13.ある青年の葛藤<3/4>
「まぁ、ヴィラッタ卿はまた張り切っておられるわね」
「前回はゴーザン殿のほうが大きな鹿をしとめられて、悔しがっておられたものね」
従者達に鹿を抱えさせ、猟犬を連れた騎士が戻ってきたのが遠くに見える。女達は一瞬冷めた顔つきを見せたあと、
「最初の英雄にご挨拶に行って参りますわ」
とキールに微笑んで、次々に立ち上がった。ぞろぞろと、戻ってくる来る騎士を出迎えに行く。狩りに参加している男達の気分を盛り上げるのも、彼女たちの社交術なのだろう。
少し離れた場所に控える従者達と共に取り残され、ピラツはいくらかほっとして、散らかった皿やカップをどけながらキールに近づいた。
「貴族の狩りって、こんな感じなんですか……」
「秋口なんかだと、冬支度も兼ねてるからもっと殺気立ってるけど、今回は王の接待ですもの。彼女たちにはお茶会のようなものね」
「はぁ……」
女達の去った跡は、様々な香料がきつい残り香を漂わせている。キールは気にした様子もなく、従者の淹れた紅茶を楽しんでいた。
正直、今までそばにいたどの女よりも、キールの方がずっと高貴で洗練されているように見える。エレムは食べ物や飲み物にもあまり関心を示さず、従者達が自分の仕事の戻っても、一人で地面を探ってドングリを集めている。
「い、今の話じゃないですけど、キールさんってほんとに兵士だったんですか?」
「ええ、そうよ。ラムちゃんと知り合うまでは、アムタウヤ聖王国で兵士をしていたの。一兵卒だったけど、王妃様に見込んで頂けて、王宮の近衛兵だったのよ」
「え? アムタウヤ聖王国って、大国ではないけれど、北東地区じゃサルツニアに並ぶくらい歴史ある国ですよね。王宮付きの衛兵だなんてなりたくてもなれるようなものじゃないって聞きますけど」
「そうよ、そりゃもう、王妃様のおそばに仕えたくて、一生懸命だったもの」
キールは懐かしむように目を細めた。
「あの国はね、新しい兵士のために、年に数回、王様と王妃様が激励の謁見をしてくださるの。ただの一兵卒が、その時だけは、宮中の広場に通されて、お話を賜ることができるのよ。わたしはたまたま、列の前で、間近で壇上の王様と王妃様を見ることができたんだけど、王妃様がそれはもう気品に溢れた御方で……」
キールは夢見る乙女のように頬に手をそえた。
「あの方の周りだけきらきら輝いてるっていうか、美しいものってこの世に本当にあるんだって、とても感動したわ。あの方をお守りできるような立派な兵士になりたいって、心から思った。……王宮付きになる兵士には、武力だけでなく、知性も必要なのよ。わたしは一生懸命鍛えて、勉強もしたわ、作法も学んだ。それでやっと、念願の近衛兵になれたんだけど……」
「だけど?」
「なにかが違うって思ったの。王妃様のおそばにいられる時は、それはそれはとても幸せで、一挙手一投足を神経研ぎ澄ませて見つめているような、そんな感じだったんだけど、どうもなにかが違うの。なんだろうって思ってたんだけど、わたしのあの方に近づきたいって言うのは、お友達としてとか、そばで身を盾にしてとかじゃなくて……もちろんそういうのはとても光栄なことなんだけど、そういうのじゃなくて」
キールは言葉を選ぶように少し首を傾げ、
「わたしは、あの方みたいに『なりたい』んだなって感じたの」
「なりたい?」
オウム返しの質問ばかりのピラツに、キールはいくらか可笑しそうに口元を緩めた。
「わたしの心が望んでたのは、お側に仕えたい、できればお近づきになりたい、なんて単純なものじゃなかったの。ただの肩書きとか、姿形とか、服装とかいう、表面的なものじゃなくてね。ああいう、気品に溢れた、穏やかで聡明で、だけど芯の強い、人として美しい人になりたいと思ったの」
「人として……?」
ピラツはキールの言わんとしているものを想像しようと必死に想像を巡らせた。
たとえば、男子が英雄と呼ばれる武人の話に憧れて鍛錬するとか、庶民の娘がきらびやかな王宮の生活に憧れて宮殿で働く侍女を志すといったものなら、わりと想像しやすい。男子だけれど女性のような美しい服を着たいとか、逆に女子が騎士として名を上げたいと願ったりするのも、今はまだ一般的ではないとはいえ、想像しがたいと言うほどのものでもない。
だが、キールの言っているのものは、そうした見た目でわかりやすいものとは、ちょっと違う気がした。
戸惑った様子のピラツにも、キールはあまりがっかりしたようには見えない。きっと、自分の話がすんなり納得されないのも、慣れているのだろう。
「それに気づいてからは、いろいろ葛藤したわ。男子なのに、武人なのに、女性である王妃さまのような人になりたいだなんておかしいのかしら? とか。なにより私を悩ませたのは、『男子として好ましい』と言われる、世間の一般的な振る舞いだった」
「振る舞い?」
「勇ましさとか、歩き方とか……、ピラツくんは、『男らしい』ってどんなものだと思う?」
「男、らしい?」
質問の意図が一瞬飲み込めず、ピラツは目を瞬かせた。キールは、答えなど期待していなかったのだろう。ピラツの言葉を待つ素振りもなく、
「わたし、門前警備の兵士が巡回のために行進する時の歩き方が、大好きなの。姿勢も美しいし、一挙手一投足が整然としてて、見ていて気持ちがしゃんとするわ。
王宮付きの兵士はみんな、姿勢正しく、強く、でも穏やかで親切で、どんなときも怒鳴ったりしない。貴族や侍女達、謁見に来る者たち全てに、常に敬意を持って接しなさいと教えられる。部下や市民を怒鳴りつけるようなことは絶対しないの。でも世間一般では、粗雑な動きで乱暴な言葉遣いをするのが『男らしい』なんて言われるでしょう」
「あ、ああ……」
「どうして城の中で好まれる作法と、世間一般の男子の仕草は違うんだろう? わたしはいつでも、穏やかに美しくありたいのに、そんなのは王宮の中のただの作法だと言われる。それは本当にそうなのかしら? 逆に、王妃様は王宮の作法であんな振る舞いをなさってるだけで、本当は違うのかしら? そんな風にいろいろ考えて、とても辛かった時期があった」
「はぁ……」
「そんなときに、旅の途中のラムちゃんが、王妃様と王様に挨拶しにお城にやってきたの」




