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31.銀礫の橋と征海の騎士<5/6>

「計測の結果を発表いたします。一組目、ニハエル氏は一時と六分の一、二組目ラザート殿は、一時半。三組目、ルナ殿は……」

 もったいぶるように、発表者は声をいったん切った。

「一時と八分の一。今回の優勝者は、三組目の一位、ルナ殿であります!」

 見守っていた者たちは、一瞬の静寂の後、一斉に大きな歓声を上げた。

 高い場所にいる領主のリトラ卿は、あまり面白そうな顔をしていないが、異を唱える様子もない。三組目が海上で遭遇した不思議な現象は、とても人知が関わっているとは思えない。大きな何かが波を開いたのだとしても、ただの参加者の一人である“ルナ”に、難癖をつけることが出来ないのだろう。

 一方で、観衆の声援を一身に浴びても、壇上のルスティナは特に緊張した様子もなくいつも通りの涼しい顔をしている。そもそもルスティナは、一国の騎兵隊を率いる総大将なのだから、多くの視線を浴びるのなど慣れっこなのだ。

「素晴らしい走りだった。僕も三組目の先頭を導くように波が割れていくのを見ていたけれど、こちら側だと夕日を受けて割れていく波が虹色に輝いて、本当に美しかった」

 その横に並び、発表を聞いていたニハエルが向きを変え、素直に賞賛の笑顔を見せながらルスティナに歩み寄った。

「きっと、三組目の者たちの走りを無にしてはならないと、伝説の二人が力を貸しに来たんだろう。おめでとう、ルナ殿。あなたならきっと、素晴らしい騎士になれるだろう」

「そなたの実力も、噂に違わぬようであった。これからも更に精進して、大陸中に名をはせる名騎手になられて欲しい」

「もちろん、そのつもりだ」

 壇上で二人が握手を交わすと、更に周囲は拍手と歓声で盛り上がった。仏頂面をしているわけにもいかず、領主のリトラ卿も、作り笑いで拍手をし始めている。

「負けても爽やかですの、なんだか腹立たしいのですの」

「ひょとして、素で好青年なんじゃないのかな?」

「親の七光りのボンボンなのにおかしいのですの」

「君はなにか貴族に嫌なことでもされたの?!」

 ぶつぶつ言ってるユカと突っ込むリオンに、周りが苦笑いしていると、運営委員の男が声を張り上げた。

「ではルナ殿、優勝者には定められた賞金の他に、叶えられる願いはできる限り叶えらるという特権がある。そなたの望みはなんであるか?」

「私は、シエナ殿の代理である故、賞金も褒美もシエナ殿のものだ。望みは、シエナ殿に聞いて欲しい」

 全く執着なく答えたルスティナに、周りの視線は一斉に、観客席で発表を見るシエナに集まった。

 運営委員に手招きされたシエナは、ヘイディアに背を押され、おずおずと壇上に歩み進み進んだ。貴賓席の者たちに膝を折り、意を決した様子で顔を上げる。

「あ、あの、私、ニハエル様とのご縁談の話を頂いております。大変有り難いお話ではございますが、今はそれ以上にやりたいことがございます。医療術や介護術を学び、今以上に多くの方のお世話をさせて頂きたいのです」

 それまで機嫌良く見守っていたプラサの町長が、表情をこわばらせた。

 招かれていた貴族達も、リトラ卿も、どう反応していいのか判断がつかないようだ。一瞬のうちに静まりかえる中で、

「なぁんだ、そんなことか」

 ニハエルが、あっけらかんとした声を上げた。

「父上が縁談をせっつくから僕もつい意地を張ってしまったけど、シエナはずっと人のために役に立ちたいと力を尽くしてきていたものね。僕も性急すぎたようだ。シエナだけじゃない、もっと多くの者が医学について学びやすい環境を整えて、学び終えた者たちが経験を積める場所も用意できるように、僕も協力するよ。父上、シエナはやはり素晴らしい志を持った女性でしょう」

 ニハエルは相変わらず爽やかに言い切ると、少しはにかんだように、

「念のために聞くけど、僕との結婚自体が嫌だというわけではないんだよね?」

「そ、それは……もちろん、ええ……」

 シエナはは、まんざらでもない様子で赤く染まった頬をおさえ、小さく頷いた。

 ヘイディアとユカはあっけにとられた様子で目を丸くしている。その後ろで、

「なんだ、シエナさんは、ニハエルさんとの縁談自体が嫌だったわけじゃないんだ」

「そういえば、結婚することで“療養所に来る時間がとれなくなる”ことを心配していたような……」

「流されながら生きてるだけで、結果的に幸せになる人も世の中にはいるもんなんだねぇ」

「……」

「ええー? なんだったのですの?」

「他人の色恋なんかに首突っ込むからだ」

 グランにケケッと笑われて、ユカが言い返せず悔しそうに睨みつける。

「まぁ、いいじゃありませんか。シエナさんはよき理解者を得られたってことなんですから」

 エレムは心底祝福している様子で、むくれているユカに笑顔を向ける。

「自分の気持ちを伝えるのは勇気がいりますが、長く人と付き合うには大事なことですよ。シエナさんとニハエルさんがよい関係性を築くお手伝いができたんじゃありませんか、良いことをしたと思いますよ」

「……もう、末永く爆ぜろー、ですの」

「君はどこからそういう言葉を仕入れてくるの?」

「オラとの愛はなんだっただシエナ」

 言い合っている後ろから暗い声が聞こえ、一同は揃って振り返った。

 どうやってここまで入り込んだのか、“モグラ”のザイルが思い詰めた表情で、観衆から冷やかされるシエナとニハエルを見据えている。

「いや、シエナは今大勢の前で、自分の本当の気持ちが言えないでいるだけだよ、オラが信じてやらなくてどうするだよ。シエナ、オラが今連れ出してやるだよ」

「……そろそろどうにかするか? あれ」

「そうですね……いやでもさすがにグランさんが物理的にどうにかしたらまずいような……」

「あんたはまた仕事さぼってこんな所に!」

 グランとエレムがぼそぼそと言い合っていると、更に後ろからどこかで聞いたような女の怒鳴り声が響いてきた。

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