22.女騎士、参戦す<6/6>
「一緒に走ってルスティナ様が一位になられれば、どこからも異論はなさそうでしたのに」
いくらか残念そうな様子でヘイディアが答えたが、そもそもニハエルの実力が判らないから、それはなんともいえない。領主の息子というなら、早いうちから騎馬の訓練を受けていそうなものだし、いい馬だって持っているだろう。
「それに、ここに来ている者たちの多くも、なかなか良い馬を連れている。やはり伝統ある行事なだけに、普段から備えているものが多いのであろうな」
ルスティナは臆するでもなく、どこか他人事のように冷静に周囲を見渡している。
見れば確かに、参加者の連れている馬は、毛並みもよく、蹄もしっかり手入れされた馬が多い。ルスティナが馬を引いて来なかったのは、灯台が徒歩で来られる場所だっただけでなく、必要以上に他の参加者の注目を浴びて警戒されないためだった。
馬がいなくても充分目立っているのだが。
「こんなに立派な馬をお持ちの殿方がたくさん……ルスティナ様にお願いしてよろしかったのでしょうか。馬が驚いてルスティナ様に何かあったりしたら」
「演習で集まる騎兵の数は、こんなものではないよ」
今更なシエナの声も、ルスティナは特に気にした様子もない。
「そうですね、エルディエルの騎兵隊が居並ぶと、城の前の大広場がいっぱいになってしまいますが、馬たちは動じた様子がございません。軍馬として訓練された馬は、体も精神も強靱でございます」
「まぁ……」
「ただ、優れた馬を産出できる牧場がある土地は限られているからな。こうした行事が行われているのであるから、この近くにもよい牧場があるだろうし、よい馬を持つ者は、有力者達にもそれなりに知られているであろう。今は目立たぬように振る舞った方がよいな」
「無名の新参者が、颯爽と優勝をさらうなんてかっこいいのですの、吟遊詩人の歌う英雄譚みたいですの」
どうもユカは想像力が豊かな上に楽天的だ。ルスティナとシエナは微笑ましく目を細め、ヘイディアまで笑みのようなものを見せている。と、
「シエナ?! やっぱり第三組にあるあの名前って、君なんだ?」
いきなり声を掛けられて、シエナは驚いた様子で振り返った。声の主に気づいて割れた人波のなかを、馬に乗った若い男が近寄ってくる。
「ニハエル様」
「どうしたんだい? 僕が勝てるか心配で人を雇ったの?」
いかにもよく手入れされた由緒正しい血統馬、といった品のある馬に乗り、これまた生まれも育ちも良さそうな青年が穏やかに微笑んでいる。金属の鎧こそ身につけてないが、大国の上級騎兵のような青い上下の揃いの服に、金糸で刺繍の施された立派なマントを羽織っていて、ほかの参加者とは色々な意味で一線を画する存在だった。
「え、いえ、あの……」
「大丈夫だよ、僕の騎馬の実力は折り紙付きなんだから。……あれ? 君の代理で出るのはその人かい? ひょっとして、ご婦人じゃないの?」
「ルス……ルナと申す。旅の騎士である、よしなに」
「ああ、失礼、僕はニハエル、シエナの婚約者……になる予定なんだ」
馬から降りたニハエルは、自分よりも若干背の高いルスティナにも臆せず、屈託のない笑顔で右手をさしだしてきた。ルスティナも涼しい顔で応じている。
「せっかく参加するのだから、お互いよい結果を出せるように頑張ろう」
「恐れ入る」
「シエナは船で渡るんだろう? 僕はこれから一組目の集合場所に向かうけど、授賞式でまた会おう」
白い歯を輝かせ、シエナに手を上げると、ニハエルはまた颯爽と馬にまたがって人混みの中を去って行った。誰に言われたわけでもないのに、馬が進むと、潮が引くように人混みが道をあける。やはりこのあたりでも顔が知られているのだろう。
なかば唖然とその後ろ姿を見送っていたら、
「なんだか爽やかすぎてむかつくのですのー」
一同の意見をそのまま口に出したユカに、シエナは困ったように微笑んだ。
「でもニハエル様も悪気はないのです。お育ちがよいせいか、下々をいたわるのと同じように、ほかの貴族の方にも接するので、年輩の方には逆に生意気に思われるようなのですが」
「シエナ様は誰の味方なのですの」
「味方というか、あの」
「別にシエナ様はニハエル様とけんかしたいわけではございませぬよ、ユカ殿」
「領主の後継者としての振るまいが身についているということであろう、よいことなのではないかな」
「それにしてもですのー」
「だ、大丈夫だシエナ!」
まともな男なら割り込む気にもならない女達の会話を、全く空気を読まない別の声が遮った。
いつのまに近づいてきたのか。というか、人混みに紛れてこちらの会話を伺っていたらしい“モグラ”のザイルが、決死の形相でシエナを見据えている。その手が持つ手綱の先には、貧相なロバがつながれていた。
「お、オラ、頑張るだよ。こうなったのも天の神のお導きだで、華麗に優勝してみんなにオラ達の仲を認めさせるだよ」
「あ、あの」
「終着点で楽しみに待ってるだよ。オラがシエナを救う王子様になってみせるだよ、ほら行くだよロシナンテ」
ロシナンテと呼ばれたロバは、やる気なさそうに欠伸をしながら、肩を怒らせて去って行くザイルにだるそうについていく。確かにロバも馬は馬だが。
「やっぱりあれは早めになんとかした方がいいんじゃねぇか?」
「いやでもああいう方は変に刺激しない方が……」
「おうじ……ロシナンテ……」
ぼそぼそ言い合っているグランとエレムの横で、いろいろ突っ込みが追いつかないリオンは目を白黒させている。
「本人が走った方が早そうですの」
なんともいえず笑顔を引きつらせているシエナの後ろで、ユカが冷静に言い放った。