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29.銀礫の橋と征海の騎士<3/6>

「自分の事は自分で決めないと、必ず後悔するのですの! 人の言いなりになるのは最初のうちは楽なのですの、でも、途中で何かあったときに、ずっと誰かを恨まなきゃいけなくなるのですの!」

「……ユカ様」

「自分で決めたことなら、間違いだって判ったとしても、そこからまた自分でやり直せるのですの! なんにもしなかったのに、逃げることもできなくなってから、後悔したって遅いのですの!」

 その言葉が、誰のことを言っているのか、シエナ以外の者にはすぐに察せられた。

 シエナは驚いた様子で、少しの間ユカを見返していたが、

「そうですね……」

 目の縁に涙をため、ユカは自分のことのように拳を握りしめている。シエナはそのユカの手に、自分のそれをそっと添えた。

「確かにそうですね、後になって『やっぱりあのときこうしておけば』と思っても、時間は取り返しがつきませんものね。もし、三組目の競技が無効になって、ニハエル様の優勝が決まっても、私は私がしてみたいことを、ニハエル様に申し上げてみようと思います」

 ユカは歯を食いしばって、ただうんうんと頷いている。さすがになにか感じるものがあったらしく、リオンが伺うようにグランを見上げた。ここで自分になにかを求められても困るのだが。

 神でもない自分たちが、今更なにをどうこうできるわけでもない。いくら知恵を絞ったところで、潮の満ち引きにまで人間の力では干渉できないのだ。それこそ、星の背に乗ってを海を渡った昔話の娘のような“奇跡”でも起きない限りは――

「……そうか」

「えっ?」

 グランは不意にまじめな顔で海を見据えた。不思議そうに問い返すリオンには構わず、

「ユカ、お前の使い魔は、ルスティナとずっと一緒なんだよな?」

「え? はい、そうですの?」

「だったら――」

 つかつか近寄ってきたグランに耳打ちされ、ユカは目を丸くした。

「できないことはない、と思うのですの。ただ、最初に少しルスティナ様の前に出ないと。姿を変えても、疾走する馬のすぐ前に出るのは難し……」

「ヘイディア!」

「は、はい?!」

 少し離れたところでエレムと向かい合い、静かに反省モードに入っていたヘイディアが、びくりと顔を上げた。

「な、なんでございましょう」

「出番だ! 海を割るぞ!」

「ええ?!」

 今の今まで、安易に法術で世俗の競技に介入しようとしていたことを、エレムに諭されていたのだ。すっかりしおれていたヘイディアは、妙におどおどとした様子で、

「で、でも法術は人を裁くものでは」

「捌くのは海だ海。それに、一組目に近い競技環境コンディションにして、参加者を安全に対岸に渡らせるためだ。誰を有利にするってわけじゃねぇよ」

「でも、あの」

「いいから話を聞け! 時間ねぇぞ!」

 ヘイディアは問うようにエレムを見た。エレムも少しの間目を白黒させていたが、ぴんと来た様子で笑顔を見せた。

「なにか思いついたんですね。聞いてみましょう」

「は、はぁ……」

『さて、先頭集団、だいぶ翠玉島に近づいて参りました!』

 グラン達が額を集めて打ち合わせを始める一方で、いくらか身を乗り出すようにリノが燭台片手に叫んでいる。

『どうやら先頭を走っているのは、突然現れた謎の女騎士ルナ殿のようです! しかし、今現在、潮位は中止判断基準ぎりぎりのところ。日没も迫り、海上で集まる審査委員達も判断が難しいところでしょう。おっとここで、安全のためでしょうか、競技会場を見回る監視船が、一斉に松明を灯し始めました!』

 リノの言葉と共に、船上の観客達が大きく後方を振り仰いだ。ひときわ大きく輝いた灯台の光を合図に、対岸の出立点から、首飾りを作る浅瀬を挟むように並んだ小舟の上に、順番に松明が灯り始める。他の船のものも皆一斉に振り返り、松明の光が鎖のようにつながっていくさまを、歓声を上げて眺めている。

「今年はちょっと早いようだが、やはり美しいですな」

「本当、星の橋がかかるようですわ、浅瀬が波をかぶっていなければもっと美しかったのに」

 どうやら、この松明の点灯は、大会の見ものの一つでもあるらしい。浅瀬が広く出ている状態なら、夕暮れの空の下で光を白く反射して、それこそ星屑の橋のように見えるのかも知れない。

 一方で、それは、海上を駆ける参加者への注目が、大きく逸れた一瞬でもあった。

 さっきまでのしおれた様子はどこへやら、ヘイディアは背筋を伸ばし、手にした錫杖を藍色の濃くなった空へと振り上げる。

「天より人の営みを見守りし偉大なる神ルアルグよ、地の小さき者たちを導くため、その指先を動かし給う」

 夜の気配を忍ばせた藍色の空から、海から陸に吹き上げるのとは別の風が一筋駆け降りた。

 風は灯台のある方向から、東へ伸びた『首飾り』の宝石をたどって走る馬達の背を追いかけるように、波を大きくさざめかせて海の上を走り抜ける。船上に灯された松明が風に吹かれて勢いを増し、船上の観客達は髪や帽子を押さえながら、輝きを増して波を照らす灯りに歓声を上げた。

 その風が、間近の中央の翠玉島に向かおうと、波に足を洗われながら走る先頭集団に追いついた、その時。

 それまで、ルスティナの肩にしがみついていたチュイナが、腕と手綱を伝って馬の頭上まで駆け上がった。ふわりと風に乗るように宙に身を躍らせる。

 それまで透明なトカゲの姿だったチュイナは、小さな羽を持った細長い魚へと姿を変えながら、ルスティナの操る馬の前に広がる海へと飛び込んだ。

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