22.ある翻訳家の生還<1/2>
サグニオの私兵の援軍かと思ったが、先頭にいるのは国王の近衛兵だった。従っている兵も半数が王国軍の兵服姿だ。後ろにはラムウェジと、サグニオの姿もある。近衛兵の長は、背後にいるサグニオに厳しい声を投げつけた。
「サグニオ殿、あれは、そなたの側近のベリーニ殿だろう。ラムウェジ殿の従者相手に刃物を振り回すなど、どういうことなのだ」
「そ、それは……」
「それに、なぜ王の狩猟地の中にかような場所があるのだ。必要な管理は任せていたが、このような庭園は、今まで報告がないぞ。ここはいったいなんなのだ」
「いや、私は……」
サグニオは落ちつかなげに視線を彷徨わせると、すぐに表情を取り繕って、地面に座り込んだままのベリーニに目を向けた。
「ベリーニ、いったいどういうことだ。お前のことを信頼して、この狩猟地の管理を任せていたのに」
「さ、サグニオ様?!」
「私のあずかり知らぬところで、一体何をやっていたのか、後ほど申し開きの場を設けましょう。今はご子息と従者殿の保護を」
目も合わせないサグニオに、ベリーニは言葉を失って青ざめている。
「……今度は、あなたが切り捨てられる番のようですね」
エレムに肩の傷を布で巻いてもらいながら、ピラツはその横顔にぼそりと呟いた。と、
「――エレム!」
国王の兵士達が続々と集まってくる中、ひときわ大きな女の声が兵士達をかき分けて飛び込んできた。
ラムウェジは、庭園の中に咲き乱れる草花には一切目もくれず、ピラツの横で立ち上がったエレムに向かって一目散にかけてきた。
目の前で膝を付いてエレムの両腕をつかみ、顔から腕からを確認するようにぐるりと見渡し、
「どっか痛くしてない? 乱暴されなかった? 怖くなかった?」
「だ、大丈夫ですよ、僕よりピラツさんの……」
「よかったよお、エレムになにかあったら私もうこんな仕事できないよぅ」
「ちょ、ちょっとラムウェジ様」
エレムの言葉も半分くらいしか耳に入っていないようで、ラムウェジはエレムの体を抱きしめている。山中で、川から引き上げた瀕死のピラツを治療していた時はあんなに冷静だったのに、今はこの場にいる誰よりも取り乱しているように見えた。
「……エレムくん、冷静だし、大人顔負けに強いから、ラムウェジさんも全部計算して任せていたのかと思ってたんですが……」
「そりゃあ、親ですもの。子どもがなにやってたって心配するものよ」
エレムに代わって、ピラツの腕の傷を巻きながら、キールが笑う。
「信頼と心配って、理屈が違うのよ」
ぎゅうぎゅうに抱きすくめられ、身動きできないまま目を丸くしていたエレムは、少しすると、しょうがないなとでもいうように軽いため息をついた。窮屈そうに手を伸ばし、ラムウェジの頭を抱えるようにぽんぽんと撫でる。
ラムウェジははっとした様子でいくらか体を離すと、自分を見上げるエレムをまじまじと見返し、
「も、もう可愛いんだからこの子は!」
「え? っうわわっ」
今度は嬉しそうにエレムの頭に頬ずりしている。明らかに『しまった』という顔つきになったエレムは、抵抗をあきらめた様子で、されるままになっていた。
そのそばでは、すっかり気力を失った様子のベリーニと配下の者たちが、現場を仕切る王の兵士達に囲まれて連れ出されていった。サグニオに手出しさせないために、あらかじめ打ち合わせていたのだろう。
それからは、あっという間だった。
サグニオはどうにかして『首謀者はベリーニで自分は何も知らなかった』という流れにしたかったようだ。だが発覚直後から、関係していた者たちがことごとく国王の側近に確保されたことで、口裏合わせも口封じもできなかった。
サグニオの館からは、秘密裏に栽培・収穫された植物の葉や実、それらの栽培記録が多数発見された。大国の植物研究所にも劣らないほどの貴重な資料であふれていたという。
「……サグニオの館のあるパルヴァの町は、狩猟地の管理のために、国王に召し上げられるそうよ」
「栽培の拠点になっていたサグニオの館は、薬草栽培の研究拠点として、栽培に関わっていた研究員や学者達ごと国が管理運営することになるって。いずれ王の狩猟地全体は、地形を利用した大規模な畑と薬草の栽培場として利用されるようになるでしょう」
顛末を尋ねたピラツに、ラムウェジとキールはそう説明した。
「植物の栽培自体は悪いことじゃないけど、王の狩猟地の中で勝手に畑を作ってたんですもの。それだけならまだしも、十数年以上にも渡って膨大な利益を上げてたのに、そのぶんの税金は納めてなかったんですからね。今更、遡って支払うわけにも行かないし」
「領地全体を剥奪されたり、追放されるわけではないんですね」
「優秀な領主であることには違いないですもの。サグニオは別の町に館を構えて、当面は代官に監視されながらの統治になるでしょうね。ただ、秘密の栽培所が生み出していた大きな財源を失って、サグニオが誇る学園都市は今後どうなるか……」
「……」
その点は、学生として大きな庇護を受けていたピラツ自身、複雑な思いだった。




