぐな道が白く浮かび上がって伸びている。

 その向こう、港の先の高台に、木々に囲まれたに博物館の白い建物が見えた。子供たちはルスティナと一緒に、会議室の窓から海を見下ろしているのだろうが、こちらからでは白い建物が陽光を明るく反射して、どこにあの窓があるかはもう判然としない。

 不意に、髪を引っ張られた気がして、グランは自分の左肩に目を向けた。それまで髪の間に隠れていた透明なトカゲが、グランと目が合って恐縮そうに引っ込んでいった。自分の代わりに連れて行け、とユカが言い張ったので仕方なく連れてきた、水でできた体を持つ使い魔のチュイナだ。

 ユカは使い魔の見ているものを、自分でも見ることができる。会話の内容も把握できるらしい。どれくらいの距離が有効なのかは定かではないが、町一つ分ほどの範囲は問題ないようだ。

「昨日今日人が歩いたような跡なんて、やっぱり判らないですね。誰かの落とし物でもあれば手がかりになるんでしょうけど」

「夜にこんなところを通るなんて、よっぽど慣れてるか、肝が据わってねぇと無理じゃねぇ? 若い娘とか、婆さんとか、怖がりそうなもんだよな」

「何者かに操られていて、怖いという意識もないまま歩いていたんでしょうか」

 昨夜目撃した船員の話では、全員は知り合い同士という雰囲気でもなく、ただ一列に並んで淡々と歩いていたという。夜半に細い月が昇ったので、月明かりで白い堤防が浮かび上がって見えたろうが、周りは真っ暗な海だ。いくら海辺の住人でも、歩くのをためらいそうなものだ。

 要塞跡のある島側にも、小さな船着き場があるので、普段は船で行き来するらしい。残されたものはないかとわざわざ歩いて渡ったが、堤防の上で収穫を得ることもないまま、グランたちは要塞側にたどりついた。



「内部は、上が四階、地下に三階ありますが、地下は現在は利用していません。上層は昼間は人がおりまして、特に昨日と変わった様子はないとのことです」

 案内の衛兵から引き継がれ、入り口を見張っていた衛兵が簡単に説明してくれた。エレムが頷く。

「物語だと、地下に秘密の通路があったりするんですけどね」

「レキサンディアの時代には、灯台下にはファマイシス王朝の財宝が隠されていると噂があったそうですが」

「へぇ?」

「灯台の存在を疎んじた敵国が、周辺諸国や盗賊をけしかけて灯台を破壊させようと流した計略だったようです」

 なるほど、それなら自分たちがわざわざ兵を差し向けなくても済む。いつの時代も、頭のよい奴はいるものだ。

「当時は盗賊騒ぎもあったようですが、実際に破壊される前にレキサンディアは地震と大波で滅びてしまいました。今は地下は、要塞として使われていたときの道具がおいてあるだけで、ほとんどの部屋は空っぽです。たまに巡回しますけれど、暗くてジメジメしてるだけです」

 夢のないことを言いながら、係員は地下に続く通路まで案内してくれた。先に衛兵たちが入っているから、壁際に作り付けられた燭台には火が灯っている。案内しようとも言ってくれたが、勝手に見るからと辞退して、二人は階下に降りた。

 要塞として作られた建物だというから、狭くて天井の低い、機能重視の古い作りかと思っていたら、ここの地下通路は天井も高いし、大人が並んで歩けるだけの余裕もある。地下で窓もないから、圧迫感を和らげるために広めに作っているのだろうか。

 地下一階は、階層の中央にある階段を囲むように通路が作られ、そこから各部屋に入れるようになっている。各部屋の入り口は、鉄の枠があるだけで、扉自体は外してあった。昔は鉄格子の扉でもあったように思えるが、鉄自体を何かに再利用したのかもしれない。それか、湿気のせいで錆びて撤去されたのか。

「何も……ないですねぇ」

 いくらか部屋を見て回ったが、昔使っていた寝台や家具が壊れたのを寄せ集めたようなゴミの山がたまにあるくらいだ。

「なにかあるとしたら、もっと下の階でしょうか」

「天井が低くなるだけで、同じような構造ですよ。さっきも全部の階を一通り見ましたが、特におかしなところはありませんでした」

 近くで立ち番をしていた衛兵が、二人の会話を耳にして生真面目に答える。確かに現場の人間の方が内部には詳しいのだから、今更自分たちが見ても新たに何が判るとは思えない。

「ここで引き返しても、ユカさんが納得しませんからね。見るだけ見せていただきましょう」

「あいつも口ばっかは一人前なんだよなぁ」

 グランは肩をすくめ、更に階下へ続く階段へ向かった。

 これが陸地の要塞なら、地下はもっと広くて構造も複雑なのだろうが、島の上では広さも限られるのだろう。階段は、最下層までまっすぐつながっているようだ。地下へ向かうごとに、暗さと湿気が増すような気がするが、周りを海に囲まれた島だから、湿気が強まるのは仕方ないのだろう。そう思って、足下を眺めながら数段降りた、とたん。

 不意に、全身を水で包まれるような重い感覚があった。

 時が遅くなったように動きが鈍り、段差を踏みしめようとしていた足が空を、いや、水を切る。

 グランはぎょっとして顔を上げた。

 目に見えるのは、要塞の中の狭い石の階段、ではなかった。蒼く昏い海の底に広がる、石造りの町。多くが崩れ、廃墟と化した家屋の窓から海藻が伸びて揺れ、倒れて積み重なった石柱にフジツボがびっしりととりついて、その上をヒトデが這っている。遠い水面から差し込むわずかな光を受けて、きらきらとうろこを光らせた小魚の群れが建物の間をすり抜けていく。

 後ろで、エレムが息をのむ気配が伝わってきた。エレムにもこの光景は見えている。

 足場もなく、グランとエレムは緩やかに海中の町並みへと落下、いや、降下しているようだった。

 海底の廃墟。本来なら、海の住人以外動く者はないはずの町並で、しかし、通りのそこここに、人の影のようにうごめく何かが見えた。いや、文字通りそれは人影だった。

 ある影は、建物の前で噂話でもするように集まり、額を寄せ合っている。一方で、数体の影が姿勢良く並び、巡回する兵士のように通りを歩いて行く。じゃれ合いながら駆け回る幼い影達。

 あれは、この町で生活していた人間達の、過去の姿だ。

 グランがそう気がついた瞬間。

 それぞれが”日常”の中にいた影達が、一斉に動きを止め、

 こちらを振り返った。

 虚ろの黒に塗りつぶされた目が、目が、二人の姿を捉える。それまで人の形をしていた影達は、揺れる海草のように形を喪いながらぐねぐねと伸びあがり、通りの上で絡まり合いながら別のものに形を変えた。

 それは、額に黒い宝石を戴いた、一匹の巨大な蛇だった。

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