7.ある法術師の推理<4/5>
「そう考えるととっても妥当なのよね」
キールは花のように微笑んだ。含みなどまったくなさそうな笑顔だったのに、『かろうじて合格』とでも言われたような気がして、ピラツは思わず姿勢を正した。
「流通の操作はとっても巧妙だったから、件の資産家の一件がなければ、敵は尻尾を出さなかったでしょう。国家予算並みの金額を目の前にぶら下げられて、さすがに判断が鈍ったのね」
「敵って……ひょっとして貴方たちは、それが、サグニオ氏だとでも言いたいんですか?」
「もちろん、私達だって根拠もなく人を疑ったりはしないよ」
ピラツの言葉を否定するそぶりを見せず、ラムウェジが続ける。
「問題のイソンドの葉は、原産がもっと南の国で、冬でもこちらの初夏のように暖かい。こちらで栽培しようとしたら、土壌だけでなく、気候も似せなくちゃいけないわけ。そんな厄介なものが大量に生産できるような環境を整えられる財力の持ち主となれば、やっぱり候補は限られてくるでしょ。
ある程度自由になる土地とお金があって、一年中南国の状態を保った状態で植物を育てられる環境が整えられる人じゃないと難しい。いくら室内でも、植物を栽培できるほど広い施設の気温を一定に保つにはそれなりの設備が必要でしょう。
この辺りは冬になっても雪が降るほどではないけど、秋風も冬の冷え込みも、南国の植物には大きな敵だもの。それに、日光は必要。たとえば、ガラス張りの大きな温室を持って、年中そこで火を起こしていられるとかじゃないと……」
「それだと相当維持費がかかりますね」
「そしてなおかつ、あちこちの国から植物を集めるような大規模な交易に関われる人物。となると、自ずと数は絞られてくるわけ。……実を言うと、この仮定を立てた私達も、最初は半信半疑だった。本当に植物を栽培するために、そこまで力を入る人がいるのかな、って」
「そりゃそうですよねぇ……」
「だから、薪で沸かした湯を循環させてガラス張りの温室や庭園を管理して、そこで趣味で植物を栽培してる国を実際に見つけた時は、ほんと驚いた。世の中って判らないよね」
「へぇ?」
ピラツは目を丸くした。
「しかもその国は、こちらの探りにも全然怪しいそぶりがなくて、逆に喜んで隅々まで温室の仕組みを見せてくれたのよね。心底園芸好きの王妃様が庭園を管理してたんだから、本当にびっくりしたよ」
「はぁ……」
裕福な者たちには、そういう方向の道楽に力を注ぐ者もいるのだ。学者仲間にも変わり者は多いが、研究や趣味にそこまで湯水のように金をかけられる者は、さすがにピラツの知り合いにはいない。
「その王妃様と知り合ったことで、植物の買い付け経路や専門の商人なんかも紹介してもらえたの。会って話を聞いたら、ほかにもはるばる南大陸から植物の苗を買い付けてる貴族や貿易商がみつかった。そうしてたどった先で、サグニオ氏が浮かび上がってきたの」
「確かにサグニオ氏は、あちこちの地域から、農作物の目玉になりそうないろいろな植物を収集してるそうですが。実際、改良した芋や果物の苗や種を農民に安く売って、栽培方法まで指導してるそうです」
「そうなのよね。人材育成にも熱心で、大学のために都市まで造って、そこに通う有能な学生には学費や生活費も援助してるとか、とっても理想的な領主殿よね」
「そうなんですよ、僕だってその援助があるからこそ苦労せずに大学に通えてますし、翻訳の仕事までもらって……」
身を乗り出すように話てていたピラツは、そこで舌がもつれたように言葉を切った。
翻訳を頼まれた本の内容はなんだった……? 異国の植物、食用のものでも、観賞用でもなく、むしろただ実を食べるだけでは価値が見過ごされがちな、葉や種に思わぬ薬効のある……
「……い、いや、一見無関係の分野でも、広く情報を集めれば、それがなにかの拍子に発想を広げるのは学問でもよくあることで……」
ピラツの表情が変わっていくのをどう受け取ったのか、ラムウェジは相変わらず淡々と、
「サグニオの領地の中には、国王から管理を任された広大な“王の狩猟地”があるの。古い記録ではその狩猟地の中に、お湯の沸く泉があったんですって。それも、四分の一時(三〇分)くらい漬けておくと、卵がゆで卵になるくらいの熱さだったらしいの」
「温泉……ですか」
「そう、でも今は、泉が枯れたことになってるらしくて、場所の記録も残ってない。でも温泉があったということは、地熱そのものが高いってことだよね。実際、サグニオの領地が周辺よりも作物が安定してるのは、高い地熱のおかげで冬場の二毛作が容易なこともあるようなの。ただ、狩猟地自体は王のもので、サグニオは管理を任されてるだけだから、そこを勝手に切り拓いて畑を作ったりはできない。表向きはね」
「表向きって」
ラムウェジの言葉をオウム返しに呟いたピラツに向けて、キールは足を組み替えてにっこりと微笑んだ。
「王の所有地だから、市民はもちろん入れない。でも、国王の直轄領から離れているから、王宮からの見回りもそんなに頻繁には来ない。そもそも狩猟地と言えば山の中ですもの、隠れてこっそりなにかやるにはおあつらえ向きでしょう」
サグニオは、彼らが想定した様々な条件を満たしている「容疑者」なのだ。理屈としては納得がいくものの、
「……だとしてもサグニオ氏は、そこから生まれる利益を、私欲のために使っているわけではなさそうですよね。薬の出回る数を操作しているとしたら、確かにそれは褒められたことではないですけど、実際に薬が役に立って助かっている人がいるなら、いいんじゃないんですか」
「そうね、サグニオはあまり派手好きでもなく、ただ浪費するお金を得るために、薬を栽培しているわけではなさそうに思えるわ」
キールは穏やかに頷いた。ピラツを見返す目に、いくらかの哀れみに似た色を乗せて。
「でもその一方で、お金が用意できなかった多くの人は薬が手に入らないまま亡くなっていった。実際には、充分に助けられるだけの量があったのかも知れないのに、よ。この国の学生の恵まれた環境は、失われたたくさんの命の上に成り立ってるのかも知れなくてよ」




