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6.港町と教会と<2/4>

「はぁ?」

「おとぎ話でよくあるでしょう、お姫様や王子様が悪い魔法使いに魔法をかけられて、鳥やカエルに姿を変えられてしまう話。あれにはいろいろ類型バリエーションがあって、夜だけは元の姿に戻れるとか、水鏡には本来の姿が映るとか、あるんですけど」

「んー?」

 グランは怪訝そうに眉をひそめた。

「もとは人間だけど、なんかの呪いで道具にされちまった、って感じか?」

「ランジュのが呪いかどうかは判らないですけど、条件を揃えると元の姿に戻れるっていうのは、おとぎ話の定番ですよね」

 最初のうちは、『ラグランジュ』は、古代人がそういうものとして作った、と単純に思っていた。

 だが、ただの道具として考えた場合、どうにもランジュ――『ラグランジュ』の存在は、非効率なのだ。

 そもそも、幸運をもたらすための『道具』として考えるなら、剣身が人間の姿になる必要もない。美しい剣であれば、自分は肌身離さず持っているだろう。剣の形をしているだけで、それなりに役にも立つ。

 子どもの姿になって自分たちについて回るランジュなど、本当になんの役にも立たない。もし毎回こんな風に具現してきたなら、食費が負担で権利を放棄したがる“持ち主”だっていそうなものだ。

 そうすると、持ち主には役に立たない姿でいることにも、何らかの意味や理由があるのかも知れない。

「……それってさ、真実の愛とかで呪いが解けて元の姿になるってオチか」

「お話だと、そんな展開が多いですね」

 グランはちらりと、後ろを歩く子ども達に目を向けた。グランと目があうと、ランジュはにっかりと笑みを見せる。

 グランはいくらかげんなりとした気分で視線を戻した。

「……ねぇな」

「でしょうねぇ……」

「あっ、あれじゃないですか」

 ぼそぼそ言い合っている男達の前方を指さし、リオンが声を上げる。

 資金に恵まれて大陸内での影響力の大きなレマイナ教会だと、建屋の形はわかりやすい。最上階に鐘楼が設けられた塔があるか、塔はなくてもわりと背の高い建物であることが多いものだ。しかし、他の神の教会だと形はまちまちだ。

 レマイナ教会の建屋に間借りしている所もあれば、古い建物を町の厚意で借り受けたり、逆に金持ちの支援を受けて建物だけは立派だったりとか、いろいろな事例ケースがある。

 この町のアンディナ教会は、どうやら古い民間の家屋をそのまま建屋として利用しているようだった。もとは商人か、下級貴族の家だったのかも知れない。ひびの入った門柱の間から、割と広めの前庭と、古ぼけた石造りの建物が見えた。

 庭は、もしまめに手入れされていたらなかなか趣がありそうなのだが、今の主は草木を世話する余裕もないのだろう。元は花壇として作られたであろう場所には、背の低い雑草が生い茂っている。

「なんだかぼろぼろですの」

 一同の感想を、ユカが躊躇なく口に出した。さすがにリオンが気の毒そうに、

「質素とか慎ましいとか、もうちょっと言い方があるんじゃないかなぁ」

「言葉を換えても事実は変わらないのですの」

「いろいろ事情があるものですよ、南西地区では、アンディナ教会はほとんど見ないですからね、資金の工面も大変なのかも知れません」

 苦笑いしながら、エレムが先に立って門をくぐる。そのまま奥の建物に向かおうとしたが、

「あれは、なんですの?」

 ランジュと手をつないで門をくぐったユカが、不思議そうに足を止めた。

 庭の半分には、白い石造りの人工池がある。思わず、ユカがいた山頂の社の泉を連想してしまったが、池を形作っているのは、門柱や塀と同じ、ありふれた石のようだ。

 その池の中央に、同じ白い石で作られた、等身大の人間の像があった。

 腰から下は布で覆われているが、上半身をほぼあらわにした、美しい女の像だった。片手に持った杖や、頭や手足につけられた装飾品、髪型に目鼻立ち、服のしわの流れ方といった細部まで、かなり精巧に作られている。元になった女性が現実にいたとしたら、それこそ絶世の美女とも言われていただろう。

「この館の、元の持ち主が作らせたのでしょうかね。冠に装飾品……さっき案内人さんが言っていた、レキサンディアの支配者だった女王の像ではないでしょうか」

「頭に蛇さんが乗ってるのですー」

「ああ、きっと冠のモチーフがそうなんだね」

 像の冠を指さしたランジュに、エレムが微笑んだ。

「古い国だと、蛇を長寿の象徴として崇める所は多いね。ほら、杖の頭もよく見ると蛇だよ」

「どうしてですの? 細長いからですの?」

「蛇は脱皮して、そのたびに新しい体を手に入れるでしょう。それに、とても生命力が強くて、長生きなんです。そういう点で、不老不死を連想させたんでしょうね」

 ユカは半分よく判らなそうな顔で頷いている。その横で、

「へびさんは美味しいのですか?」

「食べたいの?!」

 無邪気なランジュの質問に、リオンは思わず目を丸くしたが、

「山の中の移動とかで、何も食うもんがなくなりゃ食うぞ。うまいまずいは別だが」

 グランがこともなげに答えた。

「鳥だの狐だのよりは捌くのが手間じゃねぇしな」

「そこですか?!」

「シャザーナあたりだと、スープの具にしたり、開きにして焼いたりするそうですよ。お酒につけたり、粉末にして薬にしたりとか。滋養強壮に効果があるそうです」

「ええ……?」

「でもこの近辺だと、食べるより皮を使って道具を作る方が多いかも知れないです。身を使うとしても、せいぜい、釣りの餌にしたりとかね」

 複雑な表情のリオンを見て、エレムは微笑ましそうに目を細めた。

「エルディエルだと、ほかにも美味しいものはたくさんあるでしょうからね。なじみがないのに無理に食べることもないでしょう」

「そ、そうですよね。文化が違いますからね」

「蛇に食いついた魚を人間が食べるのですの。体に入るのは同じなのですの」

「そういう言い方やめてくれる?!」

「へびさんがおさかなになるのですー」

「だからー」

 だんだん話がずれてきたので、グランはさっさと玄関に向けて歩き始めた。しかし、庭先でこれだけ騒いでいるのに、誰も様子を見に出てくる気配がない。本当に人が使っているのだろうか。

 扉につけられた叩き金を何度か叩く。

 奥で人の動く気配があった。ユカが幾分緊張した面持ちで、グランの後ろから扉を見つめている。

「やっとアンディナの神官さんに会えるのですの。どんな方なのかどきどきしますの」

 山奥の町で、たった一人の巫女だったユカにとって、アンディナの神官は未知の『仲間』であるかも知れないのだ。

 レマイナ教会きっての法術師であるラムウェジと一緒に小さい頃からあちこちを旅していたというエレムも、アンディナ教会の神官には会ったことがないという。

「はい、どちらさまでありますか」

 誰何の声と共に、重そうな音を立てて扉が押し開けられた。

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