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32 .過去は水底に<3/4>

 一通りの解説が終わると、職員達が利用する別館の、会議室に案内された。話が出来る場所を貸して欲しいと、ルスティナが頼んだからだ。

 ひとつひとつの窓が大きく、腰掛けていても港の様子がよく見渡せる。博物館の敷地自体が山側の小高い場所なので、眺めも良い。要塞跡の建物も、それt続く堤防も一望できたが、ちょうど港に入ってきた中型の帆船に遮られて、衛兵詰め所側の様子は見えなかった。

 飽きたそぶりを見せていたランジュは、果実水のカップを抱えて窓から首を出すように港を眺めていた。それをはさむように、ユカとリオンが一緒に景色を眺めている。

 大人達は少し離れた場所に腰掛け、果実水を片手に声をひそめた。

「……で、何が新しく判ったって?」

「実は衛兵たちが町の者から聞いた中に、不思議な話が二・三あったそうだ。まず、月が出る前あたりから、見慣れない姿の者が、町のあちこちで目撃されているという話があった」

「見慣れない、姿、ですか?」

 さりげなく子ども達の様子に目を配りながらも、エレムが聞き返す。ルスティナは頷いた。

「上半身裸の屈強な男が、通りを歩く姿、だそうだ。もともと港町なので、みな軽装で、日中は半裸で出歩くもの多いそうなのだが、その男達は首元に豪華な飾りをつけていたというのが、共通の証言だ。しかし、どうしても顔が思い出せないとも、揃って言うのだ」

「顔が……?」

 シェイドも、昨夜押しかけてきた不審者について、そんなことを言っていなかったか。詰め所で話を聞いた男たちもそうだ。

「骸骨殿らは、見る者の目を惑わすようなまじないでも、かけられていたのかもしれぬ」

「もしかして、月を嫌うのは、月明かりの下では正体が隠せなくなってしまうからでしょうか」

 それなら、騒ぎが起きるまで誰も「骸骨」を見たと騒いでいないのも、月が出た後で一気に騒ぎが拡大したのも、つじつまが合う。彼らがなぜ、月を嫌うのかは判らないが。

「エディト神話というものを、調べてみる必要がありそうですね。名前は聞いたことがありますが、レマイナ以前の古い時代の神で、もう大陸内で信奉している地域はないんです。元は南大陸から伝わってきたらしくて、あちらなら今でもエディト神話の流れを汲む神々を崇めている地域があるようなんですが」

「そうであるな、詳しい学者に心当たりがないか、館長殿に聞いてみよう」

 ルスティナは頷いた。

「して、もうひとつは、騒ぎの中でいなくなったと思われる者たちについてだ。ヘイディア殿の話から、法術の素養を持った者が狙われているのではないか調べた方がよいと、オルクェル殿が町の衛兵に提案されたそうでな。衛兵らが急ぎ調べを進めていたという」

 ルスティナは、帆船の陰にあるはずの衛兵詰め所を見るように、視線を窓の外へ移した。

「どうやらそのうちの半数は確実に、法術の素養があったと考えられるのだ。アンディナの法術士は、海の天候の変化を予測したり、潮の流れを知る力があるとのことだが、いなくなった者らはいずれもそうした勘が鋭く、中には自分の素養に気づいてアンディナ教会と交流を持つ者もあった。教区司祭であるヘレナ殿が診療所にいるというので、ほかにも誰か心当たりがないかヘイディア殿が話を聞きに行っているはずだ」

