5.ある法術師の推理<2/5>
「……ラムウェジさんって、偉い方なんですか?」
「教会の中で偉いとか偉くないっていうのは基本的にないんだけど、ラムちゃんはまぁ別格ね」
小声で問いかけたピラツに、キールは微かに笑みを見せた。その後ろで、戸惑った様子でいるローナ達に、エレムが一歩歩み出て、ぴょこんと頭を下げる。
「お世話になります、使ってください」
そういって、道中で拾い集めていた枯れ枝や木の実の入った袋を、ローナと一緒にいた神官に差し出した。
ラムウェジの態度に怪訝そうな顔をしていた神官たちは一転、「なんてよくできた子なんだろう」と言わんばかりに一様に目を潤ませている。とてもよい一場面なのだろうが、なんだかあざとい気がするのはピラツの気のせいだろうか。
「さて、疲れたでしょ、ピラツ君はなるべく休んでて」
談話室に通され、また四人だけになると、ピラツは真っ先に長いすに座らされた。斬られた部分の痛みは一切ないが、まだ“血が足りていない”のと、夜明け前から歩きづめだったこともあって、座ったとたんに体が一気に重くなったような気がした。
ラムウェジはと言えば、荷物を置くのもそこそこに図書室に向かってしまった。その間、三人が残った談話室に、
「あの、糖蜜湯をお持ちしました。よければ焼き菓子も召し上がってください」
若い女の神官が、人数分の糖蜜湯の椀と、焼き菓子の入ったかごを盆にのせてやってきた。
「あら、ありがとう」
キールが微笑むと、女の神官は桜色に頬を染め、いくらか動揺した様子ながらも去って行った。
確かに男子としてとても好ましい外見なのだが、受け取った盆をテーブルに置き、ピラツとエレムに焼き菓子を取り分ける仕草は、やはり物腰が柔らかで女性的なのだ。しかしそれも違和感がないくらいに板についている。
「まぁ、木の実がたくさん。ピラツ君、ちゃんと頂いて早く血を増やさないとね」
「は、はい」
一方で、エレムは自分から、部屋の隅の桶で手を洗い流している。気がついたキールがにっこりと、
「さすがね、エレムちゃん。ピラツ君も、体が弱ってると思うから、食べる前にちゃんと手を洗っておいてね」
「はぁ……」
汚れた手で食べ物や赤ん坊に触らないようにと言うのは、レマイナ教会が民衆への講話の中で徹底する教えなのだ。
病気を起こす悪い『気』にはいくらか種類があるのだという。空気のように漂っているものだけでなく、土や汚れの中に混ざっているものもあって、それが口から体に入ることで病気が引き起こされるらしい。だから綺麗な水での手洗いを徹底して、手についた悪い気を落とすことで、病気の発生をある程度抑えることができるのだそうだ。
乳幼児や、特に体が弱っている者には、一度沸騰させて冷ました水を与えるようにとも教えられる。火には悪い気を浄化する力があるとのことだった。
その指導のおかげで、乳幼児の死亡率は十数年前に比べると確かに下がっているのだという。
褒められたエレムは、しかしたいして嬉しそうにするでもなく、軽く頷いてピラツが手を洗うのを見守っている。洗い方の指導でも入るのかといくらかびくびくしていたが、洗い終わるまでなにも言われず、ただ手を拭くためのタオルを手渡されただけだった。
とても目端が利く子なのだが、世話好きだったり特に愛想がよいような印象もない。というか、
「そういえば、ラムウェジさんは君のお母さんなの?」
ラムウェジが神官達に話していた内容を思い出し、今更ながらピラツは目を瞬かせた。エレムは淡々と、
「ラムウェジさまは僕の養い親です。血はつながってません」
「え? そうなの?」
髪の色も目の色も違う。確かに、あのラムウェジと親子というには雰囲気がまったく違いすぎるので、そういわれればそうかも知れないとは思うのだが。しかし実子だってこういう旅には連れ歩かないのではないだろうか。
「エレムちゃんのおうちの人は、流行病でみんな亡くなってしまったの。その町にラムちゃんが行ったのが縁で、ずっと連れ回されてるのよね」
「連れ回すって……」
さらっと大変なことを言われたような気がするが、エレムは特に気にした様子もない。それ以上はもう言う必要はないというそっけなさで、エレムはピラツの隣に腰掛け、簡単に感謝の仕草をした後で焼き菓子を食べ始めている。
話を広げられず、ピラツも焼き菓子を口にした。ほんのりとした木の実の塩気が、甘い糖蜜湯によくあって美味しいのだが、どうにも気まずい。
「あったあった、思った通り」
ピラツの心境と裏腹に、明るい声のラムウェジが談話室に戻ってきた。腕には装丁のしっかりした大きな本を抱えている。
「キール、昨日のピラツ君の葉っぱ見せて」
キールは頷いて、自分の懐から、二枚の板を紐で巻いたものを取り出した。その間には、更に紙に包まれた昨日の『葉っぱ』がはさまれている。ラムウェジは抱えてきた本をテーブルに置いて広げてみせた。
「ほら、これこれ。イソンドの葉」
「あ、同じだ……」
ラムウェジが抱えてきたのは、薬草の辞典のようだった。どういった形の木で、原産国はどこか、どういった気候で生息するのかも詳しく書かれている。
「この縁の形とか特徴的だよね。で、南大陸でも寒暖差の少ない温暖な地域でないと生息できないし、南大陸でも確認されているのは自生しているもののみで、栽培に成功した例は未だない……はずなんだよね」
「……なんでそんなものが箱一杯……? 」
ピラツがぶつかった時、確かにあの木箱の中身は同じ葉でいっぱいになっていた。
「簡単な話、こっちでの栽培に成功したんでしょう。で、それをずっと隠してる」




