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22.月と共に去りぬ<3/6>

 両開きの扉の、片側だけが開け放たれていた。

 濡れた地面が、月の光を反射して鈍色に輝いている。大小の水たまりの中で、扉に一番近い者の上に、落ちて炎を失った燭台が転がっている。強い潮の潮の匂いに、グランは眉をひそめた。

 見上げると、上ったばかりの欠けた月が門の向こうから光を投げかけている。その門から玄関口に向けて、点々と大小の水たまりが続いている。その水たまりに重なるように、玄関から駆け出て行ったらしい、男の足跡が月明かりの下でも見て取れた。

 グランは少しの間それを眺めていたが、結局肩をすくめて扉を閉めた。広い玄関ホールに今は灯りは付いていないが、月の光が窓から差し込んで、歩くのには差し支えがなかった。

「グランバッシュ様、シェイド様はどうしたのですの?」

 居間に戻ると、ぐったりと長椅子に腰掛けていたユカが顔を上げた。その隣で、膝の上に絵本を載せてうつらうつらしていたランジュが一瞬目を開け、すぐにまた船を漕ぎ始める。

「いねぇけど、誰かともみ合った跡と、外に向かっていく足跡が残ってた。もみ合った相手を追いかけていったんじゃねぇか」

骸骨こいつが現れるちょっと前に、玄関から叩き金の音がしたのですの。シェイド様はグランバッシュ様が戻られたのかもと、様子を見に行ってくださったのですの」

「じゃあ、それが骸骨こいつの仲間だったとかか」

 グランは開け放たれた窓の前に置かれた、ひっくり返った樽を見た。厨房の裏にあった空き樽を、例の骸骨の上にかぶせてあるのだ。

 動かなくなってしまえば、人の骨などただのモノに過ぎないが、むき出しのままではさすがに気分も良くないし、ランジュは逆に遊びたがる。

「ばぁさんは、どうだ?」

「まだ目は覚まさないです。苦しそうな様子もないし、少し寝かせておけば大丈夫だと思いますけど……」

 ユカが座っている長椅子の向かい側では、気絶したままのヘレナが横になっている。その傍らで、濡れたタオルを額に当ててやっていたリオンが、どうにも自信なさげに答えた。

「僕は病人の世話の仕方とか教わったことないんですよ。お城には御殿医がいるし、アルディラ様は基本的に健康で、怪我はしても病気はしない方だし。……エレムさん早く戻ってこないかなぁ」

「なんだ使えねぇな」

「だったらグランさんがお世話してあげてくださいよ」

「じゃあお前が見張りやるか。骸骨こいつの仲間が来たらお前が片付けろよ」

「ええー?」

 とたんに頼りない声を上げて首をすくめている。グランは軽くため息をついた。

 食堂でグラン達がもみ合っている間に、フィーナは姿を消し、玄関まで出て行ったシェイドも戻ってこない。残された跡から見て、フィーナは自分から外に出て行ったようだ。シェイドの方は何者かに付いていったというより、追いかけていったように思えるのだが、本人がいないため状況はさっぱり判らない。

「あの時、止めれば良かったのですの」

 目を醒まさないヘレナの横顔を見つめていたユカが、珍しく神妙な口調で呟いた。

「みなさんが、フィーナさんを心配してたことを聞いてたのに、わたし、座ったまま、一人でフィーナさんを行かせてしまったのですの。一緒に厨房に行ってお手伝いをすればよかったのですの」

「今そんなこと言ってたって仕方ねぇだろ」

 グランは面倒そうに吐き捨てた。

「一緒にいなくなられてたら余計に厄介だ」

「でも、変なことがあったら気づけたのかも知れないのですの。配慮が足りなかったのですの」

 ことが起こってからなら、いくらでもそんなことは言える。リオンも、さすがにここできつい言葉は出てこないらしく、戸惑った様子でグランとユカを見比べていた。そこへ、

「……ダメです、すぐには動いてくれそうにないです。町のあちこちに骸骨が現れたっていう話で、衛兵の方は総出で警戒はしてるんですけど」

 衛兵の詰め所まで行っていたエレムが、疲れた様子で戻ってきた。

 アンディナ教会が骸骨に襲撃され、たぶん娘が連れ去られたと話に行っていたのだが、骸骨騒ぎはともかく、人がいなくなったことに関しては「もう少し様子を見てくれ」ととりあってもらえなかった。

「骸骨がうろついて、民家に入ろうとした、という通報はほかにも何件かあるそうなんです。でも衛兵の方は、骸骨の姿を装った何者かが、噂に便乗して意図的に騒ぎを起こしてるんじゃないか、くらいに考えてるみたいで」

「まぁ、あれを見てなきゃ普通は簡単に信じねぇよな」

「捕獲した骸骨がここにあるのは伝えてきましたけど、今は町の通報に対処するのがせいいっぱいだそうです。ここを見に来るのは朝になってからだと思います」

 グランは、窓際に置かれた樽を眺めて頷いた。その視線を追いかけ、リオンが気味悪そうに首を振る。

「フィーナさん、どこ行っちゃったんでしょう。ほかにも、いなくなった人がいるかも知れないって話なんですよね? あの骸骨の仲間に、海に引きずり込まれたとか、ないですよね」

「衛兵に話していては埒があかないと、自警団の人達が海岸を見回りに行っているそうです。詰め所で衛兵と相談してたので、お手伝いしましょうかと申し出たんですけど、町の人間でもない人が夜に海辺に出たら逆に危ないから、今は遠慮してくれって言われちゃって」

「そんな悠長なことでいいのかなぁ」

「こんな騒ぎの中、よそ者にうろうろされたくないというのが、本音なんだと思います。歯がゆいですけど、不安を煽るわけにはいきません」

 エレムはため息をつきながら首を振った。

「そもそも、人がいなくなったという話自体は、衛兵さん方はあまり信じてないんです。自警団の方は、知り合いが実際に姿が見えなくなってるからと、率先して動いてるんですよ」

「確かに、フィーナのあの足跡は、無理矢理引きずられていったようには見えねぇんだよな」

 燭台も使って再度確認したが、フィーナの残していったと思われる足跡は、自分の意志で歩いて行ったようにしか見えない。なぜあんな所に潮の水たまりができていたか、といえば、それを作る原因になった別の何者かがいたと思われるのだが。

「水たまりを作った何者かには、人の心を操る力がある、ってことでしょうか」

「そうだとしたら、骸骨に出会った奴は、みんな素直について行っちまうんじゃねぇの。でもシェイドはもみあった跡があったし、ユカは正気だったろ」

 視線を向けられ、ユカがこくこくと頷く。

「……そもそも、なんでここに出てきたんですか」

 ヘレナの額でぬるくなったタオルを、桶の水で絞り直していたリオンが首を傾げた。

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