23.月と共に去りぬ<4/6>
「町の噂は、『海で死んだ人が、縁のある人の所に会いに来るらしい』って話だったはずですよね。シェイドさんもヘレナさんも、フィーナさんを心配してたんでしょう? でも、グランさんが戻ってきた時、食堂にいたのは、ヘレナさんとユカさんだけだったんですよね?」
そう言われればそうだ。グランは自分が窓から入ってきた時の状況を思い返した。エレムも、頭の中で状況を整理するように首を傾げ、
「……食堂に現れた方の骸骨は、ユカさんを目的にしてたような動きでしたね」
名前を出され、ユカが目を瞬かせる。
確かに骸骨の動きは、ヘレナを全く無視していたように思える。
だがユカは、この町にやって来たばかりだ。『海で死んだ者が、縁のあるものの所にやって来る』という町の噂には、条件があてはまらないのだ。
仮にその噂が本当だったとしても、今までは単に『噂』になる程度のものでしかなかった。町全体の騒ぎになるくらい、複数箇所で一斉に同じようなことが起きるなど、当然今までなかったはずである。なぜ今日になって突然、こんな大事になってしまったのか。
「わたしをフィーナさんだと勘違いしたのですの……?」
「そもそも骸骨って、目で見てモノを判断してるのか?」
グランは窓際の樽に目を向けた。樽と床の隙間から、いくらか水がしみ出しているが、中で動くような気配は全くない。
その近くのテーブルには、さっきの骸骨からはぎ取った金の首飾りが、盆に載せられて置かれている。あれが外れたとたん、骸骨は形を保てなくなったから、なにか重要なものだろうとグランには思えた。
首飾りは、首元に緑の石をあしらい、それを中心に滴型の花びらを均等につなげたような形をしている。その表面には、水から引き上げたばかりのように水滴が残っていた。
純度の高い金は、錆や劣化にとんでもなく強い。古い時代の沈没船を引き上げたら、金貨や金の延べ棒がそのまま出てきた、という話も珍しくない。天然の石である宝石もそうだ。もしこれが、肉や皮が朽ちて骨だけになった死体と一緒に水中で見つかっていたなら、元からの持ち主と判断されるだろう。
しかし、この骸骨が、仮にヘレナやフィーナと縁のある者だとしたら。
こんな金の塊のような装飾品を、ただの一般市民が持てるわけがないのだ。金持ちの家の出か、懇意にしていた貴族の親戚でもあった、というのでもなければ。
それとも、この首飾りはたまたまどこかでひっかけただけで、何の意味もないものなのだろうか? いや、それなら、外れたとたん動かなくなったことの説明がつかない。
「……なにか、力の気配を感じます」
グランの視線を追いかけ、気味悪そうに首飾りを眺めていたリオンが、ふと眉を寄せた。
「気配?」
「……ユカさんの使い魔のトカゲ君に混じってる気配に似てます。でも、こうしてる間にもどんどん薄くなって……」
「……古代魔法の力がこもってるかも知れないってことですか?」
声をひそめたエレムの問いに、リオンは曖昧に首を振った。
「ヘイディアさんなら、もっとはっきり判ると思うんですけど。エレムさんはどうです?」
「僕は残念ながらなんとも……」
エレムはすまなそうに首を振る。そのエレムの視線を受けてユカも、
「わたしも、よく判らないのですの」
「君は法術の素養自体は、たいして強くなさそうだしね」
「どういう意味ですの!」
「まぁまぁ」
それまで元気のなかったユカが、むっとした様子でリオンを睨みつける。リオンは素知らぬ顔でそっぽを向いた。エレムは苦笑いしながら、ユカの隣でうとうとしているランジュの頭を肘掛けにもたれさせ、毛布を掛けてやっている。
「ていうか、俺、こんな飾り物、どっかで見たぞ。どこだったかな……」
グランは顎に手を当て、記憶を辿ろうとして、ふと顔を上げた。その視線の先で、
「……それは、レキサンディアの兵士達が与えられていた階級章でありますよ」
玄関ホールに続く扉を開けて、よれよれな姿のシェイドが静かに声をかけてきた。
「シェイド様、どこに行っておられてのですの?! フィーナさんがいなくなってしまったのですの!」
「ああ、やはりあれはそうだったのでありますね」
シェイドは、ぼさぼさだった髪が更に乱れて、昼間よりも冴えない見た目になっている。服も破れてこそいないが、所々泥汚れが付いていた。
「玄関をあけたとたん、奇っ怪な様相のものが数人で押し込んで来ようとして、もみ合いになったのであります。あやつらは途中で、なにかに驚いた様子で逃げ出したのでありますが、今度はフィーナさんに似た後ろ姿が通りの向こうに歩いて行くのを目にしたもので、気になって追いかけていたのであります」
「歩いて? 彼女一人でですか?」
「そうだったと思うのでありますが、思いのほか歩きが早くて、追いつけないまま見失ってしまったのであります。見失った近辺を今まで探していたのでありますが……面目ないのであります……」
シェイドは消沈した様子で頭を掻くと、はっとした様子で食堂を見渡した。
「そ、そういえば皆さんは大丈夫だったのでありますか」
「大丈夫じゃなかったのですの。この食堂にも窓から骸骨が現れたのを、グランバッシュ様が退治してくださったのですの」
「が、骸骨でありますか?」
「あんたが玄関でもみあった奴らは違ったのか?」
「骸骨……? 暗かったのでよく見えなかったのでありますが、大柄な人影のようであったような……いやでも、あれ?」
シェイドは混乱した様子でしきりと首を傾げている。




