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29.訪問者の正体<4/4>

 敷かれたむしろの上に、それなりに形を復元された三体の骸骨が並べられ、その頭側に、骸骨が身につけていたと思われるものが置かれている。ヘイディアの壊した骸骨だけは頭蓋骨以外どうしようもなく、骨と思われるものが小山になっていたが。ヘイディアは恐縮そうに肩を縮めている。

 一方で、ランジュをエレムが抱き上げた。予想外の行動をとらせないためだ。

「これが、さっきの若者達の捕まえた骸骨であります」

 青年らの酒盛りの場に現れたという骸骨は、この三体の中でも一番状態がいい。その側にはやはり、アンディナ教会に現れた骸骨が身につけていたものと同じ形の首飾りが置かれていた。

「揃って同じ首飾りか……、三体ともなりゃ、偶然じゃねぇな」

「ヘイディアさん、なにか感じるものはありますか?」

「……やはり、それぞれ似たような力を感じます。だいぶ薄れて、残り香のようにではありますが」

 ヘイディアは、骸骨自体は気味悪がるようなそぶりは見せない。生きた人間に比べたら、かつて人間だったものなど、ヘイディアにはたいしたものではないのだろう。ヘイディアには対人恐怖の気がある。

「古代魔法の気配と、似ているようで、異なるもののようです。根は同じようにも思えますが、気配自体が薄れているのでどうにも」

「……これをもう一回つけたら、骸骨が動いたりはしねぇかな」

「どうでしょう、今は物質に大きく干渉できるようには感じられません。ですが、試してみるのが一番かとは存じます」

 そういえば、一晩これを見張っていたのに、試してみるという発想は出てこなかった。やはり、動くはずのないものが未知の要素で動いていた、ということで、それなりに動揺していたのだろう。グランは入り口近くで控えている衛兵に顔を向けた。

「やってみてもいいか?」

「えっ、あ、はぁ」

 やはり半信半疑なのか、案内役の衛兵は間の抜けた顔で頷いた。グランは敷かれていた布ごしに首飾りをつまむと、胸骨の上から骸骨の胸もとにかけてみた。

「……動きそうにねぇな」

「気配がまったく消えているわけではございません。一度魔力を使ったらなんらかの形で補充しなければならないのか、時間の経過で失われていくものであるのか……」

 再び首飾りを外すグランを眺めながら、ヘイディアは自分の顎に手を添えて首を傾げた。

「夜や月の有る無しと関わりのある力なら、夜のほうが力は強まるのかも知れません」

「夜になったら試してみるのもありか。連中がどこに戻ろうとするかで、どこから来たかが判るかもな」

「外すと動きが止められるなら、危険は少なそうですね。オルクェルさんにお会いしたら、提案してみましょうか。……状況を確認に来られるんですよね?」

「つーか、それまでここで黙って待ってるのもなぁ」

 そろそろ飽きてきたらしいランジュが、骸骨の側に行きたそうにぱたぱたと手を動かしている。貝殻ついたり、生乾きの海草が絡んでいる以外は、標本のようにさっぱりとした『骸骨』なので、明るい中で黙って横たわっている分にはさほど恐怖心を煽らないのだ。

 ランジュを抱き上げ直し、エレムは軽い苦笑いを浮かべた。

「せっかくですから、この首飾りの由来らしいレキサンディアについて調べにいきましょうか。博物館に行けば、解説が聞けるという話でしたよね」

「は、博物館か」

 いくらか口元を引きつらせたグランに、ヘイディアが不思議そうに目を向けた。一方で、

「博物館は不思議がいっぱいなのですー」

「そうだね、海の生き物の解説もあるかも知れないね」

「うみはお魚のおうちなのですー」

 ランジュが言ったのは、絵本にあった言葉のような気がする。グランはぎこちなく頷いて立ち上がった。

「ま、まぁ黙ってここにいるよりはいいか」

「……博物館の話になると様子がおかしくなりますけど、やっぱり昨日何かあったんですか?」

「そ、そんなわけねぇって」

 


