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18.【間話】皓月将軍と白角の王<4/5>

「もちろん、そなたであるよ、ルスティナ殿。そなたこそ私が探し求めた理想の女性そのものだ」

 全身にあふれる高貴な気配オーラと、美しく優雅な顔立ち。普通の女なら思わず見とれてしまいそうな容姿のジェームズに薔薇のように微笑まれ、しかしルスティナはきょとんと首を傾げた。

「今会ったばかりであるが?」

「い、いや、そなたはそうかもしれぬが……」

「あー無理無理、そういう運命のなんとか的な演出、こいつ無理」

 ルスティナに手をさしのべた形のまま、動けずにいるジェームズの姿がもの悲しい。グランはうんざりを通り越して、哀れみすら覚えながら声をかけた。

「お前、未だにあの馬だって認識されてねぇぞ。このままだとずっと空回ったままだぞ」

「馬ではない! 私は森の守り神であるぞ!」

 ジェームズは噛みつくように答え、すぐに笑顔を取り繕って、今度はルスティナの前に片膝をついた。

「ルスティナ殿、そなたが我を見つめていたように、我もまた、絵の中からそなたの姿を見ることができたのだ。男子のような服を着ていながらも、一切粗暴さのない高貴な立ち居振る舞い。そなたはただ美しいだけのおなごとは違う……」

「絵の中、とは?」

 ジェームズが並べ立てる自分への賛辞は無関心に聞き流し、ルスティナが問い返す。

「博物館の絵の中に、ジェームズ殿らしき肖像は無かったように思うのだが」

「いや、今のこの姿はとは別のものであって……」

 うっわ面倒くせぇ。

 グランは頬を引きつらせた。どうやらこのジェームズとやら、もってまわった言い回しが高貴で優雅な話しぶりだとでも思っているらしい。ルスティナも、普段はもう少し察しがいいのだが、どうも自分自身が絡むと鈍くなる傾向にある。

「こいつは絵の中の馬なんだよ、お前はこいつに、絵の中に引き込まれたんだ」

「引き込むとか人聞きの悪いことをいうな! それに馬ではないと!」

「うるせぇぞ馬!」

 抗議の声を一喝で黙らせ、グランは今自分が通ってきた背後の道を指で示した。

「キルシェが、『空間に穴をあけ』て俺を絵の中に通したんだよ。こいつは、絵にとりついた精霊とか妖怪とかの類らしい」

「守り神だと言っている!」

「キルシェ殿が? ……なるほど、あの一角獣の絵であるか」

 キルシェの名前が出たことで、やっと今の状況が、『現実』とは一線を画した理で起きていると察したらしい。ルスティナは頷いた。

「では、ジェームズ殿はたまたま見かけた私を妻として娶りたいと考えて、私を絵の中に誘い込み、かような場所に宴席を設け偶然を装って出迎えたと、いうことであるのかな」

「言い換えてしまうと身も蓋もないが、そういうことであるな……」

 精霊との幻想的な出会いの光景が、一気に計画的誘拐のような表現になってしまった。ルスティナは、特に気を悪くした様子は見せなかったが、

「であれば、その申し出は断らせていただこう。私はそなたとの結婚は望まない」

 返事には、なんの躊躇も装飾も社交辞令もなかった。片膝をついた形のまま、ジェームズは凍りついた。

「次に女性を見初めたら、もう少し段階を踏んで交流を深めた上で、求婚されるがよろしかろう。私は騎兵隊総司令としての職務があるのでな、迎えも来たしそろそろいとましようと思う」

「こ、断るというのであるか」

「今そう申した」

 ジェームズは片膝をついてうつむいたままのジェームズの問いに、ルスティナは即答した。

 というか、この流れでどうして断られることを意外に感じるのか。ルスティナにしてみれば、『知らない場所を歩いていたら声をかけられたからちょっと立ち話をした』程度の相手に結婚を申し込まれた、ようなものなのだ。

