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3.海底の過去、海上の現在<3/4>

「そ、そこまではいくらなんでもやらねぇだろ」

「いやしかし姫の気性から言ってそういうことも」

「落ち着け! わがままでも筋は曲げないんだろ! お前が信じなくてどうする!」

「しかし、姫が遠回りしてまで、用事のないラレンスに行きたいというのは、元騎士殿との思い出作りと思ってるからであろう?」

 微妙に別な理由ながらも見た目だけは同じようにうろたえ始めた二人を見ても、さして動ずる様子はなく、エスツファは思案するように自分の顎を撫でた。

「なんだかんだ言っても、元騎士殿は目的を持って旅をしていて、今我らと一緒なのはその目的地と同じ方向だからというのも、姫は姫で役目を終えたら国に戻らねばならぬと言うのも判っているのであろう。だからこそ、ちょっと寄り道して楽しい思い出を作っておきたいと言っているのではないかな。恋する乙女らしい可愛いわがままではないか」

「なんでも乙女だとかで済ますな! いくらなんでも全部隊動かして遊びに寄り道はやり過ぎだろ!」

「しかし一日そこらの遠回りを渋った結果、カカルシャ自体に行けなくなったとなるよりは皆も納得……」

「あんたも何言ってんだよ!」

「我らとしても、ラレンスに寄ること自体がまるっきり無駄足になるわけではないしな」

 エスツファが言っているのは、ユカのことだろう。

 確かにルスティナは、ラレンスへは経路を調べた上で、少数の人員でユカをラレンスにあるはずのアンディナ教会まで送り届けようかと思案していた様子だった。だが、それはまた別の話ではないか。

 うろたえてブツブツ呟いているオルクェルを面白そうに眺めつつ、エスツファはのんびりと続けた。

「ただ、姫が動けば他の多くの者も動かねばらぬ。距離が伸びれば予算も食う。その辺りの調整が上手くいくかどうかであるかだな」

「こ、行程に関しては、一日ほどの距離になる程度なのだ。もちろんここから街道沿いが一番早くはあるのだが……」

 既にある程度検討はしてきていたのだろう、オルクェルは懐から取り出した地図を広げ、内海付近を指さした。

「ラレンスから先にも街道につながる道があるので、行って戻ってくるだけのようなことはせずに済むのだ。またラレンス近辺は、遠く大陸南岸からの貿易船もやって来るので、珍しい南国の品物も多く見られるのだというから、大公への贈り物もそこで用意できそうであるし」

「まるっきり観光と買い物目的じゃねぇか」

「まぁ兵士達の士気が落ちさえしなければ、それも構わぬのではないかな」

「俺の士気はどうなるんだよ! どっちの味方なんだよ!」

「どっちというか」

 エスツファは特に動じた様子もなく、

「元騎士殿がどうしても嫌なら強いる理由もないし、逆に元騎士殿が承知した上で、エルディエル側でうまく調整できというのであれば、寄っても構わぬ。といったところかな」

「だったら……」

「しかし、ここでオルクェル殿が引き下がったとしても、今度は姫直々に説得に来られたら、士気が落ちるどころの騒ぎではなくなるのではないかな、元騎士殿」

 一見気遣うような顔つきのエスツファに痛いところを突かれ、グランは言葉に詰まった。

 確かに、アルディラに本気の勢いで乗り込んでこられたら、面倒くささはオルクェルの比ではない。オルクェルを間に立てられなくなるだけ、こちらの精神的消耗は半端なさそうだ。

「ラレンスはフェレッセよりも南だから、風景も南岸諸島に近いのだそうだ。領地に海岸線のあるエルディエルと違って、ルキルアは海どころか大きな湖とも縁遠いのでな、目にするものが皆、物珍しくて面白い。ルキルアの兵士に限って言うなら、ここで多少の寄り道も文句は言うまいよ」

 口をつぐんだグランとは対照的に、いくらか表情の明るくなったオルクェルに、しかしエスツファは相変わらず飄々とした顔で、

「オルクェル殿も、元騎士殿が気持ちよく耳を傾けてくれるような話の運び方や条件の出し方を、いくらか考えた方が良いのではないかな」

 要は「泣きつくにしてもう少し上手くやれ」と言っているのだ。揃って微妙な顔つきになった二人を交互に見返して、エスツファはにやりと笑みを見せた。

「まぁ、外野の言うことは気にせず存分にやってくれ。できれば、昼の打ち合わせにまでに結論を出してくれると有り難いが。おれは嬢ちゃん達の様子でもみてくるとしよう」

 言うだけ言うと、エスツファは立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「……そういえば、エスツファさんは、ランジュをとても可愛がってくれてますよねぇ」

 それまで黙って様子を見ていたエレムが、ふと気づいたようにぼそりと呟いた。



 自分たちは『ラグランジュ』の返品のためにこうして旅をしている。

 なんだかんだで自分が持ち主になってしまった伝説の秘宝は、持ち主の願いを叶えると称して厄介事を引き寄せる、厄介きわまりない存在だ。それなのにグランには、そんな者に頼ってまで手に入れたいと願うものがなかった。

 加えて、人間の姿を取っている『ラグランジュ』そのものは、グランにとってなんの役にも立たない。

 しかし、グラン以外の人間には、ランジュは食べることが大好きなただの子どもでしかない。

役に立たない代わりに悪さもしない。物怖じしない「子どもらしい」子どもだから、どこに行ってもそれなりに可愛がられている。

 ランジュは基本、自分たちと一緒に行動しているが、子どもを連れて行けないような所へグラン達が出向く際には、エスツファとその部下がよくランジュの面倒を見ていてくれていた。

 エスツファとルスティナはランジュがなんであるかを知っているのだが、犬猫だって三日も一緒ならそれなりに情も湧くものだ。ランジュは人間の子どもの姿をしているのだから、なおさらだろう。

 去り際のエスツファの言葉のせいではないだろうが、オルクェルはなんだか勢いを失った様子で、

「昼前にもう一度来るので、考えておいて欲しい」

 とだけ言い残し、アルディラのもてなされている貴賓用の建物に戻ってしまった。

 せっかくなので今のうちにこの町のレマイナ教会に挨拶に行きたいと、エレムもいなくなってしまい、グランは手持ち無沙汰でなんとなく庭にまわってみた。

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