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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
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14.ある青年の葛藤<4/4>

 キールは懐かしそうに目を細めた。

「ラムちゃんは、レマイナ教会だけじゃない、他の教会にいるすべての法術師をあわせても、確実に五本の指に入るだろうってくらいに強力な法術師なのよ。なのに、誰の前でも、――市民の前でも、高貴な方々の前でも、あのままなの。ごく普通の、おばさんって言ったら怒られちゃうけど、ただの人にしか見えないの。偉そうでも尊くも見えないのが、とても不思議だった。人と違う資質を持った人は、人と違うように見えるものじゃないのかなって、わたしは思ってた」

 それはそれでどうなのだろうか。いやきっと、ラムウェジは不作法などというわけではなく、どんな場でも自分らしく振る舞っているということなのだろう。勝手に推測して、ピラツは頷いた。

「それで、思い切って聞いてみたの。『失礼ながら、あなたはとても高名な法術師殿には見えません。様々な立場の方と打ち解けやすいように、そのような振る舞いを努力されているのでしょうか』」

「……ほんと失礼ですね」

「ほんとよね。気位の高い人だったら、怒られてたかもしれないわね。でもラムちゃんは、怒りも笑いもしないで、こう言ったの。『努力も何も、私はいつもこうだよ。神官の肩書きも、法術も、私の一部だけど、私そのものじゃないよ』」

「へぇ……」

「誰よりも立派な神官になろうとか、強力な法術を扱う身にふさわしい存在になりたいとか、ラムちゃんは考えたことがないんですって。高名な法術師だから、きっと威厳と慈愛に溢れた素晴らしい方なんだろうな、って、わたしが勝手に思い込んでただけだったのね。そしたら、あ、これって、わたしが悩んでることと、同じなんじゃないのかなって気づいたの。

 それで、思い切ってラムちゃんに話してみたの。自分は実は王妃様のような美しい人になりたいんです、でも男子が、美しい振る舞いをしたいだなんておかしいんじゃないかと悩んでいますって。そしたらラムちゃんは不思議そうに」


『なんで? 男子としてかっこよくあるのも、人として美しくあるのも、相反することでもなんでもないよ。全部、あなた自身にくっついてるものでしょう?』


「くっついているもの……」

「そうなの、芯にあるのはわたし自身。そのわたし自身が、武人として鍛えること、宮廷の兵士として作法をこなすこと、男子であること、人として美しい存在になろうと努力していること、それぞれは、わたしの『一部』に過ぎなくて、一緒に存在していても矛盾はないでしょうって。ああ、そうなんだ、世間一般の『武人』とか『男子』とか『兵士』とか、あるいは『高貴』とか、そういう狭い枠に無理に収まろうと考えるから、はみ出していると感じるだけなんだ。そういうのは全部、わたし自身にくっついてるもののひとつにすぎないんだって、すとんと納得できたの」

 確かに、ピラツ自身は、貴族でもない一庶民だ。ピラツは学生であり、家庭教師であり、翻訳家(の卵)でもあるが、では学生であることが、ピラツであることと同義というわけではない。

 大学に入ってみて、学生にはいろいろな人がいるように、教授と呼ばれる立場の人にも様々な人がいるを知って驚いたものだ。こんなにいい加減で勤まるのだろうかとか、身なりがおしゃれすぎて教授らしくないとか、最初のうちは勝手に評価をしていたものだが、あれは単に「大学の教授はこうあるべき」というピラツの勝手な思い込みに過ぎなかった。

 肩書きは、その人そのものではない。その人が生きてきた中で、身につけてきたものなのだ。

「そしたら、とっても気が楽になったの。ラムちゃんは、わたしを自由にしてくれたのよね」

「はぁ……」

「その時、わたしは、ラムちゃんのことをもっと知りたいって思った。どうすれば、こんな自由な人になれるのか、どうやってこんな風になったのか、いろいろ知りたいって思ったの。でも、ラムちゃんの力を必要とする人は各地にいて、ひとつの場所に長くいられる人じゃなかった。レマイナ教会は、秀でた医療技術を持った人や、力のある法術師が一カ所にとどまると、恩恵を受けられる人が偏ってしまうっていう考え方をするから、移動する神官として奉仕する巡検官制度が設けられてるのね。それにラムちゃん自身も、一カ所に縛られない生き方が性に合ってたのね。それなら、ラムちゃんと一緒に旅のできる存在になればいいんだって思って。……それで、わたしは近衛兵をやめて、神官として学ぶことにしたの」

「ラムウェジ様のために、近衛兵を辞したんですか」

「その言い方、なんだかかっこいいわね。わたしがきっちり学校を卒業したところで、ラムちゃんが自分の護衛役として呼び寄せてくれて、こうして今一緒に旅をしてるってわけ」

「それって……」

「そうね、信仰の徒としては、ちょっと順番が違うかもね。でも、レマイナの法術師であるラムちゃんがわたしを自由にしてくれたんだから、結果的にレマイナのおかげなの。わたし、レマイナにとっても感謝してるし、ラムちゃんの旅に役立つことが、レマイナのお役に立つことだって思ってるの」

 キールは穏やかに微笑んだ。

 詭弁というよりも、本気でそう思っているのだろう。この人は、自分の気持ちを正当化するために、こざかしい建前やいいわけは言わないように、ピラツには思えた。

「……僕は、幸か不幸か、そういう葛藤とは今まで無縁で生きてきたので、キールさんが言っていることを本当に理解できてるかも判らないんですけど」

 ピラツは必死で言葉を探しながら、

「キールさんの言葉や振る舞いはとても自然に身についていて、なんていうのかな、その、『綺麗』だと思います」

 言葉を学ぶ人間が、こんなに語彙に乏しくていいのだろうか。若干情けなくなったが、キールはピラツの言わんとすることを察したらしく、柔らかく目を細めた。

「ありがとう。ラムちゃんのそばにいると、いろいろな人と会うんだけど、あなたがラムちゃんと出会ったのも、レマイナのお導きなのかしらね」

 確かにラムウェジ自身、見た目は全く特徴的な部分はないのだが、会うものを警戒させない独特の親しみやすさがある。これまでいったいどういう経験を積んでいたのか、いくらか興味的だった。

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