 ジェームズは跪いたまま、方を小刻みに震わせている。それが単に断られた衝撃のためなのか、自尊心を傷つけられた怒りをアピールしているのか、グランにはよく判らなかった。そして、ルスティナはまったくそれに配慮する様子もなく立ち上がった。

「グラン、わざわざすまなかったな。キルシェ殿がおられるなら、元の場所まで行けば戻れそうであるか」

「なんにも説明されなかったけど、接点になってる場所まで行けば、大丈夫じゃねぇかな」

「……ルスティナ殿はもう帰れぬ」

 背を向けたルスティナに、うつむいたままのジェームズがぼそりと呟いた。グランは眉をひそめた。

「いやぁ、その気がないって言ってる相手を、力づくで引き留めるとか、いくら馬でもさすがにみっともなくねぇか?」

「そういうことではない! それに馬ではない!」

 叫びながら跳ねるように立ち上がったジェームズは、ルスティナがふり返ったのに気づいて慌てて表情を穏やかに取り繕った。

「ルスティナ殿、こちら側の食べ物を口にした者は、こちら側の存在になるのであるよ。そういう決まりなのだ」

「……なんか喰ったのか?」

「食べ物は特に……ああ、果実水をいくらか飲みはしたが」

 テーブルの上で、淡い桃色の液体を残すグラスを目にし、ジェームズはしてやったりとばかりに余裕いっぱいの笑みを見せた。

「人としての役目を途中で放り出させることになるのは残念であるが、これもこの世界の理であるのだ。安心召されよ、私の支配するこの世界では生きるのに案ずることはなく……」

「誰が決めたんだよ?」

 とくとくと語り始めたジェームズを、今度はグランが遮った。

「こっちのモノを喰ったら帰れないだなんて、誰が決めたんだよ」

「だ、誰がって、昔からそういうもので……。貴様も、死人が死者の国の食べ物を食べたら、もう蘇ることは出来ないという話を聞いたことがあるだろう。あれと同じで」

「知らねぇよ、なぁ?」

「初耳であるな」

 たぶん、大抵の人間はそう言われると、『そうなの? どうしよう?!』とうろたえてしまうのだろうが、この二人は『大抵』の枠には収まらなかった。まったく動じない二人に、ジェームズはいくらか冷や汗をかきながらも、つとめて泰然を装って胸を張った。

「し、知らなくてもこの際関係ないのだ。これはこの世界の理であって……」

「この世界? ここは人間が描いた絵の中だろ」

 さすがにイライラしてきて、グランはジェームズを睨み付けた。

「お前、支配者だか王様だとか気取ってるけど、人が描いた絵に勝手に棲んでるだけだろ。そこで、この世界の理とか偉そうなこと言われても、泥棒がひとんででかい顔してるようなもんだぞ。図々しすぎるだろ」

「ど、泥ぼ……?!」

「人間の世界じゃなぁ、人と契約するときは内容を事前にきちんと説明するんだよ。自分の正体も目的も隠したまま親切そうに近づいてきて、こっちが嫌だって言うと勝手に怒り出して、こっちのものを飲み食いしたからもう返さないとか、タチの悪い人さらいと同じだろ。ああ、馬にこんな難しいことを言っても判らねぇか、所詮馬だもんな、馬」

「き、貴様、黙って言わせておけば……」

 言い返す隙を見いだせないまま、ギリギリと歯噛みをしていたジェームズの目つきが変わる。

「馬ではない、我は森の守り神であるぞ。神への感謝を忘れ、我らが世界の理にも従わぬ不敬で野蛮な人間め!」

 ジェームズの周囲に、黒い霧を含んだ風が渦巻き始めた。テーブルが浮き上がって傾き、載っていた豪華な食事、皿やグラスが地面に滑り落ちる。二人の会話の様子を黙って見ていたルスティナも、さすがに風の勢いを避けるように後ずさった。

「我が直々に裁きを下してやろう。己の愚かさを、あの世で後悔するがよい!」

 どこかで聞いたような決め台詞とともに、ジェームズの全身が霧に覆われる。全身を撒いていた風が収まり、その霧が晴れた時、ジェームズの体は、大きな一頭の馬の姿に変わっていた。

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