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10.海から来しもの<2/6>

「ここには、わたしのほかに三人の神官が所属しております。皆それなりに、『海で亡くなった縁者』に心当たりがありました。シェイド様のお話を聞いて、それならと思い、今はカーシャム教会建屋に、手伝いに行かせております。」

「……真偽はともかく、『海で』亡くなった方が戻ってくると言う噂なんですよね? 海洋を司るアンディナ教会に、町の方が頼ってこられたりはしないんですか。」

「頼るというか……」

 エレムの問いに、ヘレナは複雑そうな笑みを見せた。

「最初のうちはそういう方ばかりでしたが、回数が重なると『アンディナが、なぜ町の者が海に連れて行かれるのを見逃すのか』と、不満に思われる方が出てきたのです。そもそもアンディナが護ってくれれば、海で死ぬものも無いはずだと、面と向かっておっしゃられる方も増えて参りました。アンディナの恩恵は、そうした単純なものではないのですが……」

「勝手に期待しておいて、期待通りにならないと怒るのですの。人は身勝手なのですの」

「このかわいらしいお嬢さんは妙に現実的でありますな」

「かわいらしいだなんて、カーシャムの神官様は正直な方ですの」

「ただの枕詞だと思うけどなぁ」

「話がそれるからお前ら黙ってろ」

 子ども達の会話を一喝すると、グランは脚を組み替えてヘレナを見やった。

「でも、なんであんたはここに残ってんだ?」

「そうなのですよ、自分が留守番をするから、皆さんと一緒にサイスの町へ行ってくださいとお願いはしたのでありますが……」

「私は仮にも教区司祭でございます。頼ってくださる方が少しでもいるなら、私が町を離れるわけには参りません。不安なときだからこそ、よりどころとなる場が必要でございましょう」

「だそうであります。自分も、調査の拠点としてここを使わせて頂けるので、助かってはおりますが」

「まぁ、カーシャムの神官がいりゃあ、たいていの奴は口も手も出せねぇよな」

 グランは胡乱げにシェイドを見返した。シェイドはいくらか気恥ずかしげに、ぼさぼさの頭をかいている。

「……こうした状況でございますので、新しい方をお迎えするのは、今は難しいのでございます。もちろん、別の町にあるアンディナ教会の建屋へ紹介する分には、いっこうに構わないのですが……」

「うーん」

 グランは面倒臭そうな顔で首をひねった。

 最初の話では、ラレンスのアンディナ教会にユカを送り届け事情を説明したら、少しの間ユカを預けて、カカルシャから部隊が戻るまでにはユカが今後どうしたいかを考えさせるつもりだったはずだ。

 しかし、ここから更に南下するとなると、完全に自分たちはルキルアの部隊と別行動になってしまう。帰りも容易に合流は難しいだろうから、ユカ自身にそれなりの決意がないと、別の町まで行くのを決めるのは難しい。

「……もしお忙しくないのであれば、少しアンディナについてお聞かせいただくことは可能ですか。僕らは、この後は用事はないので」

「構いませんよ、せっかくですし、昼食を一緒にいかがですか。人手がないので、あまり手の込んだものはお出しできませんが」

「ありがとうございます、僕にもお手伝いさせてください」

「あっ、ぼくも……」

 厨房に向かったヘレナに続き、そつなく腰を上げたエレムに倣って、椅子の陰に隠れていたリオンも立ち上がった。その目が、ランジュの隣で座ったままのユカを見下ろすと、

「なにをぼけっとしているの、君もだよ」

「えっ? どうしてですの?」

「誰のためにここまで来たか判ってるの。お姫様気分でいるのもたいがいにしたらどう?」

 リオンは聞く耳を持たず、むっとした様子のユカを一瞥し、あとはさっさとエレムの後ろについていく。

「あなたに一緒に来てと頼んだ覚えはないのですの」

 ぶつぶつ言いながらも、ユカは渋々立ち上がり、厨房に消えていく三人の後についていく。

 食堂には、グランとランジュ、それにシェイドが残された。シェイドは伸びた前髪の下から、絵本に夢中なランジュを眺めて、口元をほころばせた。

「ヘレナさん、お客様が来てくれて表情が明るくなったのであります。自分がここに来てから、良くも悪くも人が訪ねてこなくなってしまったのであります」

「そら、カーシャムの神官が来てる場所で憂さ晴らしの嫌がらせも出来ねぇからな。つーか、あんた剣はどうしたんだ?」

「ああ、剣士殿は自分達のお役目をご存じなのでありますね」

「少し前まで、北西地区で稼いでたからな」

「なるほどであります」

 シェイドは大きく頷いた。

 エレムは気づかなかったようだが、死と眠りを司る神カーシャムの神官は、常に剣を携帯しているものだ。それを、今のシェイドは身につけていない。

 一般的な見解として、彼らに法術は”与えられていない”。その代わりに、卓越した剣の技量を身につけることを課せられている。剣を扱うことそのものが、神から与えられた「力」なのだ。

「ヘレナさんが怖がるので、出かける用事があるとき以外は、お借りしている客間に保管しているのであります。カーシャムの剣は人を守るものなので心外ではありますが、不用意に不安を抱かせるのも本意ではないのであります」

「ふうん……」

「それと同じで、死は恐ろしいものではないのでありますが、どうもこの法衣を見ると皆さん畏れが先に立つようであります。町の人が理由もわからずいなくなっている現状では、無理もないのでありますが」

「それなんだが」

 厨房からは騒がしく言い合う子ども二人の声と、諫めるエレムの声が聞こえてくる。ランジュは色とりどりの海の生き物が描かれた絵本に夢中で、厨房には目を向けようともしない。

 グランは脚を組み替えて、前髪の下で見えづらいシェイドの表情を伺うように頬杖をついた。

「最初にいなくなったって話の婆さんからが、まず不思議じゃねぇ?」

「はい?」

「昔海で死んだ次男ってのは、二人の息子なんだろ。婆さんが再婚してるとかでなきゃ」

「まぁ、そうでありますね」

「じゃあなんで、連れて行かれたのは婆さんだけなんだ?」

 シェイドは、言われている意味をすぐに飲み込めなかったようで、一拍遅れてゆっくりと首を傾げた。

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