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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
307/622

18.ある少年の駆け引き<1/4>

 山肌の裂け目は、奥に進めば進むほど広く、足元は傾斜がついてきた。坂を上るとともに、足下も砂利から石畳に変わったようで、歩きやすくなった。しかも、

「あれ、ここから石壁だ……」

 いわば山中の洞を進んできたはずなのに、ある一点から壁は石造りの、明らかに人の手で作られたものになった。しかも通路は、大人が両手を広げても両側に届かないくらいに広い。

「なんだか、建物に続いてるような感じだね」

 ピラツの感想に、エレムは特に答えない。とっくに気づいていたのか、石壁であることにあまり意味を感じていないのか、ピラツにはよく判らない。外の様子の方が、気になっているのかも知れない。

 奥から漏れてくるのは、松明やランタンの明かりではなく、明らかに自然の光なのだが、流れてくる風は妙に温かい。外につながっているなら、もっと空気はひんやりしていてもおかしくないのに、蒸し暑さすら感じるのが不思議だ。

 エレムは通路をでる前に、周りの気配を伺うようにいくらか立ち止まったが、すぐに奥へ踏み込んだ。

「これは……」

 数歩遅れて通路をでたピラツは、まぶしさに目を細めながらも思わず声を上げた。

 通路の先は、丸く切り開かれた庭園だった。

 山中で庭園、というのも変なものだが、広いこの空間の周囲を取り囲むのは背の高い石柱を並べた石壁だ。昨日今日できたものではないのは、岩自体の風化具合もそうだが、壁面を這う蔦、岩の隙間から伸びる木の枝の様子からもうかがえた。

 庭園の中央には小川が流れ、所々に背の低い木まで生えている。一番近くの木には、見張りの男が乗ってきたらしい馬がつながれ、のんびり草を食んでいた。

 そして地面は規則正しく区分けされ、それぞれの区画に、種類の同じ植物が植え付けられて、美しく葉を揺らしている。小さく白い花が咲き乱れる区画、筑紫つくしの頭の周りにレースを纏わせたような不思議な形の実をつけた草の区画。添え木に蔓を絡ませた細い植物は、豆の鞘のような実をつけている。

 様々な種類の植物が見られる中、一番広く場所を占めているのは、見覚えのある葉をつけた腰ほどの高さの木――イソンドの木だった。

「これは……庭のように見えるけど、畑……?」

 唖然とするピラツの横で、冷静に辺りを見回していたエレムがふと視線を上に向けた。

「なるほど、こういう仕組みなんですね」

「え?」

 山をくりぬくように切り開かれた庭園の空は、空ではなかった。

 半球ドーム状の屋根の中央から放射状に骨組みが伸び、そこに透明度の高いガラス板がはめ込まれて、大きく庭園を覆っているのだ。そのため、外からの光は通すが、熱は逃がさない仕組みになっているらしい。そのおかげで、火を焚いている様子がないのに、ここはとても温かく空気もしっとりしている。

 奥から感じる温かな空気は、この仕組みのせいだったのだ。

「これは……わざわざ、こんなところを作ってまで」

「いえ、たぶん彼らが作ったのではないです」

「え?」

「もとから、ここにあったんじゃないでしょうか」

 エレムが指さしたのは、壁に彫り込まれた見慣れない文字だった。俗に象形文字と呼ばれるもので、言語が発達する初期段階の文明で用いられることが多い。

「どれくらい昔のものかは判らないですけど、古い古い時代の建物が土に埋まって、それが地形の変化で山になったんでしょう。それをなにかの拍子に見つけたんですね」

「なるほど……」

 ピラツは頷きながら、エレムが指差した部分に顔を近づけた。小さなエレムからは遙か頭上だが、自分はさして首を動かさずに読むことが出来る。

「これは……古代文明の後に大陸北東部に興隆した、ティガルラ王国の文字に似ているね。あれよりもっと前の時代のものだとすると、古代文明の末期からレマイナ降臨の新時代に移行するまでの間に用いられてた文字……?」

「見ただけでそこまで判るんですか」

「一応古代語も専攻してるからね」

 ピラツは必死で記憶を探りながら頷いた。

「地面に草木が生えてるから、この施設自体は古代文明時代のものではないね。でも、とても近い時代に作られた可能性は大きいと思う」

 現存する『古代遺跡』と呼ばれる建物がある土地には、一切草木が生えないことも知られている。理由は判らないが、今のところ例外はない。しかしこの場所は、この庭園も、外側の山肌も含めてとても緑豊かだ。

 ピラツの推測通りなら、この庭園の壁面や天井が作られたのは、古代文明の末期時代に重なる可能性がある。その時代なら、古代文明の建築技術がいくらか新文明に受け継がれていて、それを利用してこの施設を作った、という可能性も考えられるだろう。

 逆に言えば、今の技術で山の中をくりぬき、崩れてこないように周囲を石壁で覆い、更にガラス張りの天井を貼るなど、不可能とは言わないが相当困難だ。できたとしても、人手も費用も馬鹿にならないはずだ。いくら貴重な薬草を育てるためとはいえ、一からこんな施設を作っていても割に合わないだろう。

「その時代につくられたものが、一度土に埋もれた後、地形の変化で山の一部になったかも知れない、ということですね」

 エレムはとても理解が早い。

「確かに、地熱が高く温泉が湧いたとしても、いちからこんな施設を作ってまで草花を育てようという発想は、なかなか出てこないと思います。たまたまこの場所を見つけたことで、温室として利用できると思いついたんですね」

 推測も理論的だ。ラムウェジやキールからある程度「可能性」の話を聞いているのだろうが、すべてがただの受け売りとも思えない。ピラツは内心舌を巻いた。

「とにかく、ここが栽培場所なのは確実なんだから、早く戻ってキールさんやみんなに……」

「いえ、待ちます」

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