 オルクェルが来たら、自分たちは博物館にいると伝えるよう衛兵に頼み、グラン達は詰め所を出た。博物館はレキサンディアにちなみ、大灯台跡の要塞に近い小高い場所にある。つまり、ここからだと港をぐるりと回っていかなければいけない。

 馬車を拾うか、ぶらぶらと歩くか、とりあえず大通りまで行ってみようかという話になったところで、

「なんだお前、遅かったじゃねぇか、もう俺たちの話はあらかた終わっちまったぞ」

 詰め所の側にたむろしていた若者達が、通りの向こうからやって来た青年に向かって声をかけている。骸骨を捕まえた若い漁師達だ。

「悪い悪い、近所のばぁさんが姿が見えないからって探すのを手伝ってたんだ。おれ、もう用事ないか?」

「なんか判ったらまた教えてくれって言われたから、今はもういいんじゃないか。……ばぁさんって、あの変わり者のばあさんか? 海で死にかけてから先の天気が判るようになったって」

「そうなんだよ、嵐の前触れとか誰も判らないうちから、何日後に嵐が来るとかぴたりと当てやがるんだよ。変わり者だから、また一人で山でもふらふらしてるんだろうけど、昨日の騒ぎもあるしなぁ」

 どうやら、昨夜酒盛りしていた仲間の一人が、遅れてやって来たらしい。しかし骸骨と酒盛りしていた時の話よりも、近所の『姿の見えなくなった老女』の話で盛り上がっていて、特に改めて判ることはなさそうだ。

 さっさと歩き始めようとしたグランは、エレムとヘイディアが揃って足を止め、今現れた若者を凝視しているのに気がついた。先に進みたがっているランジュが、エレムの手を引っ張るが、エレムは動かない。

「どうした……?」

「ヘイディアさん、あの人」

「そうですね」

 ヘイディアはエレムの言葉に頷いた。

「遅れてきたあの方には、法術の素質がおありのようです」

 グランは目を瞬かせた。一方で、ランジュの手を引いたまま、エレムが若者達に近寄って行く。

「すみません、あなたはお仲間との宴会に、最初からずっといらしたんですか?」

「え? ああ、そうだよ」

 神官姿のエレムに声をかけられて、青年は戸惑った様子を見せた。仲間達が話を続けるように促してくれたので、すぐに明るく話し始めた。

「漁の後片付けをしてたら、旨い肴をもらったから家に来いってこいつに声をかけられて、酒を調達してずっと飲んでたんだ。全員が揃う前にすっかりできあがっちまって、なんであんな骸骨が家の中にあったのか、全然覚えてないんだけどさ……」

「なるほど、ありがとうございます。せっかくここまで来たんですから、衛兵の方にもお話しされた方が良いと思いますよ」

「あ? ああ……」

 軽く頭を下げて、エレムが戻って来る。遅れてきた若者は首を傾げながらも、仲間と一緒に衛兵の詰め所に入っていった。その後ろ姿を見送るように、グランが腕組みをする。

「……骸骨野郎が来た時には、あいつも家の中にいたんだな」

「そうなりますね」

 アンディナ教会からいなくなったフィーナには、弱いながらも法術の素養がある。一方で、ユカはアンディナのものと思われる法術の素養を持っている。この街とは無関係のヘイディアの所にも、骸骨達は現れた。

「昨日、海の上にいた者たちの所に現れたわけであるな」

 エスツファの言葉が耳に蘇る。

 アルディラと一緒に海上遊覧に出たあの時に、法術の素養がある者が、海から来るなにものかに目をつけられたのだとしたら。

「海からやって来る何者かの狙いは、法術師かもしれないってことか……」

「いなくなったと言われている皆さんに関しても、法術の素養があるかどうか、調べていただくのが良いかも知れません」

 共通点が、見つかった、かも知れない。ヘイディアは静かに頷いて、桟橋の向こうに広がる青い海に目を向けた。地上の騒がしさなど関係なく、海は今日も青く美しい。

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