28.訪問者の正体<3/4>
衛兵の詰め所は、昨日、アルディラを見送った桟橋の近くにある。こちらの港は、大陸南岸からやって来る交易船のうちのさほど大きくないものや、生活物資を輸送してくる商人の船などが入るので、昼夜問わず賑やからしい。小規模ながら市場もある。
「地元の漁師さんたちは、もう少し南側の、町外れの海岸周辺に住んでいるようですね」
用意された馬車から降りると、ランジュの手を引いたエレムがぐるりと辺りを見渡した。
ここからだと、フォロスの大灯台跡に立つ要塞もかなり間近に見える。しかし行き来するには桟橋の反対側にある堤防づたいか、船を利用して出ないと行き来できないという。
エスツファは交代のために一旦野営地に戻り、詰め所に向かったのはグランとエレム、それにランジュとヘイディアの四人だった。こんな騒ぎの中、子どもを伴うのもどうかと思ったが、どうせランジュはなにが起きても動じはしない。
詰め所周辺は、かり出された兵士達が慌ただしく行き交っていた。家族の姿がないと訴える市民や、衛兵と情報を交換する漁師姿の自警団の者たちの姿もある。一見すると、大規模な災害でもあったのかと思えるほど騒々しい。
詰め所の前に立っていた兵士に声をかけると、少し待たされた後で、ひょろりとした若い衛兵が応対にやってきた。普段は事務一辺倒だとかで、体つきは頼りないが、しゃべり方は判りやすい。
「骸骨が現れたと報告があったのは、今のところ八件ほどあります。目撃情報だけなら、この倍はありそうですが、まだ全部の確認は取れておりません」
「そんなに……。めだった被害に遭われた方はいないんですか?」
「動かなくなった骸骨そのものが確保されているのは、領主の別邸と、アンディナ教会のものを含めて三件、それとは別に家族の者がいなくなったと訴える者が四人ほどおります」
「ほかにも捕まえた奴がいたのか!」
正直、「動く骸骨」がいきなり目の前に現れて、対処できる一般市民がいるとは想定外だった。グランの声に、若い衛兵は大きく頷いた。
「酒盛りをしていた若い漁師の家に侵入したのです。酔って盛り上がっているところに現れたらしく、皆気が大きくなっていたんでしょう。そのうち一人が、ばらばらにした骸骨の頭を抱いて寝ていたとかで、いやもう……」
目が覚めた時の当人の心境を思いはかったのか、エレムが気の毒そうに眉を寄せた。
「担当の者が侵入者の遺留品……いや、遺骨……? とにかく、残っているものを回収に行ってます。アンディナ教会の建屋に残っていたものは、既に安置所に回収されてます。ご覧になりますか」
「そうですね、揃ったら見せて頂きましょう。……で、いなくなったかも知れない人のほうは、どうなってるんですか?」
「そちらの件は、話を聞いただけで、手つかずです。それに、いなくなったことが、骸骨騒ぎそのものと関係あるのかと問われると、まだはっきりとはいえないのです。何者かが侵入した形跡はあっても、連れ去られたような目撃情報はないのです」
「慎重だな」
「小さな町なもので、衛兵だけではなにぶん手が回らず……。それに、領主の邸宅での一件を優先しておりますので」
エルディエルの公族が絡んでいるのだから、優先順位は自ずと跳ね上がるだろう。仕方のないことだ。
「骸骨を捕まえた若い漁師達の話を聞く手はずになっておりますが、同席されますか」
「お話を伺えるならお願いしたいですけど、いいんですか。よそ者の僕たちがそこまで関わっても」
「アルディラ姫の臣下の方々には、判っていることを包み隠さず伝えるように、隊長から言いつかっております」
「臣下……ですか」
グランが苦虫をかみつぶしたような顔になり、エレムは軽い苦笑いを見せた。
