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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
309/622

20.ある少年の駆け引き<3/4>

 庭園の入り口である岩の裂け目を背に、ふたりの男を率いた女が立っている。サグニオの側近である、ベリーニだった。フードをかぶった男達は顔がよく見えないが、剣を帯いた黒い外套姿には記憶があった。

「素直にその者についてきてくれれば、穏便に済ませられたかも知れないのに、困った子どもだ」

「穏便に、どこか遠い場所に売り飛ばす、ですか?」

「この場では“出来るかぎり”人を殺めるなと言うのが、サグニオ様のご希望だったのでな」

 冷ややかに首を傾げたエレムに向けて、ベリーニは冷静に言い切った。

 つまり、出来る範疇を超えたら構わない、と言うことなのだろうか。さすがにピラツも言葉の含みに気づいて身構えた。

「……やっぱり、ここは秘密の栽培所だったんですね」

「やっぱりとは、こちらの台詞だ。レマイナ教会の“移動する神官”がなにやらこの周辺をかぎまわっていたようだったが、ラムウェジ殿直々に調査とは恐れ入る。しかもこんな子どもまで使って」

 エレムは変わらず淡々としている。ベリーニは幾分呆れたように答えた。

「調べられて困るようなことを、ここでしてたってことですよね」

「珍しい植物を栽培しているだけだ、特に悪いことではないだろう?」

 ベリーニはすっとぼけた顔でうそぶき、すぐに笑みを見せた。

「ただ温泉が湧く地なら領内にほかにもあるが、このような施設はここにしかないのだ。どうしてもここを知られるわけにはいかないのだよ。前々からこの出入り口は埋めて、地下道で出入りできるようにサグニオ様に提案していたのに、余計に費用がかかると渋られていたのだ。しかし君たちが見つけてくれたおかげで、サグニオ様にも私の提案が正しかったと認めていただけるだろう、感謝するよ」

 それはつまり、『実際に見つけられてしまったから、“二度と見つかることがないように手を打つように”と進言できる』と言うことなのだろう。その場合、今見つけてしまった部外者を、なんとかするのが前提になるが。

「抵抗さえされなければ手荒なまねはしない。君ほどの聡明な子ども、欲しがる異国の富豪はいくらでもいるだろう。……君の方は、せめて条件のいい奉公先を見つけられるよう尽力しよう」

「……サグニオ氏の屋敷で」

 意地の悪い笑顔を向けられ、しかしピラツは自分でも意外なほど冷えた気持ちで、ベリーニを見返した。

「収穫されたイソンドの葉をたまたま見た翻訳家を、殺すように指示したのは、あなたですか?」

「……?」

「葉を運んでいた男とぶつかった翻訳家が、山中で賊に襲われて行方不明になっているでしょう」

「……ああ、なんとなく見覚えがあると思ったが」

 ベリーニはいくらか目を丸くすると、苦笑いを浮かべた。

「君はあのときの青年か。ピ……」

「ピラツですよ」

 剣を持っている相手だというのに、今のピラツにはまったく恐怖心が湧かなかった。一気にいろいろなことが判って、頭が追いついていないだけなのかもしれないが。

「僕を襲ったことに関しては、納得はしませんが、理由は判りました。でもどうして御者さんまで殺したんですか。彼はたまたま町で雇っただけで、まったくこの話とは無関係だったんです」

「仕方があるまい、君がどこまで勘づいていたか判らなかった。御者に余計なことを言っていないとも限らなかったからな」

「僕はあの時点でなにも気づいていませんでした。逆に僕が襲われたことで、貴方たちがこの場所で秘密裏に植物を栽培していることが裏付けられたんです」

 エレムを背中にかばい、ピラツはひどく冷静な自分に驚きながらも、ベリーニを見据えた。

「今僕らがいなくなったとしたら、確実に国王はくまなくこの狩猟地を捜索させるでしょう。自分の狩り場で、高名なるラムウェジ殿のご子息が行方不明のままになったら、レマイナ教会だけでなく法術師殿を敬愛する多くの民衆にも不興を買うでしょうからね。

 ここが見つかるのは時間の問題です。もう下手な小細工はせず、国王にこの場のことを明らかにしてください、そうすれば……」

「……なるほど、君に手をだしたのは確かにこちらの失態だったようだ」

 なにかを省みるように、ベリーニはひとり頷いた。

「そして、今君らを中途半端に生かしておくのも賢明ではなさそうだ。君たちは、揃って崖からでも落ちたことにして、速やかに遺体を発見させる必要がありそうだな」

「……!」

 これ以上の小細工は無駄だと説得するつもりだったのに、裏目に出てしまったようだ。

「刀傷はつけるな、今は取り押さえて後で石ででも殴ればいい」

 目配せされ、背後に控えていた二人の男は無言で頷いた。この二人は、きっと命令されたことはなんでもやるだろう。なんの警告もなく御者を後ろから刺したあの時のように。

 エレムは誰を咎めるでもなく、身構えようとしている。この子は、まだあきらめていない。

「……小細工は無駄だって言ってるのが、まだ判らないんですか。今引き際を誤ったら、サグニオ氏の側近としての地位だけでない、あなたとしてのすべてを失いますよ」

 ピラツはエレムをかばうように大きく両手を広げて、ベリーニを睨みつけた。

「自分では策士を気取ってるんでしょうが、今までも大事なところで判断を誤っています。その結果がこのざまだ。あなたには、ここ一番の判断力がないんだ」

「なにをいう」

「あなたも、黙って見てていいんですか。僕らの次は、あなたですよ」

 事態が一気に剣呑な方向に向かっているのを、戸惑った様子で眺めている労務者風の男にピラツは目を向けた。男はみぞおちを押さえたまま、ぎょっとした様子でこちらを見返した。

「ほかの人ならともかく、高名な法術師ラムウェジ殿のご子息を殺す計画を聞かれてるんですよ。畑の世話人なんかどこからでも調達できるんだ、あなたじゃなくてもいい。そうやって切り捨てられた人達を、今までも見てきたんじゃないですか?」

 思い当たることがあるらしい。男はそれと判るほど青ざめた顔でベリーニに目を向ける。ピラツは更に声を張り上げた。

「貴方たちのしていることは、崇高な仕事でも何でもない。私欲のために平気で人を殺し、助けられる命を見殺しにしてきた、ただの殺人者集団だ」

「もういい、黙らせろ」

 さすがに痛いところを突かれたらしい。ベリーニは険しい目つきで二人の男を促した。男達は懐から手ぬぐいを取り出すと、ピラツに向けて一歩踏み出した。その彼らの後ろから、

「はい、そこまで」

 場違いに穏やかな声が、冷えた空気を叩き壊した。

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