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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
301/622

12.ある青年の葛藤<2/4>

 サグニオは、狩猟地の中で休憩所の設営を終えた状態で、兵士達と共に待っていた。

 狩りは武術の訓練としての側面もあるが、今日は王をもてなすための娯楽の意味合いが強いためか、鎧は着けずに、上級の兵服姿にマントを身につけている。

「お待ちしておりました、陛下、ラムウェジ様」

 馬車から降りてきた王に、サグニオは心から嬉しそうに挨拶をすると、

「このたびは、高名なる法術師であるラムウェジ様にまでお会いできるなど幸運にございます。陛下の狩りの腕前は、腕に覚えのある私どもも惚れ惚れするくらいなのでございます、ぜひご堪能されますよう」

「まぁ、楽しみです」

 ラムウェジは、見た目は特に美しいわけでもなく、特別な法衣を身につけているわけでもない。しかしまったく臆することなく、サグニオににっこりと微笑み返した。とても腹の中に別な思惑を抱えているようには思えない。

「天幕と食事も用意しておりますので、従者の方々はそちらへどうぞ」

 世話係に用意した侍女達の控える天幕を示し、サグニオはラムウェジの従者である法衣姿の三人に目を向けた。

 ピラツは内心、心臓が縮む思いだった。だが、サグニオはピラツの顔など覚えていなかったようだ。今は法衣姿だし、念のため、頭には布を巻いて髪を隠してきたのだが、そんな必要もなかったようだ。ひょっとしたら、サグニオの中ではとうに死んだものとして片付いているのかも知れない。

 むしろサグニオの関心は、子どもなのに法衣姿のエレムと、腰に銀鎖のベルトをひっかけたキールに引かれた様子だった。

 しかし王の手前、今彼らに特別声をかけるのはふさわしくないとでも判断したのだろう。すぐに視線をラムウェジに戻し、

「……ラムウェジ様は狩りの見学を希望されているとの事でしたが、ご同行はどうなさいますか。よろしければ私めが馬で……」

「ああ、私、馬に乗れるので大丈夫です。良さそうな馬を貸してもらえれば、勝手についていきますから」

 ラムウェジはあっけらかんと答えた。

「なんと。騎馬の心得もございましたか」

「旅してると、馬に乗れないと行き来できない場所もあるんです」

「左様でございますか。では、王の狩りの供に恥じない馬をこちらで用意させて頂きます」

 驚いて見せた割にはそつのない仕草で答えると、サグニオは近くに控えていた執事姿の女性に声をかけた。サグニオの屋敷で、ピラツに報酬を渡してくれたベリーニだ。

 ベリーニは心得顔で頷くと、更の従者達になにやら指示を出している。いかにも有能な秘書、といった立ち居振る舞いだ。指示された従者はきびきびとその場を離れ、すぐに何頭かの馬を引いてやってきた。

「わたし達も少しの間、もてなして頂きましょう」

 とりわけ立派な馬を数頭並べられ、ラムウェジは品定めを始めた。その様子を微笑ましそうに眺めてから、キールはピラツとエレムに声をかけてきた。同行してきた貴族達が、それぞれの天幕で狩りのための装備を整え始めた一方、その妻や娘、侍女達は広げられた敷物に集まり、既にいくつかの輪を作っている。

 貴族の女達にとっては、これも社交の場のひとつなのだろう。サグニオが用意した食事だけでなく、持参した菓子やワインなどを広げて、早くもそちらこちらで話に花が咲きはじめていている。

 侍女達に案内されるまま敷物の一つに招かれたピラツは、落ちかなく周囲を伺った。

 確かに、こんな大勢の前でサグニオがこの狩猟地の一部を不正に使っていることがばれたら、隠し立てはできないだろう。王の助けがあるとはいえ、ラムウェジは一体何をする気なのか。 

 一緒に座ったキールは相変わらずの涼しい顔だ。エレムも特にはしゃぐ様子はなく、静かに座って本を読んでいる。ピラツにはどうにも居心地が悪い。



「キール殿は、そんなに美男子なのに、なぜ神官などなさっているのですか?」

「そうそう、城の兵士達よりも全然よい体格だし、神官よりも騎士の方が似合っていそうですの」

 男達が狩りに出てしまうと、休憩所に残っているのは最低限の警護の兵士達と給仕役の侍従侍女を除けば、招かれた貴族の妻や娘、子どもばかりになっている。

 若い娘達の関心はとりわけ、客の中の数少ない男子、それも見るからに美丈夫のキールに向けられているようだ。彼女たちの目に、凡庸なピラツは入っていないらしい。

 エレムはといえば、いつの間にか本を読むのをやめ、敷物の周囲の地面を探し、かごを片手になにやら拾い集めている。あるじが話に夢中ですることのない侍女達が、エレムの“子どもらしい”振る舞いを面白がって、一緒にかがみ込んで地面を探し、時折指をさしていた。

 どうやら、ドングリの実や頭を集めているらしい。いかにも子どもの遊びらしくはあるが、エレムが目的もなくあんなものを集めて喜ぶとは考えにくい。どうするつもりなのだろう。

「まぁ、褒めてくださってるのね、ありがとう」

 キールは相変わらず、普段の柔らかな仕草を崩さない。座る姿こそ胡座あぐらなものの、背筋は伸び、供された茶を持つ手にも優雅さがあって、貴族であるはずの女達よりも気品がある。

「ラムウェジ様のお供をなさってるくらいだから、キール殿も法術師なのですの?」

「ラムウェジ様のおそば付きは、法術師として見込みのある方ばかりと伺ってますわ、キール殿も癒やしの術が仕えるのですの?」

「あら、残念だけど、わたしは法術の素質はないの」

 自分の周りに横座りに座る女達に、しなだれかかられる隙を与えないまま、キールは穏やかに微笑んだ。

「わたしは元は兵士だから、護衛役として認めてもらったのね。こう見えて、結構強いのよ」

「まぁ、キール殿はお美しい上に武術にも長けてらっしゃるのね。きっと兵士としても優秀なお方だったでしょうに、どうして神官におなりに?」

「ラムウェジ様の奇跡の力を見て、慈悲深いレマイナの愛に心打たれたの。どれだけ強くても、人の傷をいやすことはできないもの。わたしも、多くの人が癒やされるために、お手伝いをしたいと思ったのよ」

 どう聞いても表向きの返答なのだが、そこに優雅な笑顔が添えられると説得力が増すらしい。女達はそれぞれの手を頬に寄せ、揃ってうっとりと目を潤ませた。

「素敵ねぇ、兵として名を上げることよりも奉仕の道を選ぶなんて、よほどの信念がおありなのでしょうね」

「ラムウェジ様とずっとご一緒なら、素晴らしい奇跡もたくさんご覧になってるんでしょう、是非伺いたいわ」

 集まった女達がいっそう盛り上がってるさなか、サグニオの残した従者が声を張り上げた。

「ヴィラッタ卿が最初の獲物を持ってお戻りです! 鹿でございます」

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