11.海から来しもの<3/6>
「えーと……?」
「だからなんで、夫の方は連れて行かれてないのか、ってことだよ」
「そう言われてみれば、そうでありますな……」
シェイドは初めて思い当たったという様子で頷いている。
「連れ去られる者は、縁がある以上のなにか条件があるかも知れない、ということも考えられるのでありますな。調査の参考にさせて頂くのであります」
「そもそも、”迎え”に来るのが海で死んだ縁者の誰か、ってのも眉唾だけどな。最初のばあさんの件で、死んだ息子が持ってたのと似たような飾りがたまたま落ちてたってだけなんだろ」
「そうなのでありますが、ほかに手がかりもないので、それを否定してしまうと推論の立てようがないのであります」
町の噂を擁護するように、シェイドが答えた。
「とっかかりが少なくて、自警団や町の警備兵も、警戒する以外にできることが無いのであります。いなくなったものは、どこに行ってしまったのか。なんのために連れて行かれたのか。そして、なぜ今になって頻繁に起こるのか。……自分は、警備兵や自警団の方とも接触しているのですが、兵士はまだしも、自警団は一般市民であるので、どうも自分がカーシャムの神官であるということで遠慮というか、おびえが見られるというか」
「神の名において死の裁きが許されてる相手だからなぁ。機嫌を損ねたらただじゃ済まねぇとでも思ってるんだろ」
「そんなのはよほどの非常時でありますよ……」
シェイドは困った様子で頭を掻き、ふと思いついたようにグランを見直した。
「あのレマイナの神官殿は当然としても、剣士殿はカーシャムの神官を恐れていないのでありますね」
「用事もねぇのにやり合いたくはねぇけど、気分次第で剣を抜くような相手だとは思ってねぇよ。カーシャムの神官ってのは、半端な信念じゃ勤まらねぇだろ」
「そう言ってもらえるのはありがたいのであります」
前髪の下の目元がいくらか緩んだ気配があった。
「剣士殿が、エルディエルの姫君やルキルア軍の高官方に遣わされてきた理由が判る気がするのであります。あなた方のような方が協力してくれたら、自分の調査も上手くいきそうなのであります」
「まぁ、一人で動くよりは協力者がいた方がいいかも知れねぇけどさ、俺たちはただの通りすがりだから、あんまり期待するなよな」
「そ、そうでありますか……」
「ところで、それとは別に聞きたいことがあるんだが」
「なんでありましょう」
グランは、絵本に夢中になっているランジュを横目で見やると、内緒話でもするようにいくらか身を乗り出し、声をひそめた。
「この町で、海に沈む夕日を見るのにいい場所って、どっかないか?」
「……はい?」
「エレム様は本当に手際がよろしくていらっしゃる」
ゆでた野菜を持ったボウルを抱え、厨房から出てきたヘレナが、感心したように後ろに続くエレムに声をかけた。水差しを両手に持ったエレムは特に照れるでもなく、
「小さな頃から、お手伝いさせて頂いてました。いろいろコツも教わる機会がありました」
「レマイナ教会は神官の数も多いですものね。うちの神官たちにも教えて頂きたいくらいですわ」
その後ろから、全員分の椀とカップを載せた盆を持ったリオンと、パンを盛ったかごを抱えたユカが出てきた。ユカは仏頂面で、
「結局わたしができることなんかなかったのですの、ただ見てるだけなのに一緒にいたって仕方ないのですの」
「作業の流れを見てれば、次にどんな手伝いができるか判るようになるでしょ。ぼんやり見てるだけじゃなんにもならないよ」
ブツブツ言っているユカを、呆れ顔のリオンがたしなめている。
リオンはアルディラの世話係をしてきたから、その場その場で割と目端が利くのだが、ユカはどうにも周りに気が回らないようだ。後ろの会話を耳にして、エレムが苦笑いを見せている。
「あ、今の話は、あいつらには内緒な」
「はぁ……」
グランに小声で念を押され、シェイドは曖昧に頷いた。グランはすぐに素知らぬ顔で頬杖をつき、窓の外に目を向ける。エレムはいくらか不思議そうに、グランとシェイドを見比べた。
「……? どうかしたんですか?」
「な、なにがでありますか?」
ぎこちなくシェイドが答える。エレムは更になにか言いかけたが、食べ物に気づいたランジュが絵本を横に放り出して立ち上がろうとしたので、慌てて持っていた皿を置いてランジュの世話を焼き始めた。
「……アンディナは、おもに海洋を守護する神ですが、海を見たことがない方も、実はアンディナの恩恵に預かっているのですよ」
それぞれの祈りが終わって食事が進むと、アンディナのことを聞きたいというユカに答え、ヘレナが話をしてくれた。
「海がなにかも知らない人もいるのにですの?」
「ええ、山には雨が降り、雨は川になりますね。その川が最後に行き着くのが海なのは判りますか?」
「一番低いところに水がたくさん溜まるのなら、そうなのですの」
「では、どうして海は溢れてしまわないのでしょう」
思いも寄らなかったことを聞かれ、ユカは目を丸くした。




