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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
310/622

21.ある少年の駆け引き<4/4>

 今の今まで余裕一杯だったベリーニの喉元を左腕で締めあげ、右腕をねじり上げたキールが微笑んだ。ベリーニが苦痛に顔をゆがめる。

「き、貴様……!」

「人が急に饒舌になった時は、なにかを隠してる時よ。覚えておくといいわ」

 ひどく魅力的な笑顔でキールは微笑んだ。もちろん、ベリーニには見えていないが。

「ピラツ君、頑張ったわね」

 話の途中から、キールが気配を殺して入り口から顔を覗かせたのが見えたのだ。

 あとは、入り口に背を向けた彼らが、背後から近づくキールに気づかないように、ピラツは必死に注意を引きつけていたのだ。

「構わん、殺……!」

 言い終えるのも待たず、キールは喉元から放した右手で今度は彼女の首筋を打ち据えた。気を失ったベリーニの膝がくずおれる。

 だが、ベリーニの命令と同時に、二人の男は剣を抜きながらキールに向かって向きを変えている。

 邪魔になっただけのベリーニの体を無造作に横に放りながら、キールは自分の腰に右手を添えた。

 腰回りに大きく銀色の光がひらめいた――と同時に、

 丸腰だったはずのキールの手の中に、銀色の細剣が現れた。

 さっきまで、ただのおしゃれな銀のベルトだったものが、一本の剣に形を変えたのだ。飾りだと思っていた馬蹄型の部分は護拳ガードと一体になった柄に、棒状の金属鎖部分は組み合わされて細い剣身に。

 そういえば、キールは神官になる前は、アムタウヤ聖王国の近衛兵だったのだ。当然剣の扱いなどお手の物だろうが、あんなものを持っていたとは、さすがにピラツも気づかなかった。

 丸腰だったはずの相手がいきなり剣を持ったことで男達が若干怯んだ、そのわずかな隙に、キールは構えた細剣を鋭く突き出した。

 的確に右の手首を打たれ、片方の男が剣を取り落とした。雑草のない手入れされた土の上に静かに落ちた剣を、ピラツは反射的に更に遠くに蹴り飛ばした。拾っても、使いこなせないのだから仕方がない。

「く……!」

 剣を取り落とした男は、蹴り飛ばされた剣をちらりと横目に見ると、キールに向かって身構えたまま今度は自分の背に手を回した。一瞬後には、手の中で短剣がひらめいていたが、その時には既に、キールはもう一人の男の肩口を容赦なく突き倒していた。男はのけぞるように、後ろに足をもつれさせた。

 普段はベルトとして使っているものだから、さすがに剣身に触れただけで切れたり、貫き通すような力はないらしい。それでも、しっかりと金属片の組み合った細剣は、しなることもなくキールの手の中で形を保っている。

「お前……ただの神官ではないのか!」

「神官にも、いろんな経歴の人がいるのよ?」

 親切に答えてやりながらも、キールは動きを止めない。かろうじて倒れるのを免れた男は、体勢を整える間もなく、踏み込んできたキールの剣に胸全体を打ち据えられて吹き飛んだ。

「くそっ、そこをどけっ!」

 キールの技量を察したらしい短剣の男は、距離をとるようにとびずさり、短剣を振りかざしながら今度はピラツの方に足を踏み出した。正確には、ピラツの背後にいるエレムに向かって。

 慣れない状況で混乱してはいたが、自分をどかした後で男が何をする気なのか、ピラツにだって察しがついた。一番小さいエレムを盾にして、状況をひっくり返そうとしているのだ。闇雲に振り回される短剣が冷たい光を放ち、思わず身を引きそうになってしまったが、

「うがああああ!」

 ピラツは体をかがめると、自分でも意味のわからない叫びを上げながら、短剣を振り回す男の体に頭から突っ込んだ。左肩から上腕にかけて鋭い痛みを感じたが、その意味を頭が理解するより先に、ピラツは男の体を地面の上に突き倒していた。

 頭の上で、金属がぶつかり合う音が響いたような気がするが、ピラツは自分の頭突きをもろに腹部に受けてうめいている男の体に、必死でしがみついているしかできなかった。

 そのすぐ側で、大きなものがドサリと地面に倒れ込んだ。

「……やるじゃない、ピラツ君」

 穏やかな声に、ピラツが顔を上げると。

 ピラツの頭が腹部に直撃した上に、キールに顎の上から喉を押さえつけられた男は、既に気を失っているようだった。横たわり、力の抜けた手からは短剣がこぼれ落ちている。

 一方で、キールと相対していたもう一人の男も、白目を剥いて仰向けに倒れたまま動こうとしなかった。肩口や胸辺りを一気に突かれたらしく、血が流れてこそいないもののの、服には突かれた時の衝撃で切れ破れた跡がいくつもあった。その側で呆けたように座り込んでいた労務者風の男は、キールと目が合うと、慌てて両手を挙げて大きく首を左右に振った。

 ピラツはぼんやりと起き上がる。いつの間にか側にやってきたエレムが、呆れた顔で、倒れた男の懐から手ぬぐいを抜き取った。

「……刃物を持っている相手に、素手で向かっちゃいけないって、教わりませんでしたか」

「え? え……? ああっ!」

 言われて初めて、ピラツは自分の左腕の熱い痛みを思い出した。

 もみ合った時に短剣の刃が当たったのか、肩から肘にかけて服が大きく切り裂かれている。傷自体は皮一枚裂かれた程度だが、そこそこ血も流れているし、やはり痛い。

「無茶をしましたね。でも、ありがとうございます」

 呆れた様子のまま、エレムはピラツの腕に手ぬぐいを巻き始めた。その仕草があまりにも淡々としていたので、礼を言われたことに、ピラツは少しの間気づかなかった。

「こ、こんな女みたいな奴に……」

 いくらか意識を取り戻したベリーニが、額をおさえながら身を起こす。さっきキールが気絶させた時のままの格好なので、武器も取り上げてもいないのだが、今は起き上がるのがやっとの様子だ。

「あら、それ、とっても褒め言葉なんだけど?」

 キールは鮮やかに微笑んだ。

「あなたには、『女みたい』って、侮蔑の言葉なの? だとしたらちょっと寂しいわね」

「な、なにを……」

「なにごとだ!」

 虚を突かれた様子のベリーニの言葉を遮って、庭園の入り口から男の声が響き渡った。

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