 ヘイディアが確認したいこととは、そのことだったらしい。

「じゃあ……昨日の骸骨は、フィーナさんだけじゃなく、わたしや、エレム様を狙って押しかけてきたかもしれないって、ことですの?」

 いつの間にかそばに寄って話を聞いていたユカが、自分の肩を抱くようにふるふると首を震わせた。

 エレムは普段自由に扱うことができないが、かなり強い素養を持っている。リオンとユカもあわせれば、あの建物には、四人もの法術師がいたわけだ。

 シェイドの話では、正面から押し込もうとした骸骨は少なくとも四体はいたはずだ。それだけの数が一カ所に集中したとなると、やはり連中の狙いが法術師という可能性は高い。

「君の素養はたいしたことないけど、僕とエレムさんを狙ってきたというのはありえますね」

「どういう意味ですの!」

 ランジュが飲み終えた果実水の杯をテーブルに置いて、リオンが冷ややかに言い添えた。不安げだったユカが、一転、噛みつきそうな顔でリオンを睨み付ける。ルスティナは軽く苦笑いを見せた。

「街とは無関係なヘイディア殿の所までやってきたのであるからな。充分考えられることだ」

「で、でも、法術の素質のある人を連れて行って、なにかいいことがあるのですの?」

「……法術師の持つ力そのものが目当て、って可能性はあるな」

 外を眺めるのも飽きたらしいランジュは、今度は隅の書棚に飾られた海の生き物の置物を連れだし、自前のうさぎの人形まで取り出して勝手に遊んでいる。グランはなるべくそれを目に入れないように顔を逸らし、組んだ膝の上に頬杖をついた。

「法術師の力……ですの?」

「お前、天幕でキルシェがやってた手品、覚えてるか」

「てじ……、ああ!」

 少しの間、記憶を探るように視線を泳がせたユカは、すぐにぴんと来た様子で顔を上げた。

 山頂の社での一件のあと、キルシェは手に入れた魔力石に再び魔力を宿らせる実験をしていた。

 法術と古代魔法は違う理屈で動いているという。魔力は、他人の力を奪ったり、ああして魔力石にため込むことが可能らしい。一方、法術は発動自体が本人の素養に頼る部分が大きいから、法術師の力だけを別の者に移したり、他人に分け与えることは難しいだろう。しかし、

「人は多かれ少なかれ、生まれつき魔力を持っているそうなんです。法術の力は、古代魔法術では魔力に近いものとみなされているようで、それを取り出して貯め込む方法は、確かにあったようです」

 ヒンシアの一件を思い起こしているのだろう。エレムが少し息苦しそうに眉を寄せた。

 あのときの伯爵夫人の話からだと、法術の素養は、古代魔法では魔力と同等の力と見なされるように思えるのだ。

「海からやってくる何者かの狙いは、魔法力として転用できる、法術師の力……ということですか」

「でも、それを集めて、その何者かは何をしたいんでしょう?」

「それなんだよなぁ」

 リオンの疑問に、グランは肩をすくめた。

 なんとなく狙いは判ったが、相手の正体と目的はさっぱりだ。もちろん、魔法を使える者になら、魔力を集めること自体、財産を集めているのと同じことになるのだろうが。それだって、ため込むだけが目的ということはないだろう。

「……ちょっと待って欲しいのですの。本当に、法術の源になる力を奪う方法があったとして、それをとられた人はどうなってしまうのですの?」

「それは……」

 答えかけて、エレムとグランは顔を見合わせた。

 ヒンシアで見た動力炉は、対象が死んでからも魔力を吸い上げていた。死んでしまったものを、わざわざ元の場所に返しに行く理由などなかっただろうから、骨になった遺体は動力炉の周りに放置されていた。何十年も、何百年も。

 一方で、以前キルシェに『契約者の力』を奪われた精霊魔法の使い手は、ただの人に戻っただけだった。あれは本人の力ではなく、契約主である精霊から借りていた力、だったからかもしれないが。

 今回の相手が、魔力を奪うことを目的に、法術の素質を持つ者を狙っていたとして、どういう方法でそれを行うのかが判らない。力を奪われたものが、どうなるかも判らない。

「……どうなんだろうなぁ。ただ魔力を奪うだけが目的だとしても、あとに残るのは魔力のないただの人間なんだから、すぐに解放してもいいとは思うんだが」

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