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30 .過去は水底に<1/4>

 町のあの騒ぎだ。博物館は休館か、でなければ閑散としているかと思っていたのだが、行ってみたら妙に賑やかだった。訪れているのは、町の騒ぎとはほぼ関係のない、アルディラ来訪にあわせて高台の別荘地にやってきた、富裕な商人や貴族達ばかりのようだ。

 町の運営する博物館なので、展示物は幅広い。一階は、人目を引く絵画や美術品が多く展示してある。見物客が多く集まっているのは、この町出身で今は南岸の大都市で活躍しているという有名画家の作品が展示された区画だった。

「そういえばこの町って、幻想画家のドミニク氏の出身地だそうですね。有名な絵でもあるのかなぁ」

 受付嬢に頼んで、レキサンディアの歴史について解説できる者を呼んでもらっている間、奥の様子を気にしてエレムが首を伸ばした。

「あんなに人が集まるなんて、よっぽど独創的な絵なんでしょうね。見てみたいですね」

「げんそうは不思議なのですー」

「あ、後でな」

 ランジュは意味など判っていない様子でエレムに同調している。口元をひきつらせるグランを見て、エレムは怪訝そうに眉をひそめた。が、ランジュが受付台に置かれた魚の置物を勝手に触り始めたので、慌てて止めにいった。グランはわざとらしく咳払いすると、

「そういや、ヘイディアは来るのかね」

「オルクェルさんと話をしたら、すぐにこちらに来たいとは言ってましたけど」

 詰め所を出るまでは自分たちと一緒に来るつもりでいたらしいが、酒盛りのなかで骸骨を捕まえた青年達の話を聞いて、気が変わったらしい。

 海から来る何者かの狙いは、『死者が生前に縁のあった誰か』などではなく、法術の素質を持った者であるかも知れない。姿を消したといわれている者の共通点を調べ直すよう、オルクェルから衛兵に提案してもらうのが話が早そうだ。そのためにはまずヘイディアが、オルクェルに説明した方がよさそうだった。

 一緒に待っていてもよかったのだが、ランジュが飽きてしまったので、グラン達は先に博物館に来たのだ。

 すぐに中年の解説員が奥から現れ、グラン達は絵画の区画とは反対側に向かった。レキサンディアの遺物は、金細工の装飾品が多いため、管理の厳重な二階から上に保管展示されているという。一階には、レキサンディアが水没して以降、陸地に復興し発展した新しい街の歴史、伝統の漁具、兵士の武器の変遷といった、雑多だがそれなりに価値がありそうな展示物が並んでいる。

 先導されて向かった通路の先、階段の前が広い空間になってる。その空間に展示されたものをグランが指さした。

「ほら、ここにこういうのがあったのを見たんだよ」

 壁を大きく使って、レキサンディア時代からの街の歴史を年表にしたものが飾られている。その横に、レキサンディア時代の兵士の、等身大の石膏像が展示されていた。像は模造品レプリカの武器を身につけて、半裸の上半身に首に金色の飾りをかけられている。

「あ、あの首飾り……」

 シェイドがレキサンディア時代の兵士の階級章だと言っていた、あの首飾りに似せて作られている。もちろん首飾りは本物の金ではなく、銅でメッキされた模造品だ。手入れがいいのか、銅の部分だけやたらぴかぴかと輝いている。

「ぴかぴかなのですー」

 あわせてランジュが声を上げたので、階段に向かっていた解説員も気づいて足を止めた。

「これの本物が、二階にございますよ。レキサンディアの兵士の多くは上半身にはなにも身につけず、兵は入れ墨と首飾りで自分の階級を示したのです。金は加工が容易で、製鉄技術が未熟だったレキサンディアでは重宝されたそうです」

「製鉄技術は炉をどれだけ高温にできるかにかかってますよね。武器の製造などはどうなってたんでしょう」

「武器の多くは青銅のものを多用していたようです。上級兵や騎士は、輸入した貴重なウーツ鋼の剣や槍を与えられたようですが、盾や鎧、下級兵士の武器などは青銅であったようです」

