24.勝利の行方<2/4>
グラン達の乗っている船は、内湾を点々と島が東西に連なる『首飾り』の中央からいくらかプラサ寄りに停泊している。第三組の出走まではこの位置で待機し、その後は競技の進行に合わせて、徐々に対岸のフェレッセに向かうらしい。
ここからなら肉眼でも、出立地点に当たるプラサの灯台下の海岸に並ぶ出場者達の動きが見える。蟻のように群れてそのままでは誰が誰だかまでは判らないが、単眼鏡を通すと姿形の特徴がそれなりに判別がつく。
「先頭の中央にいるのがニハエルさんっぽいですね、やっぱり良い位置に配置されましたね」
「大本命だからなぁ。これだけ注目されて、途中で転んで棄権とかなったら一生立ち直れなそうだな」
「どうしてそういう意地の悪いことを」
同じように単眼鏡をのぞき込みながら、グランとエレムがくだらないことを言っているうちに、フェレッセ側から大きな銅鑼の音が響いてきた。あわせて、一斉に馬が沖めがけて走り出した。
浅瀬はかなり広いが、馬が走りやすいくらいに潮が引いている地帯は、やはり幅が限られている。
同じ先頭集団でも、浅瀬の中央を走ることができれば、それだけ馬が波に脚をとられにくくなるから、序盤からかなり有利になるのだ。案の定、出発地点の中央にいたニハエルの馬は、馬力にものを言わせて先頭集団に躍り出た。
『ニハエル氏、機会を逃さず先頭集団の一番に躍り出ました』
『えー? このままニハエルくんがずっと一番前に走ってくのをみてるの? つまんなぁい』
『いやいや、これからなにがあるのかわからないのが、この競技の醍醐味ですよ』
『だってぇ、先頭集団のほかの馬、ニハエルくんを追い抜こうとしないじゃないの』
後方で団子になっているほかの競技者から、頭一歩抜けた先頭集団は、まるでニハエルの後をついて行くかのように、つかず離れず走って行く。
「相手の正体が判ってるから、うかつに追い抜けないんでしょうね。二位三位にもそれなりに賞金があるなら、領主から不興を買わない分、そっちのほうがいいですよね」
「なんだつまんねぇな」
「腰抜けばっかりですの」
少しの間見ていたが、二位以下はたまに入れ替わるものの、ニハエルはずっと先頭のままだ。
とはいえ、本人はそれなりに頑張っているらしい。周りが追い越そうとしないのを、不思議に思ってはいないようだ。育ちのよいお坊ちゃん、という印象がどうしてもぬぐえない。
「あいつらが真ん中の島に到達したら、二組目が出発なんだっけ」
「『翠玉島』でしたっけ。しばらく時間がありそうですねぇ」
片眼鏡を外して周りを見れば、ほかの船客は見物もそこそこに、供される酒や食事を楽しんでいる。漏れ聞こえてくる話題は、競技の結果と、それに絡む領主や貴族達の思惑についてばかりだ。
領主の息子が婚約、結婚となれば、貴族や商人達にもそれなりにすることがあるから、この競技の結果も、彼らの生活にはやはり重要なことなのだろう。
「外側がさくさくしてるのに中はもっちりなのですー、塩かげんがぜつみょうで美味しいですー」
ランジュは競技も周りの会話もどうでもいいので、目の前の食べ物を口に運ぶのに余念がない。しかも妙に語彙が広がっている。ある意味、この競技の恩恵を一番純粋に受けていそうだった。
第一陣が走っている間にも、いくらか潮が引いているようだ。高いところから見ると、「首飾り」の島々をつなぐ浅瀬の白さは、最初よりも広くなっているように見える。
波に足を取られなくなって馬も更に調子が出てきたのか、先頭と後続の集団の距離は更に広がっているようだ。
「じっきょうちゅうけい」ごっこをしているキルシェとリノも多少だれてきたようで、給仕にもらった果実水と菓子を片手にしばらくおとなしかったのだが、ふと、
『全体の数から見たら、先頭集団が妙に少なくない?』
『そうですねぇ、結構いい馬に乗っている選手も、後続の中に埋もれちゃってますねぇ』
「埋もれちゃってるっていうか、なんだかわざとのんびり走ってるように見えるのですの」
「やる気がなくなっちまったんじゃねぇの? 半分出来競技だろ」
「でも二位三位なら賞金が出るんですよね? お金を払って参加してるのに変じゃないです?」
『あっ、ここで先頭集団が“首飾り”の中央にさしかかりました!』
リノの言葉通り、ニハエルを含む先頭集団が、首飾りの中でも一番大きな島に上陸した。この島を先頭が通過すると、次の組が出立するのだ。
『翠玉の首飾りのよう』といわれるだけあって、各島は小さいながらも緑豊かで、競技のために切り開かれた道以外の部分は椰子の木や背の高い花の木が周辺に生い茂っている。それが陰になって、船上の見物人からは島を通過中に順位が入れ違っても状況が見えなくなるのだ。
しかし茂みから再び姿を表した先頭集団に、特に入れ替わりがあった様子はない。ニハエルが暫定一位なのはそのままだ。
「観客から見えないところで周りがなにか仕掛けるかと思ってたのですの、根性がないのですの」
「なかなか腹黒い読みをするよねぇ巫女さん」
「腹黒いとはなんですのー!」
「だから耳を引っ張るのはやめてー」
リノが無益な突っ込みの報復を受けている間に、島の上から銅鑼の音が鳴り響いてきた。それを合図に、灯台側に向けて各島の銅鑼が順番に伝わっていく。
灯台がひときわ大きく輝き、出立地点に控えていた第二組が一斉に走り始めた。
第一組と大きく違うのは、引き潮の一番大きな時間にかかってきて浅瀬が最初よりもかなり広がっていること。そして、一組目の参加者がつけていなかった色つきの布を各参加者が腕に巻いていることだ。万一、一組目の最後尾に二組目の先頭が追いついてしまっても、観客に見分けがつくようにという配慮らしい。
『おっと、ここで第二組出立です、先頭の各馬、有利な位置を占めようと我先に駆けていきます!』
『一組目の時とは全然違って殺気立ってるわねぇ』
たぶんこれが、本来のこの競技の姿なのだろう。浅瀬の外れ部分で不利な位置にいる者は、外側から先頭に回り込もうと、あえてまだ潮が引ききっていない部分を使って馬を走らせている。一組目が出立したときよりも浅瀬は広がっているから、集団の幅も広い。
「あの真ん中くらいにいる小さなのは、ザイルさんでしょうかねぇ」
エレムが何かに気づいた様子で、列のなかほどを指で示した。