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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 【外伝】 ある翻訳家の失踪 ~あるいは、エレム少年の事件簿~
295/622

6.ある法術師の推理<3/5>

「で、でも……」

「冬の乾燥した時機に、時々思い出したように各地で流行する病気があるんだけど」

 ラムウェジは患者に説明するように、丁寧に話し出した。

「体力のない子どもやお年寄り、別の病気で長い間伏せってるような病人になるほど、症状が重くなって、同じ場所に長い時間一緒にいた人が高確率で発症する。ひどいと町ひとつが壊滅しかねなくて、レマイナ教会も長い間手を焼いてきてた。初期のうちに発症者を安静にさせて、なるべく他の人に接触させないようにするだけでだいぶ状況は変わるんだけど、かかりはじめに見分けるのがなかなか難しくて、気がつくと町全体に広まってたってケースも多いの。イソンドの葉は、その病気の症状の、特に命に関わる部分にとっても効き目が高いんだけど、なにしろ数が少なくてみつけてもものすごく高価。レマイナ教会でも地域の人数分の薬に必要な量を集めることができない」

「はぁ」

「でもね、滅多に手に入らない幻の薬のはずなのに、収束した後に調べると、なぜか必ず、その地域の資産家や貴族達は手に入れてる。必ず」

 ピラツは目をぱちくりさせた。

「それは、……薬自体が高価だから、お金を出せる人なら手に入りやすいってことでは?」

「そう、珍しいから高価なの」

 ピラツの疑問を見透かしたかのように、キールが貴婦人のように美しい仕草で頬杖をついた。

「幻とも言われてる薬なの。薬そのものが見つからなければ、どれだけお金を積んでも買うことはできないのよ? それが、毎回毎回、お金を持った人達の前には必ず薬が現れて手に入る。ちょっとおかしいと思わない?」

「で、でも……」

「もちろん、買える層が限られてるとはいえ、薬が手に入ったことで、命が助かったひとたちがいることはありがたいことよ。ところがね、二年ほど前に、ある地方でこういうことがあったのよ……」


★ ★ ★


 二年前、ある地方の町で、その病が広まりました。

 町長は領主や国王に助けを求めましたが、人から人に伝染うつると考えられる病気です。対処方法も定まらないままうかつに人を送り込んでは、被害が拡大するおそれがあります。

 レマイナ教会にも協力を仰ぎ、対処法を模索している間にも、人々は倒れていきます。

 そんな最中、その町の資産家のもとに、異国の商人がやってきました。

 町に広まる病にも怯えることなくやってきた商人は、資産家にある提案をしました。


「この病は薬さえあれば、どうということはないのです。大変貴重な薬ですが、これくらいの金額を用意いただければ、あなたのご家族を助けられるくらいはご用意できます」


 資産家はその薬が偽物ではないことを、実際に病にかかった使用人の家族で確かめると、こういいました。


「金ならいくらでも出そう。私の家族だけでなく、町の人の分も手にはいるだけ揃えて欲しい」

「お気持ちは判りますが、とても貴重でそんなには無理でございます」


 商人は渋ります。資産家は、最初に一人分として提示された値段に、町の住人全員分の数をかけた金額を実際に用意してみせました。

 すると商人は驚いた様子です。

「不可能ではないかも知れないが、それだけの数となるとこちらもいろいろ多くのところに手を回さなければいけません。この金額では済まないでしょう」

 と言い出しました。

 資産家はさらに言います。

「もし町の住人の半数分ならこの金額の五割増し、全員なら倍額の金を払おう」

 小国の国家予算にも相当する金額です。商人は出来る限りのことはする、と一旦去っていきました。

 思っていたよりも早く、商人は戻ってきました。町の全員分はさすがに揃いませんでしたが、商人は三分の二の人に飲ませられるだけの薬を用意できたというのです。

 資産家は約束通り、八割増しのお金を支払いました。

 薬は体力のない人達に優先的に配られました。薬が行き渡らなかった分も、資産家は病人たちの世話のために手を尽くしました。


 薬を飲んで回復したひとたちは、飲めなかった人達の介抱にあたって、結果的にその病で亡くなったのはごく少数で済みました。資産家は、私財をなげうってまで町の人を助けたことで、更に多くの人に信頼されるようになり、人助けの噂は他の国にも広く広まって、商売は更に繁盛しました。

 結果的に、薬代で支払った額以上に資産は回復しました。その上、資産家は国王に功績をたたえられ、騎士の称号まで賜りました。


 ★ ★ ★


「……いい話じゃないですか」

「そうね」

 ピラツの単純な感嘆の声に、キールは大きく頷いてみせた。が、

「でも、おかしいとも思わない? 幻と言われるほど希少なものなのよ。いくらお金があったって、ないものはどこからも出てこないはずなのよ? 」

 それはそうだ。手に入りにくいから高価なのだ。

 仮にある程度量産が可能になっても、最初のうちは開発や栽培にかかった費用を回収する必要はある。だとしても、時間が経てば値段は落ち着くだろう。なにより、必要なときにいくらでも数が揃うなら、幻などと呼ばれて必要以上に高騰することもない……

 そこまで考えて、ピラツはやっと彼らが言おうとしていることに思い当たった。

「……つまり、薬の価値が下がらないように、誰かが流通量を操作していると……?」

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