とにかく、アルディラの後押しがあるなら、門前払い扱いだった昨日の夜よりは、状況が詳しく把握できそうだ。フィーナの行方に関しても、手がかりが掴めるかも知れない。
「いやあ……あんなものが動いてたら、酔ってたって絶対中になんか入れねぇよ」
詰め所に入ってすぐの、待合室なのか受付なのかよく判らない開けた場所で、若い漁師達が年輩の衛兵を相手に首をひねっていた。応対役の衛兵が、「彼らです」と小声で教えてきたので、エレムとグランはいくらか距離を置いて立ち止まった。
「酔っ払ってたから全然覚えてないんだよ、……なぁ、なんかあったっけ」
「商人から干したサメのヒレをもらって浮かれてて盛り上がって……そういや、お前いつの間に来たんだっけ? 遅れるような話だったよな」
「オレは親父に言われてた網の修理がやっと終わって、すっかり暗くなってから家を出たんだよ。駄賃代わりに干し肉をもらったから、それを……ああ、そうだ」
話を振られた若者は、話しているうちに記憶が蘇ってきたらしく、胸の前で手を打った。
「お前の家の前で、中を伺ってる奴に会ったんだよ。暗くて顔はよく見えなかったけど、お前ほら、南岸から来る船乗りがサメのヒレをくれたっていってただろ、てっきりお前の友達だと思って、一緒に中に入ったんだ」
離れて話を聞いていたグランとエレムは思わず目を合わせた。
「そうそう思い出した。漁師の格好じゃなく、上半身裸で、首と腰に鎖だか飾りなんだか判らないけどじゃらじゃらしたものを巻いててさ。体格もよかったし、きっとこれが例の船乗りなんだろうなって思ったんだよ。お前達はもうすっかりできあがってて、友達が来てるぞっていったら、よく来たお前も飲めって……」
「いや? 船は昨日の昼に出ちまってるから、夜に来るなんてあり得ないぞ?」
「でもすごい仲よさそうだったぞ。いや、相手の顔はよく見えなかったけど、お前は勝手に肩なんか組んで下手な歌歌ってご機嫌に……」
「そういえば、なんか知らない奴がいたような気がするなぁ」
サメのヒレをもらったという当人以外は、切れかけた記憶の糸をたぐり当てたらしい。エレムは自分を案内してきた兵士に軽く目配せすると、ヘイディアにランジュを預け、
「お話し中すみません、今の話で、ちょっと教えて頂きたいんですけど」
軽く手を上げながら、家の前の何者かを招き入れたという男に近寄っていった。
「その、中の様子を伺っていたという男の方は、首になにかかけていませんでしたか」
「首……? ああ、そういえば、なにか金色に光ってたような」
聞かれた男だけではなく、周りにいた友人達も思い当たることがあるらしい。
「男がつける首飾りにしちゃ、でっかい花びらみたいなのが何枚もついてたな。それで、この辺の奴じゃないと思って……」
一方で、グランに指をさされた衛兵が、はっとした様子で持っていた小さな木箱を開き、男達に示した。中には、領主の館の庭で見つかった首飾りが、布にくるまれて入っている。
「ああ、こんな形だったな。これ、なに? あの骸骨と関係あるの?」
「今のところは、なんとも。お話、ありがとうございます」
エレムはグランと目をあわせて頷いた。すました顔で礼を言って場を離れ、しばらく話に耳を傾けていたが、それ以上手がかりらしい話は出てこなかった。
「……発見された骸骨と、家の前で様子を伺っていた何者かは、同一人物……ということでございますか」
ランジュと一緒に、離れた場所で様子を見ていたヘイディアが、エレムに小声で問いかけた。
「彼らの所で確保された骸骨が、同じものを身につけていたなら、たぶんそうだと思います。その骸骨と、一緒に残っていたものは、回収されてくるはずですから……」
さほど時間もおかず、検分の準備ができたと声がかけられ、グラン達は回収された骸骨が保管されている安置所に案内された。




