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13.海から来しもの<5/6>

「海で採れたものを、よく差し入れに来てくださってました。穏やかで、優しい方でした」

 ヘレナが悲しげに瞳を揺らがせて頷く。

「そんな兄が、もし会いに来てくれたとしても、無理私や誰かを海に連れ去って行くとは思えないんです」

 海で大事な肉親を亡くして間もないフィーナには、海で死んだものが恐れられている状況が納得いかないのだ。

「怯えて逃げ出すものがいる一方で、こうした考えをして死者がやってくるのを待ちわびている方も多いのです。会えるのであれば、どんな姿でも会いたいのだと。しかし、海からやって来るものがいたとしても、本当にそれが、海で亡くなった大事な人かどうかもはっきり判らないのです。それを装って全く別のなにかがつけ込もうとしているのかも知れず……」

「まったく別のなにか、ですの?」

「さっきユカさんが言っていた、精霊とか、悪霊とかいう存在でありますよ」

 シェイドがが言い添える。 

「亡くなった人はいずれ土に還りますが、人が死の間際まで抱いていた強い思いは、本人が死んでもしばらく残っているのではないか、とも考えられています。思いはすなわち力です。なにかの拍子にそれを取り込んだ精霊や悪霊が、更に力を得ようと生きている人に近づく、というのはままあるようです」

 フィーナは困った様子で首を振った。話の内容が理解できない、というよりも、深く考えたくないという思いが勝っているように、グランには見えた。

「それにしても、まずい時に戻ってきてしまいましたね。今日の月は夜半に昇るはずで……」

 月のない夜に死者がやってくる、という話をグランは改めて思い起こした。

 月は夜の象徴ではあるが、太陽と真逆の動きをするわけではない。新月以外にも月のない夜というのはわりとあるものだ。

 昼間に出ている時もあるし、夜中に昇る日もあるし、日のあるうちに昇って夜半には沈んでしまう日もある。月の動きは決まっているからその時間帯は予測はできるのだが、町に住んでいるものは、太陽の動きは気にしても、月が空にあるかないかはあまり気にしないようだ。

「……だからこいつは今日戻ってきたんだろ、月のない時になら兄さんとやらに会えるかも知れないと思ってさ」

 面倒くささを露骨に表に出したグランの言葉に、フィーナは黙ってうつむいた。

「でも、仮に死者本人が本当に戻ってくるのだとしても、生きていた頃の姿のままとは限らないのですよ。海の中で朽ちかけた体で現れるのかも知れないですし……」

「でも、そうまでして戻ってくるのなら、やはりなにか伝えたい思いとかがあるのかも知れないです。どんな姿だったとしても、もう一度会えるものなら会いたいです。それに、連れ去られたと言われている者たちだって、ひょっとして、なにか必要があって自分からついて行ったのかも知れないじゃないですか」

「だったらなおさらまずいんじゃねぇの、死んだ奴についていくって、どんな必要があるんだよ。死体を見つけて欲しいとかならまだしも、普通はとり殺されて終わりだろそんなん」

「あ、兄に限ってそんなことは……」

 つっけんどんなグランの物言いに、フィーナはさすがにむっとした様子で言い淀む。エレムがグランの方に身を乗り出し、小声でたしなめた。

「もう少し言い方ってものがあるんじゃないですか、大事な家族を失ったら誰だってそう思いますよ」

「だって普通に考えたら気味悪いだけだろ」

「そういうことじゃないんですって」

「まぁ、はっきり判らないことをあれこれ推測していても仕方ないのであります」

 不毛な言い合いを遮るように、シェイドが微笑んだ。

「死者に関しては我らカーシャムの神官が専門であります。ヘレナさん、フィーナさんは教会で泊まってもらうのがよろしいでありましょう。相手が悪いものでなく、本当に必要があって現れるのなら、聖なる場所でも臆すことなくやってくるでありましょう。もし万一危ないことがあれば、助けにも入れるのであります」

「ええ……」

「そんな単純なもんかねぇ」

 丸く収めようとするシェイドの言葉に、露骨にグランは肩をすくめている。長椅子の後ろに立って話を聞いていたリオンは、呆れたのを通り越して妙に感心した様子だった。

「グランさんって察しがいいはずなのに、わりと空気読まないですよね」

「自分に正直なだけだ」

 グランは揺らぎのない顔で答えている。エレムはため息をついた。




「で、なんでこうなるんでしょうか?」

 教会の二階、自分たちのために用意された寝室で、窓から空を仰ぎながらリオンが呟いた。

 もともとこの教会建屋は、裕福な商人の屋敷だったので、部屋数だけはやたらにある。石造りの平屋建てが多い町なので、二階に上がっただけで見晴らしが良く、連なる屋根の先に夕焼けの残光に揺らぐ内海が見えるほどだ。

 寝台に転がったランジュは、借りた絵本がよほど気に入ったらしく、眠そうながらも繰り返し眺めては、海の中の生き物を指さして名前を覚えようとしている。色つきの珍しい絵本で、普段見られない生き物が鮮やかに描かれているから、子どもと言わず大人だって見ていて面白そうなものだった。

「ユカさんを置いていくわけにいかないですからね、一応僕らは、ユカさんの護衛なので」

「あの子があのフィーナさんと一緒にいたからって、役に立つわけじゃないでしょう」

「気持ちが弱っている方のそばにいてあげたいと思うのは、悪いことではないと思いますよ。それに、フィーナさんも法術師ですから、ユカさんには参考になる話が聞けるかも知れません」

「どうでもいい世間話しかしてなかったような気がします」

 今夜は家に戻らず教会で過ごしなさい、といわれたフィーナの状況に同情したユカは、あれこれ話を聞いたあげくに、『わたしも今夜はご一緒したいのです』と言い出したのだ。

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