「でかい灯台を作るくらいだから相当文明も進んでるかと思ったけど、鍛冶技術はそうでもなかったんだな」

「古代レキサンディアの製鉄技術自体は、戦乱期の大陸北東部とさほど変わらなかったようですよ。ただ、建築や造船技術に関しては、不可解なほど発達していたようです」

 踏み込んだ質問をされたのが嬉しかったらしく、解説員の声に熱が入る。

「ファボスの大灯台もそうですが、都市の南に建てられた時の女神シースの神殿も、現代では建築が無理な構造の建物だったといわれています。建材の運ばれてきた経路や建築方法に関する記録も残っておらず、一時はただの伝説上のものだったと言われていました。しかしレキサンディアの地図と、海中の目視図を照らし合わせると、確かにそれらしき建物跡があるのです。海の底でなければ調査もしようがあるのですが」

 見えているのに手が出せない、研究家にとっては実に歯がゆい状況だろう。

「……当時の文学書には、レキサンディアを魔道都市と表現したものもあるようです。レキサンディアは古代文明の終焉期に興隆した都市ですから、当時失われつつあった古代文明の技術を受け継いでいる可能性はあります。しかしレキサンディアの都市自体が魔動力によって稼働していた記述は、残っている文献を見る限りはございません。レキサンディアの都市開発は、人の手によってなしえたのだと私は思っています」

 グランがわずかに眉をひそめる。解説員に気圧されていたエレムが、グランの様子に気づいた様子でなにか言いかけたが、

「ルスティナさんですー」

「えっ?」

 兵士の石膏像を眺めていたランジュが、別方向に視線を向けて嬉しそうに声を上げた。身なりのよい初老の男に先導されて、ルスティナがこちらに歩いてくる。ひらめく銀のマントの後ろには、ユカとリオンの姿もあった。

「な、なんで一緒なんだよ」

「ルスティナ様は、私たちのことを心配してくださって、診療所まで様子を見に来てくださったのですの。ヘレナさまにはシェイド様がついていてくださってますの」

 なぜか胸を張るようにユカが答えた。一方でリオンが嬉しそうにエレムに近寄りながら、

「診療所にヘレナさんと親しい方がいらして、今日明日は診療所に泊まるように勧めてくれました。ヘレナさんは最初渋ってたんですが、たくさんの人中ひとなかにいた方が、フィーナさんについての情報も掴みやすいだろうって言われて、納得されたようで」

「そうですか、それならシェイドさんも安心でしょうね」

 エレムの何気ない言葉に、リオンは妙に腑に落ちないような顔を見せた。

「そのシェイドさんなんですけど……いえ、後でいいです」

 言いかけて、思い直したように首を振る。エレムが目をしばたたかせる。

「……そのあとで衛兵の詰め所に寄ったら、グラン達はこちらだと教えられたのだ。そこで馬丁に馬を頼んでいたら、館長殿も見えられてな」

 ルスティナの話にあわせ、館長が控えめに一歩踏み出した。

「グランバッシュ殿、昨日はいろいろご尽力いただき……」

「いや、いいから、いいから」

 グランが慌てた様子で手を振る。エレムとユカは不思議そうにグランに目を向けたが、ルスティナは穏やかに目を細めただけだ。

「オルクェル殿は、ヘイディア殿と一緒に衛兵の詰め所に残っておられる。ヘイディア殿の提案に絡んで、確認しなければならないことがあるそうだ」

「そ、そうか」

「せっかくなので、私たちもレキサンディアについて聞かせてもらおうと思って、先にこちらに来たのだよ。昨日は機会を逃した形になってしまったしな」

「昨日……ですか?」

「じゃ、じゃあ頭数も揃ったし早速解説してもらおうか!」

「はぁ……よろしくお願いします」

 グランに勢いよく遮られ、エレムはルスティナへの質問をあきらめ、解説員に改めて頭を下げた。わざとらしくそっぽを向いているグランに目を向け、声をひそめる。

「……いったい昨日、ここでなにをやらかしたんですか?」

「な、なんでもねぇってば」

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