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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
漆黒の傭兵と古代の太陽
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3.宝物庫の錆びた剣

 公が即金で用意できるのは、懸賞金の半額程度だという。残りの金額分は、収集物の保管庫から好きなものを選んでくれという話になった。後で鑑定人を交えて、金額についての細かな調整をするようだ。

 傷心のリルアンザ公に先導され、辿り着いた公ご自慢の宝物庫に招き入れられた瞬間、エレムが満面の笑みを見せた。気のせいかグランには、柔らかな金髪までがいつも以上に輝いているように見える。

 王宮の食事室ほど広い部屋に、飾る場所のまだ与えら得ていない様々な品物が、人が歩ける程度の隙間をかろうじて残した状態で並べられている。宝石、装飾品はもちろん、珍しい布地の巻物、香辛料の袋、顔料に絵画、様々な国の豪華な甲冑、異国の服に本、装飾用の食器。全体の品物に統一性はないが、とにかく珍しいものが好きなのだろうということだけは、あまりこうしたモノに関心のないグランにも伝わってきた。

「今鑑定人を手配しておりますから、金額の不足分、どうぞ好きなものをお選びください。お持ちになれない分は、馬車を手配して一番近いレマイナ教会まで運ばせます」

「ありがとうございます、さすが好事家として有名なリルアンザ公の宝物庫ですね。まるで伝説の賢王ディヴィッドの宮殿のようです」

 惜しみない誉め言葉に、多少気分が持ち直したのか、リルアンザは得意げに胸を反らせた。



 見守る使用人を残し、人の手配のためにリルアンザが立ち去ると、エレムはそこここに置かれた品物を手に取り、物珍しそうに顔を近づけて品定めを始めた。

 グランはあきれ顔でため息をついた。

 エレムは基本的に、真面目で人当たりがいいのだが、金には細かかった。

 とはいえ、金のために信条を曲げたりはしないし、困っているものには惜しまず援助もする。貪欲というよりは、倹約家とか、しっかり者とか表現した方がいいのだろう。今回だって、自分たちの働き以上のものを求めたわけではないのだ。

 理解できなくはないが、まともにつきあうのは正直面倒くさかった。

 かごを持たせた使用人に後ろをついて歩かせ、エレムは嬉々とした表情で品物を物色している。グランはあきらめた様子で周りを見回した。待っている間、適当に寝ていようかと思ったのだが、安心して横になれるような場所がない。

 近くには、甲冑や鎖帷子、盾に槍といった、実戦で使えそうな装備類も置いてあるのだが、軽さと速度重視のグランにはいまいち関心が湧かないものばかりだ。自分は適当に宝石でももらって、あとはエレムに任せようかと、あくびをかみ殺していたら、甲冑類と一緒に、剣が積み上げられているのに気がついた。

 よほどよくできたものでもない限り、剣は基本的に消耗品だ。実戦では、持ちやすく使いやすければそれでいい。

 ここにあるのは、儀礼用や観賞用の剣が主らしい。柄や鞘に高級な素材を用いて、凝った細工や宝石をしつらえていれば、それだけで宝飾品としての価値も高くなる。ほかに、異国の珍しい形の剣も紛れているようだ。

 相手の剣を引っかけて折るための独特の形をしたものや、幅広の円月刀、この地方ではあまり見ない特徴的なものが多い。少し興味を引かれて、グランは積まれた剣をのぞき込んだ。

 しばらくの間、手にとって眺めては放り出し、を繰り返していたグランの動きが、あるひとつの剣を手に取ったところでふと止まった。

 その形自体は、グランが持っているものとそう変わらない、ありふれたものだった。ただ、柄に使われている金属が妙に印象的だった。銅を暗くしたような色だが、光沢はなめらかで、透明感すら感じさせる。

 柄自体には華美な装飾は施されていない。柄頭に少し大きめの、青みがかった乳白色の丸い石が埋め込んであるのが目立つくらいだ。ほかに特徴といえば、見たことのない文字が数行彫り込まれている程度で、それがどこの国のものなのかは、各国を渡り歩いてきたグランにもよく判らなかった。

 指先で触れると、金属というよりは陶器のような肌触りだ。握れば、それはまるでグランのために作られたかのように、とてもしっくりと手になじんだ。



「グランさん、なにか見つけたんですか?」

 ぐるりと一回りしてきたらしいエレムが、明るい表情で声を掛けてきた。後ろをついてくる使用人達の抱えたかごは、エレムが放り込んだ品物で既にいっぱいになって、使用人達はみんな汗だくになっている。

 後で鑑定人と一緒に相場を割り出すはずだから、多少多めに入れておいても構わないのだろうが、それにしても入れすぎではないのか。またあとで鑑定人と渡り合う気なのだろうか。その時にはせめて自分は解放して欲しい。

「……いや、なんかこれ、面白いなと思ってさ」

「グランさんが、飾りのついた剣に関心を持つなんて、珍しいですね。……月長石げっちょうせきみたいだけど、こんなに大きなのはなかなか見ないですよ。綺麗ですね」

 差し出された剣を手にとって、少しの間眺めていたエレムは、すぐに納得したように頷いた。

「なるほど、こんな大きな石がついてるのに均衡バランスが完璧なんですね。でもこの柄、なんだか不思議な手触りですね。鉄ではないけど、金属みたいな、陶器のような……あれ?」

 まじまじと柄を眺めていたエレムは、何気なく鞘をずらして声を上げた。

「錆、浮いちゃってますよこれ」

「ええ?」

 慌ててグランはエレムから剣を受け取った。表面を白皮で強化された木製の鞘を少しずらしてみると、確かに点々と刃の表面に錆が浮いている。

 多少なら研磨すればいいのだが、これほど錆の範囲が広いと研磨しても実戦には使えない。集めた剣の数が多すぎて、ひとつひとつ手入れなどできなかったのだろう。保管されているうちに錆が広がってしまったのだ。

 それでも崩れるほど腐食はしていないから、鍛冶屋で同じ形の剣身をあつらえてもらえば、柄は十分に使えそうだった。

 グランは剣を鞘に収め、柄の部分に改めて視線を落とした。自分の黒い瞳と髪に、白く輝く月長石はとてもよく映えそうな気がした。

「ほかはお前の好きなようにやっていいから、俺はこれを貰うぞ。剣身作って自分で使う」

「柄に合わせてあつらえてもらうのって、時間もお金も結構かかりますよ?」

「緋のなんとかの懸賞金が貰えるのは予想外だったからな。こういう道楽もたまには悪くない」

「よっぽどその柄が気に入ったんですね」

 エレムは小さく笑ったが、それ以上は特になにも言おうとはしなかった。

 同時に、鑑定人が到着したらしく、宝物庫の出入り口が騒がしくなった。鑑定人と一緒に入ってきたリルアンザ公が、使用人達が持たされた山のような『お宝』に、さすがに目を丸くしたのが見えた。

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