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12.海から来しもの<4/6>

「そういえばそうですの。でも……水たまりはいつの間にか乾いて水が無くなってしまうから、普通の川の水も海の水も、少しづつ減ってると言うことですの?」

「そうです、ではその、乾いて消えてしまったように見える水は、どこに行ってしまうのかしら」

「えーっと……」

 リオンは答えを知っているらしく、必死に考えているらしいユカをすました顔で眺めている。ユカはむっとした様子で、少しの間意地になって考えていたが、

「雨を降らせるのは雲ですの。乾いて無くなった水は、雲になるのですの?」

「そう、その通りです。水は、雨になって地に降り注ぎ、大地をくぐって綺麗になって、泉や井戸の水になって私たちを支えてくれます」

 ヘレナは子どもを見守る乳母のように穏やかに頷いた。エレムも眼を細め、

「雲を運ぶのは風だし、大地は水を受け止めて生きていくものの器になります。すべてのものの中心は、大地です。神々は、お互いに協力し合って地に住むものを護ってくれてるんですね」

「大地を器にして、ぐるぐるまわってる、ということなのですの? だから、レマイナが中心なのですの……?」

「そうです。でも教会の中で優劣は無いのですよ、どれが欠けても命は成立しないのです」

 ヘレナの言葉に、感慨深げにシェイドも大きく頷いた。

「カーシャムやジェノヴァなどは、人の営みとの関わりに特化しておりますが、基本はみな、生きるものを守るための神なのであります。こうした考えは、ほかの大陸ではあまりないようでありますね」

「そうですね、どうしても死は忌まれるもの、闇は悪と結びつけられるようですが、それは人が生きていく上で必要な恐れが転化したもので、鏡に映った人の心のあらわれとも言えます。命の仕組みの中に、悪意はないのです」

 ユカは今ひとつ判らない様子でしきりと首を傾げている。リオンもすました顔をしているが、時折ちらちらとエレムを伺っている。あれは多分、なんとなくしか理解していない。

「海の底はこわいのですー」

 腹が満足してまた絵本を読んでいたランジュが、独り言のように声を上げた。

「でもおさかなにはだいじなおうちなのですー」

「そう、そういうことです」

 ヘレナは感心したように微笑んだ。

「幼子は真理の一番近くにいるものですね」

「ランジュちゃんは子どもらしい素直な見方をするのでありますね」

 おとなの声には特に関心を示さないまま、ランジュは絵本のなかの生き物を指差して遊んでいる。 和やかになった食堂の空気を震わせるように、玄関前のホールから叩き金を鳴らす音が聞こえてきた。

「今日は、お客様の多い日でありますな。あ、自分が出てくるのであります」

 立ち上がろうとしたヘレナを制し、シェイドが立ち上がる。することがなくて椅子に座ったままうとうとしていたグランも片目を開けた。

 玄関先での二・三の短いやりとりの後、戻ってきたシェイドの後ろから現れた人物を見て、ヘレナは驚いた様子で立ち上がった。

「フィーナ、どうしたのですか? まさか、一人で戻ってきたのですか?」

 立っていたのは、エレムよりもいくらか年下くらいの娘だった。ヘレナと同じ色の法衣姿だ。別の町に行っていたという、アンディナ神官の一人なのだろう。

 フィーナと呼ばれた娘は、ヘレナを見るとすまなそうに目を伏せた。

「ごめんなさい。でも、海で死んだ人が悪者にされてるのが、どうしても納得できなくて……」

「せめて原因が判るまでは、お待ちいただきたかったのでありますが」

 困った様子で、シェイドが頭を掻いている。空いた皿を片付けていたリオンが、フィーナを見て手を止めた。

「……あれ? その方、法術師ですか?」

「え? ええ、素質はあるといわれておりますが、まだまだ力不足で……」

 反射的に答えてから、フィーナはやっと、自分の知った顔ではない者たちが食堂にいるのに気づいたらしい。妙に驚いた様子で、アンディナのではない法衣姿の神官達を見返し、

「まぁ、別の教会の法術師の皆さんがこんなに……? ヘレナ様、なにかあったんですか?」

「アンディナについて知りたいと訪ねてこられたのですよ。でも、この状況ではあまりお役に立てないとお話していたところでしたの。……そうね、あなたのことを聞いて頂くことで、説明になるかも知れませんね」

 


「私の兄の一人が、今年の春先に海で亡くなりました。船から落ちた子どもを助けようとして飛び込んで、その子を船に持ち上げたところで力尽きてしまったのです。沈んだ兄は海底の流れにさらわれたようで、遺体は未だに帰ってきていません」

 向かい合った長椅子のそばまで引っ張ってきた一人掛けの椅子に座り、フィーナはいくらか緊張した様子で話し始めた。

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