24.月と共に去りぬ<5/6>
「……どうした?」
「そ、そうであります。月が出たのか、辺りが明るくなったとたん、あやつらは急に逃げ出したのであります。その時、急に白っぽく、縮んだような……? 人間だと思っておりましたが、実は骸骨であった……?」
「月が出て、逃げた?」
グランは窓の外、東の山並みからだいぶ遠ざかった場所で輝く欠けた月を見上げた。
「月のない夜に、死者が海からやってくる……」
「逆に言えば、海からやって来る何者かは、月が嫌いってことでしょうか?」
「……そういえば、骸骨が出てきた時は、空に月が見えてましたの」
エレムが首を傾げると、ユカは口元に手を当て、記憶をたどるように目を伏せた。
「そうですの。ヘレナ様と話をしながら、なんとなく窓の外を見上げたのですの。ああ、月だなぁと思ってたら、それを遮るように骸骨がぬっと……」
ユカは気味悪そうにふるふると首を振った。
ユカの前に現れた骸骨は、最初から骸骨の姿だった。シェイドの話では、よく見えなかったが最初は人間のような形をしていたという。
「……そういえば、俺も、なにかの影が建物の裏手に回り込んだのは見たけど、……骸骨だったか人だったかはよく判らなかったな。でも、追いかけてそこの窓を見た時は、確かに骸骨だった」
「どういうことでありましょうか……」
「僕、不思議なんですけど」
それまで黙って話を聞いていたリオンが、発言を求める生徒のように手を上げた。
「町の人が騒ぎ始めたのって、骸骨がどこかに侵入しようとしたのを見つけたから、ですよね。でも、それ以前に、あんなのが町をうろうろしてたら、骸骨がどこかにたどり着く前に騒ぎになってるんじゃないでしょうか」
もっともな疑問だ。グランとエレムは思わず顔を見合わせた。
「ここだって、すぐ横に海があるわけじゃないから、ここに来た骸骨は絶対町の中を通ってきてるはずです。町は連日の騒ぎで警戒してたのか、あちこちで松明がたかれてたみたいでしょう。そんな中で、あんなのが何匹……? 何人? とにかく、いくつもうろうろしてたら、途中で誰かが気がつくんじゃないかなぁ」
エレムが頭の中で話を整理するように顎に手を当てる。
「……住人に見つからないように、物陰に隠れて移動してたんでしょうか」
「幽霊みたいに突然現れるとしたら、いなくなる時も煙みたいにいなくなるだろうしなぁ」
少なくとも、目の前で樽をかぶせられている骸骨は実体として存在しているし、動きが止まった後も消えてなくなる様子はない。シェイドも頷いた。
「途中での目撃情報がないというのは、確かにおかしな話でありますね。朝になって状況が落ち着けば、衛兵達からなにか聞けるかも知れないのであります」
「今の状態じゃ、僕らは相手にもしてもらえなそうですしね……」
ヘレナやフィーナは町の住人だが、ここに揃っているのはよそ者だ。フィーナのことは心配だが、よそ者の自分たちがうろうろしていたら、自警団や衛兵達にあらぬ疑いをかけられる可能性は大きい。
問題の連中が、日中と、月の出ている間は動かないのなら、今夜はこれ以上の騒ぎは起きないだろう。ここは焦って動かない方が得策のようにグランには思えた。
「フィーナらしい娘を見失った場所とか、あんた覚えてるんだろ?」
「ええ、といってもそんな遠くではないのでありますが……」
「なんにしろ、探しに行くのは、夜が明けてからだな。朝になったらまた動きがあんだろ。今夜は骸骨を見張りながら交代で寝るぞ」
考えているだけでは埒があかない。グランの現実的な提案に、しかしリオンはぎょっとした様子で、
「この状態で寝られるとか、どういう神経してるんですか!」
「全員で朝まで樽囲んで起きてたって仕方ねぇだろ。お前が一人で起きて番してるなら、俺たちは楽だけど」
「ええっ、そんなぁ」
グランににやりと笑われて、リオンは怯えた様子で長いすの背にすがりつく。エレムが苦笑いを見せた。
とはいえ、ユカを見張りのメンツとして数えるわけにはいかない。ヘレナの私室が一階にあるというので、ユカはヘレナと一緒に休ませることになった。もちろんランジュも。
その部屋の前には、ヘレナが気がついたときのことを考えてエレムとリオンがつき、食堂にはグランとシェイドと、二手に分かれて、交代で朝まで番をすることにした。しかしリオンは気が昂ぶって、朝まで眠れなかったらしい。
一方で、食堂のグランとシェイドは、ふたつある長椅子の片方を寝台代わりにして、交代で休むことになった。
シェイドは見かけが頼りないだけで、わりと肝が据わっている。フィーナのことは心配なのだろうが、無駄に焦る様子も見られなかった。グランが毛布にくるまって先に仮眠をとっている間も、シェイドは特にぴりぴりした様子はなく交替の時間まで静かに本を読んでいたようだ。
グランの番になってシェイドが休んだところで、樽の中からカタカタ音がし始めた……などという、怪談にはありがちなことも起きなかった。空がほんのり白んできた頃にはグランも飽きてきて、ランジュが読んでいた絵本をなんとなく眺めはじめた。
題名は『眠る町の住人たち』。海中に沈む遺跡を海の生き物目線で巡りながら、物語仕立てで描いている。単純に、海の生き物を紹介するだけの絵本かと思っていたら、ちょっと違うようだ。




