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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
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11.ある青年の葛藤<1/4>

 ラムウェジと国王の謁見が実現するのに、半月もかからなかった。ラムウェジの表敬訪問に、国王は可能な限り最速で謁見の予定を調整したという。高名な法術師であるラムウェジの名前は、それだけで多くの権力者の関心を惹くようだ。


『管理を預けてある首領地の一部を無断で使って、サグニオが莫大な利益を得ている可能性がある』


 謁見の後の談話で驚きの報告を受け、国王は全面的にレマイナ教会へ協力することを確約した。道義的なものはもちろん、サグニオの行為に関して罰金と追加徴税を課すことができるのがまずひとつ。以降は権利を共有することになるであろう薬草の栽培と販売が、長期的に国庫を潤わせるだろうと判断したからだが。

「……あなたまで、同行することはなかったのに」

「いえ、僕も成り行きがどうなるか、見届けたいです」

 狐狩りに向かう国王の一行の中、ラムウェジの従者のために用意された馬車に一緒に乗り込み、ピラツは呆れた様子のキールに微笑んだ。

 ピラツは表向き、今も行方不明のままだ。ラムウェジが集めてくれた情報によれば、山中で賊に襲われた可能性を示す領主側に対し、大学側は安否確認のために継続した捜索を依頼し、領主側もこれを承諾しているという。ピラツの使っていた寮の部屋は当面の間そのまま保存され、大学側はピラツの無事を信じて当面は待つつもりであるという。

 安心させておいて、ピラツがのこのこ現れたら、今度こそ「不慮の事故」で帰らぬ人にさせられるのだろうか。

 一方で、ピラツが望んだのは、ことが落ち着くまで安全な場所でかくまわれることではなかった。


「僕も、皆さんの計画に同行させて欲しい」


 ラムウェジ達にとって、ピラツの保護はただの偶然で、それがサグニオの疑惑を裏付けるに足る有用な情報源に化けただけ、だった。それ以上のことは望まれていないのはピラツ自身が良く判っている。それに、自分が栽培地を探るためについて行っても、役に立てるかは正直自信はない。が、


「僕は殺されかけたんです。僕にはことの顛末を見届ける権利があるはずです」

 

 正直、襲われた悔しさとか理不尽な扱いに対するやりきれなさといった負の感情は、今のピラツには希薄だ。

 現段階でサグニオが本当に王の狩猟地で秘密裏に薬草を栽培しているのか、それを隠すためにピラツを襲わせたのか、それらを決定的に裏付ける物はない。あくまで状況証拠からの推論に過ぎないというのも、今ひとつ実感が湧かない要因の一つなのだろう。

 事の白黒そのものよりも、ラムウェジ達がどう行動し、どう決着をつけようとしているのかのほうに、ピラツは関心があった。



 護衛の兵士達に周囲を固められ、ピラツの乗った馬車は国王とその側近の乗った馬車のすぐ後ろを走って行く。ラムウェジは王の馬車に同乗している。なぜ賓客扱いかといえば、この狩りは表向き、「王の狩猟の腕を実際に見たいというラムウェジの要望」で催されるからだ。

 即位前の王子時代から、多くの戦場で弓を片手に武勲を上げたという現国王の腕は今でも健在で、趣味と実益を兼ねた年数回の狩りでは、未だに並ぶものない成績を見せるのだという。

 従者のためのこの馬車に乗っているのは『ラムウェジの従者』であるキールとエレム、そしてピラツの三人だけだ。

「王の狩り場はサグニオの住む町からそんなに遠くない所にあるの。あなたを拾った場所から、山を挟んで反対側ね」

 エレムの隣に座ったキールは、はす向かいに座るピラツにも見えやすいように、携帯用の地図を広げてみせた。

「たぶん案内されるのは、狩猟地の中でも、山側から離れた割と見晴らしのいい高台ね。従者やわたし達のために休憩場所が作られるのもこの辺りでしょう。少し降りていけば沼地があるから水鳥も狙えるし、比較的開けていて馬を使って獲物を追いかけるのも楽。山側は木が生い茂ってて、更にその先に崖があるから、行くのは危険だって言われると思うの」

「じゃあ逆に……」

「そう、栽培地があるとしたらたぶん山側ね。崖の下なら温泉も掘り当てやすいだろうし、手前の林のせいで見通しも悪い」

 地図の一点を指さして、キールは頷いた。

「頃合いを見て、崖側に探りを入れてみる。場所が特定できたら、王と側近達を誘導してサグニオが言い逃れできない状況で発見させるの」

「誘導? ど、どうやってですか?」

「それは秘密」

 キールは顔の前で人差し指を立て、いたずらっぽく微笑んだ。

「なんにしろ、わたし達の動きは警戒されてると思うわ。あなたはラムちゃんの従者として参加なんだから、言われたとおりに控えててちょうだい。一般市民が、王族の狩りになんかなかなか同行できないもの、見識を広めるいい機会だと思うわ」

「そ、それはそうですけど、どう風にことが進むのか気になるじゃないですか」

「うん、はらはらしいて頂戴。少しくらい挙動がおかしい方が、ああした場では逆に警戒されないから。きっと若い従者が初めての場所で緊張してるんだって思ってもらえるものよ」

「はぁ……」

 詳しくピラツに計画の内容を教えることで、そこから相手に悟らせるのを防ぐ狙いもあるのだろう。そう思えばあまり食い下がって問いただすわけにも行かない。

 エレムはキールの話を、相変わらず人形のように表情の薄い顔で聞いている。馬車の窓から物珍しそうに外を眺めるようなそぶりもない。扱いやすいと言えば言えるのだろうが、落ち着きすぎていて見ていてどうにも不安になる。



 狩りと言っても、狩猟地に訪れた全員が参加するわけではない。狩りをするのは王と、サグニオを中心とした貴族達の男達とそれぞれが連れた猟師、護衛役の騎士といった一部のものだけで、残りの従者や侍女達は、彼らが休憩するための場所を用意しつつ待機になる

 貴族や騎士の中には家族を連れてきているものもあり、狩りに参加しないものには野掛ピクニックの要素の方が強い。仰々しい行列になっているのはそのためだ。

 広大な王の狩猟地はほとんどが柵で覆われている。中の獲物が容易に外に出られないようにする目的が主だが、密猟を防ぐためでもある。王の狩猟地から出てしまった獲物は近隣のものにも仕留める権利が出るので、それを逆手にとって、中からおびき出そうとするものも考えられるからだ。

 ただ、サグニオの領地は他に比べて全体的に税金も低ければ作物の供給もわりと安定しているため、危険を冒してまで密猟を行うものは滅多にないらしい。


 王の狩猟地近辺の道は、馬車が通り安いように整えられている。狩猟地をぐるりと取り囲む柵の内側は緑が色濃く大木も多く見られるが、その柵の外側は木が伐採されて見通しがよい。表向き、不敬な密猟者を見つけやすくするためだろう。巡回の兵がこまめに行き来しているのが、草地の上に自然に出来た小径の様子からも伺えた。

「ずいぶん熱心に巡回してるのね」

 小窓から外の様子を眺めていたキールが、皮肉さを帯びた笑みを見せる。一見、王に対する忠誠心からサグニオがまめに巡回させている、と思えなくもないので、ピラツにはどうにも答えづらい。

 狩猟地の外で降ろされるのかと思ったが、門の内側にも馬車のための道が整えられていて、一行を乗せた馬車はかなり奥まで乗り付けることが出来た。通されたのは、キールが予測していた、沼地に近い高台の丘だった。

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