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30.銀礫の橋と征海の騎士<4/6>

 空から見るとそれはあたかも、海が自ら波を開き、先頭集団のために退いていくように見えたろう。

 魚に姿を変えたチュイナが飛び込んだ場所にできた水しぶきは、羽を持った細長い魚――トビウオを次々に生み出し、それらは先頭集団を押し寄せる潮から護るように、浅瀬の外側へと退いていくのだ。新たに押し寄せてくる波も、トビウオに触れることで次々と形を変え、数を増やしていく。

 青い絹を裂くように波が割れて、白い浅瀬が再び顔を覗かせたことで、馬たちの勢いが一気に増し、異変に気づいた観客達は大きな歓声を上げた。

「お馬さんたちが流れ星の背に乗って走っていくのですー」

 それまで競技にはあまり関心を示さなかったランジュが、椅子の上に立って歓声を上げた。気づいたエレムが、海上を見渡しやすいようにランジュの体を抱き上げる。

 潮が退いて、浅瀬は細長くほの白い筋を海の上に描いている。その上で先頭を走るルスティナのマントが、背後からの夕日を受けて銀色に輝いている。

 それはまるで、大きな尾を引いて夜空を横切る流星の頭のように、ひときわ鮮やかに輝いて見えた。

「本当……、皆さん、流星の背に乗って走っているようです」

 シエナがため息のように呟くうちに、ルスティナの乗る馬が翠玉島に上陸した。その脚が島を駆け抜け、西につながる浅瀬に足を踏み出しても、波は相変わらずトビウオに姿を変えて、飛び上がりながら浅瀬を退き、変わらぬ勢いで潮を割っていく。

 観衆が賑やかに盛り上がる中、波が割れていく光景を呆然と眺めていたユカは、隣に立ったヘイディアに静かに頭を撫でられて、慌てた様子で目元を拭った。

「これなら、競技を中止する理由はないですね」

 ランジュを抱き上げたエレムにそう声を掛けられ、グランは軽く肩をすくめた。

「ルスティナが無事に向こう岸に渡れれば、誰が勝とうが負けようが、俺たちには関係ないからな」

「そうですね」

 素っ気ない返答に、エレムは苦笑いを浮かべたが、それ以上はなにも言わなかった。



 まるで伝説の再来のように一斉に波が割れ、浅瀬が再び顔を覗かせたことで、運営委員達は中止の判断機会を逸したようだ。もちろんあの幻想的、奇跡的な状況で無理に中止しようものなら、観客達が黙ってはいなかったろう。

 波が退き浅瀬が顔をのぞかせる現象は、三組目の最後尾が対岸に到達するまでの間続いた。全員が無事に渡り終えるのを見届けるかのように海が静かに閉じていく頃には、既に東の空は夜の濃い色に染まっていた。

 目の前でおきた奇跡的な光景を人々は口々に語り合い、まだ順位の発表も行われないうちから、フェレッセの町全体は最高潮に盛り上がっている。

 フェレッセの港に面した広場には大会のための特設会場が設けられ、運営委員と計測の技術者達が、今まさに最終結果をまとめているところだった。その会場の周りは、各組の上位入賞者達を――特に、海から祝福を受けたように駆け抜けた三組目の一位である女騎士を一目見ようと、貴族達だけでなく多くの市民も押し寄せ、あふれかえっていた。

 ついでにいうと、二組目の上位にロバとその乗り手の姿はもちろんなかった。

「前半は波が邪魔しましたけど、首飾りの中央付近から先はまったく浅瀬に波がかぶっていない状態でしたからね。一組目の上位陣にもひけはとらない速さだったと思うんですが」

「ルスティナ様はとっても早かったのですの! 領主殿がニハエル様で優勝をごり押ししたら、観客の皆さんが黙っていないのですの!」

 シエナのおかげで、グラン達は会場の中央に一段高くしつらえられた舞台の、かなり近くに招かれている。貴族や裕福層が間近で見物できる特別席だ。ここからだと、技術者達の持ってきた計測結果を前に、審査委員達が真剣な顔つきで言葉を交わしているのがよく見えた。

 特別に招かれたアルディラは、領主やフェレッセの市長、シエナの父であるプラサの町長らが並ぶ貴賓席の中央で行儀良く座っているが、どういう表情をしているかまではグランには見えない。こちらに気づいていないことを祈りたい。

 審査委員達の様子を食い入るように眺めているユカに、いくらか引き気味の様子でリオンが、

「水時計とネジ式時計での計測でしょう。時計の技術者達の面目もあるから、測定の結果をねじ曲げることはできないと思うけど」

「面目なんて、お金と名声と脅迫でどうにでもなるのですの」

「巫女さんはなかなか俗世にまみれた読みをするよねぇ」

「あなたに言われたくないのですの!」

「だからほっぺたを引っ張るのはやめてよー」

「うるせぇぞお前ら」

 結果などどうでもよいらしく、騒ぐだけ騒いだキルシェは一同が船を下りる頃にはさっさと姿を消していた。入れ替わるように残ったリノは、ユカに両頬を引っ張られてまだ悲鳴を上げている。

 給仕から受け取った葡萄酒を片手に、グランが煩わしそうに目を細めた。その横では、

「今日のばんごはんはどうなるのですかー?」

「街はお祭り騒ぎだから、食べ物屋さんもあいてると思うよ。このあたりの名物料理はなんだろうね」

「えびさんの塩焼きが美味しいのですー」

 もらった果実水を飲むランジュを世話しながら、エレムが穏やかに答えている。まだ喰う気なのかこのガキは。

 そんなざわめきを切り裂くように、大きく銅鑼が鳴り響いた。

 舞台脇で待たされていた各組の上位者達の、それぞれを一番に走り抜けた三人が、壇の上に招かれる。司会役の男が、観衆に向けて一歩進み出た。

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