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27.訪問者の正体<2/4>

「どうし……?」

「……動揺してるに決まってるじゃないですか。女性一人の部屋に、夜中に賊が侵入しようとしたんですよ」

「あ? ああ……」

 咎めるようなエレムの視線に、グランは思わず頭を掻いた。

 ヘイディア自身が表情に乏しいものだから、動揺しているなどとはまったく思い至らなかった。しかも当の「侵入者」自体は、この有様なのである。

エレムは懐から取り出した布で首飾りをつかみ、ヘイディアに歩み寄った。

「僕には『気配』って、よく判らないですけど……すみません、見て頂いていいですか」

「は、はい」

 背をかがめたエレムが、掌に乗せて首飾りを目の前にかざす。ヘイディアは少しの間じっとそれを見つめ、

「……やはり、古代魔法に似た力のようです。この中央の石に蓄えられているのだと思いますが……」

 少し思案すると、ヘイディアはふと、グランに視線を移した。

「機会がなくて昨日は確認できなかったのですが、グランバッシュ殿、姫と船に乗っていた際に、なにか感じませんでしたか」

「え? あ……」

 そうだった、慌ただしくてすっかり忘れていたが、船の上で海の底をのぞき込んだ時、逆に視線を感じたのだ。あのときはヘイディアもなにか感じた様子だったが、その後の予定もあって確かめる機会がなかったのだ。

「あのときに感じた気配にも似ています。ただ、あの気配の意味や、この力の源はなんなのかまでは、私には察しかねます」

「『似た』っ力って、古代魔法そのものではなさそうなのか?」

「はい、かなり近いようではございますが……。俗に言う、『精霊魔法』ともまた違うように感じます」

「ふーむ」

 一口で魔法といっても、厳密には力の源や理屈が異なるものがあるらしい。キルシェになら詳しく判るかも知れないが、あの女が必要なときにはアテにならないのも、グランは良く知っている。

「船に乗ってた時に、なにかあったんですか?」

「それがさ……」

 問われて、グランは手短に船の上でのできごとを説明したが、エレムはどうにもぴんとこない様子だ。

 エレムにもかなり強い法術の素質があるのだが、自分で思うように扱えないせいか、ヘイディアのように別の力を鋭く感じることはあまりないらしい。それにあの時は、近くの船に乗っていたリオンとユカも、特になにかを感じた様子はなかった。

 少し離れて話を聞いていたエスツファが、思案するように顎を撫でた。

「……ということは、その時に船の上にいた者の所にも、骸骨殿はやって来ているわけであるな」

 そう言われればそうだ。

 グラン達は事前にシェイドやフィーナの話を聞いていたから、海からやって来るのは、縁者を陸に残した死者なのだろうと漠然と思っていた。しかし、ヘイディアはまったくこの町とは無関係なのだ。

 それに、あのときはアルディラや別の従者達も一緒だったのに、ここではヘイディアの所にだけ現れている。

「そもそも、死者が縁のあるもののところに現れるというのも、ただの噂であるのだからな。誰も、『海からやって来る何者か』の正体を知らないのであるから……」

「今までも陸に上がってきてた奴がいたとしても、縁のある奴の顔を見に来てたなんて、感傷的な目的じゃないかも知れないってことか」

「いなくなったという方が実際にいるのなら、その方々には、海で亡くなった縁者がいる以外の共通点があるかもしれないですね」

「衛兵に、別の角度から調べるよう勧めた方がよさそうであるな。交代の時にルスティナにも伝えておこう」

「……そういえば、アルディラさんやオルクェルさんはどうしたんですか?」

 ぐるりと辺りを見回したエレムに、だいぶ調子をとりもどしたらしいヘイディアが淡々と、

「姫は騒ぎの後、東の高台に設営した野営地にお移りになられました。あちらの方が兵の数も多くございますから」

「ああ、そうですね」

「オルクェル様は、領主側の報告を聞きに、後ほど街に戻ってこられるとのことです。本日の姫の予定はたぶん中止になるのでは」

「そうか」

 夜には領主の館で、晩餐会やら舞踏会やらの計画があったはずだ。自分で承知したこととはいえ、今日は午後からアルディラにつきあうことになっていたのだ。背広なんか着せられて引っ張り回されるのは目に見えていたから、中止になってくれた方がグランには嬉しい。

「貴族というのはこういうときほど、馬鹿騒ぎをしたがるものであるがな」

 グランの胸の内を見透かしたように、エスツファがにやりと笑う。思わず答えに詰まったグランを見て、エレムが喉で笑っている。

「どっちみち、この町には特に用があったわけではないからな。この件で姫がいくらか慎重になられて、あとはまっすぐカカルシャに向かってくれれば、オルクェル殿も少しは思い煩うことが減るかも知れぬ」

「そんな殊勝なタマかねぇ」

 そもそもヒンシアでとんでもないことが起きたことも、アルディラはすっかり忘れているのではないだろうか。

「出立は明日の朝の予定ではあったが、早まることも考えられるな。そういえば、ユカ殿をアンディナ教会に預ける件はどうなったのであるか」

「あー……」

 そういえば、そういうことで自分たちは来ていたのだった。動くたびに想定外のことが起きて、どうにもままならない。

「『海からやってくる何者かの噂』の影響で、ここのアンディナ教会はちょっと大変だったみたいなんです。昨日訪問した時既に、今ユカさんを迎えるのは難しいと言われてた所に、昨夜の騒ぎですから」

「神官達は山向こうの別の町に移ってて、残ってたのは教区司祭と、若い女の神官だけだったんだよな、しかも若い方は昨日の騒ぎでいなくなっちまった。護衛役のカーシャムの神官がいたけど、あいつはアンディナ教会の人間じゃないしな」

「ほう……」

「別の街のアンディナ教会建屋になら紹介できそうな話だったけど、今そこまで行ってられねぇだろ」

「この騒ぎの中、ユカ殿をこの町に放り出すのは、ルスティナもアルディラ姫も承知せぬだろうなぁ」

 エスツファは顎を撫でた。

「とにかく今は、町の衛兵達からこの件の詳しい話を聞いて、全体を把握するのが先であるな。おれは一旦野営地に戻らねばならぬから、元騎士殿とエレム殿には、詰め所で騒ぎについて詳しい話を聞いてきてもらってもよいであろうか」

「俺たちが?」

「アンディナ教会の娘御のことも気にかかるであろう? それにどうやら、この騒ぎの手がかりを一番持っているのは、元騎士殿達らしいからな」

 確かに、ただおろおろしている住人や衛兵達より、巻きこまれ度は高い。昨日来たばかりのよそ者だというのに、妙なことになってしまった。



 グラン達が一通り“現場”を見終わった頃に、衛兵達が改めて現場の検証と記録のための人を手配してきた。昨夜の騒ぎはほぼ町の全域に及ぶらしいが、ある程度海岸から離れた場所まで骸骨達がやってきたのは、領主の別邸だけだった。

 連中が好きに動けるのが、日没後暗くなってから、月が出るまでの間だとしたら、昨夜は海から高台まで到達できる時間がなかったのかもしれない。しかし、限られた時間の中でよりによってこの場所にまで来たとなると、やはり無作為ではなくそれなりに理由があるのではないかと思われた。

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