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26.訪問者の正体<1/4>

「いやぁ、これは……まぁ、ご無事で良かったです」

 訪れた領主の別邸で、侵入者が撃退されたという『現場』を見せられた、エレムの最初の言葉がそれだった。グランはあまりの状況に言葉もない。エスツファの肩の上のランジュだけが、辺りをきょろきょろ見回して一人で面白がっている。

 ヘイディアは四人用の客室を、一人で与えられていたという。アルディラのいる母屋に一番近く、離れの中では窓からの景色も一番よい、海側の一室だ。片田舎の領主の別邸とはいえ、普段招かれるのは貴族ばかりだから、部屋の調度はどれも賓客用の高級なもの”だった”のが、残骸からも充分見て取れる。過去形だが。

「……暗がりで、賊の姿がよく見えなかったもので、手加減する余裕がなかったのでございます……」

 まるでその部屋だけ嵐が過ぎ去ったような惨状に、庭の長椅子に座っていたヘイディアは恐縮そうに身を竦めている。

 一階は柱や梁がむき出しになり、壁はほぼ抜けて、もとは寝台や書棚だったものと思われる木片、布片がかろうじて壁の残った部屋の隅に吹きだまっていた。建物の外側に当たる芝の上には、たぶん窓から侵入しようとしていた骸骨、だったと思われるものが散乱している。

 前に見た、錫杖の先に風を巻いて振り回す技を、ここで繰り出してしまったのだろう。見張りの兵士達もあまりの状態に、庭から遠巻きに眺めているだけで、近寄ってこない。

「人間ではないと判っていたら、もう少し形を残せるように努力したのですけど」

「無理もないですよ、驚きましたよね」

 エレムは同情的だが、グランは絶句したままだ。相手を生身の人間だと思って対処した結果がこれなのだ。法術では原則、直接人を傷つけることができないはずなので、錫杖を巻いた風が直撃しても、吹き飛ばされて気を失う程度で済むのかも知れないが、あまり体験したくはない。

「で、これがいちばん状態のよい『侵入者』なのであるが」

 エスツファは、庭の一角に寄せ集められた白い小石の山の前に立った。

 いや、よくみればそれらは、長い間海中にあったと思われる人骨が積み重なったものだ。が、年月が経ってもろくなっていたであろう所に、ヘイディアの本気の反撃を受けて地面や塀に叩きつけられ、大部分が折れたり砕けたりしている。一見小石か枯れ枝の集まりにしか見えない。

「よく探せば、庭のあちこちから骨のかけらが出てきそうですね……」

「見つからなかったらそのまま庭木の肥料か」

「来年はよい花が咲きそうであるな」

 想像するとあまり気分の良くない光景だ。そばで話を聞いていた案内役の衛兵が、微妙に口元を引きつらせた。

「さ、さすが、エルディエルの部隊と同行されているだけあって、皆さん肝が据わっておられますな」

「この旅の間にいろいろ鍛えられてきたからなぁ」

 嘘つけ、あんた元からそんな感じだ。衛兵の言葉に豪快に応えているエスツファに、内心でつっこみながら周囲を見渡していたグランは、少し離れた藪の中で一瞬なにかが輝いたのに気がつき、目を凝らした。

「あるぞ、エレム」

「え、……あ、ほんとですね」

 グランが示した藪の中には、金の花びらを寄せたような特徴のある首飾りが落ちていた。鎖は切れているが、形自体は壊れてはいない。

「……なんであるか?」

 エスツファの問いに、グランは黙って頷き返した。エレムは首飾りのそばにかがみ込み、同行している衛兵を手招きした。

「この国では今、こういう首飾りがはやっているんですか?」

「え? いまどき貴族だってこんなのは身につけませんよ」

 衛兵は、藪の中に落ちている首飾りを見て、あっさり首を振った。

「これは部屋に飾られていたものではないかと思って、放っておいたんです。現場をひととおり調べるまで、庭のものを動かしてはいけないと言われていたのもので」

「……部屋の飾りになるようなものなんですか?」

「そうですよ、これは、レキサンディア時代の兵士の階級章なんです。レキサンディアは遠い昔に海に沈んでしまいましたが、今でも時々当時の遺物が流れ着いたり、なにかの拍子に引き上げられることがあるのです。金と宝石でできているので、貴族の中にはこれを収集して、甲冑や剣と一緒に人形に身につけさせたり、何種類かを並べて額に入れて飾る者もありますよ。博物館に行けば、形や宝石の種類ごとに解説があるかと思います」

 シェイドの話と同じだ。エレムはなにか問いたげにグランを見たが、グランは素知らぬ顔で目をそらした。

「……それが、なにか気になるのであるか?」

「実は、昨夜アンディナ教会に現れた骸骨が、同じものを身につけていたんですよ」

「ほう? では、これらの骸骨は、レキサンディアが繁栄していた頃に生きていた者たちであるのかな」

「でもさ、いくら水の中でも、何百年も骸骨が形を残してるもんなのかね。それだと海の底は骨だらけってことにならねぇか」

「そうなんですよね……海底でも、砂に埋まってたりとか、よっぽど条件がよければ長い期間そのままってことはあるでしょうけど、レキサンディアって古代文明が衰退して、レマイナ降臨からの現大陸文明が興隆するまでの間に一時栄えてた国ですよね、ざっと二千年以上は前の国だから……」

 さすがに当時の人間の骨が、ほぼ完全な形で残っているとは考えにくい。それも、昨夜現れている骸骨は一体だけではないのだ。

「……なにか、力の気配を感じます」

 長椅子に腰掛けたまま、こちらの様子を見ていたヘイディアが、声をかけてきた。

「力?」

「法術ではありません。アヌダの社近辺に満ちていた力の気配に近いのですが……」

「この首飾りからか?」

「はい」

「そういやリオンもそんなこと言ってたな」

 ユカの使い魔の気配に似ていると、リオンは言っていた。リオンは山頂の社には行っていないから、そういう表現になったのだろう。ヘイディアは頷くと、思い出したように視線を巡らせた。

「リオンは一緒ではないのですか。姫の元に戻ったのでございますか」

「ああ、リオン君には、ユカさんについてもらっています」

 正確には、ヘレナをレマイナの診療所に連れて行ったシェイドに、ユカと一緒について行ったのだが。それも、自分からそうしたいと言いだしたのだ。

 エスツファの話を聞いて、すぐにアルディラの元に行きたがるかと思ったから意外ではあったが、グランもエレムも特に止めなかった。人が多く出入りするレマイナ教会でなら、町の噂話が別な角度から聞けるだろう。ユカとリオンでは目線が違うだろうから、二人の話をあわせればそれなりの情報を集められるかも知れない。

 しかしヘイディアは話の受け答えはするものの、いっこうに立ち上がる気配がない。グランは思わず眉をひそめた。

「こっちに来てちゃんと見てみればいいだろ」

「そ、そうでございますね……」

 提案されてやっと思い当たったという様子で、ヘイディアは錫杖を手に立ち上がろうとした。が、いくらか腰を浮かしたところで、ふらふらと体勢を崩してまた座り込んでしまった。

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