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21.女騎士、参戦す<5/6>

「なんでしょう?」

「本音はどうなんだ? 本気で親に逆らってまで、婚約を断りたいとか思ってるのか?」

「どうなんでしょう……」

 シエナはいくらか困った様子で首を傾げた。

「もちろん、医療や介護について学びたいのは本当ですけれど、一方で、領主の息子であるニハエルさまに嫁がせたいという親の気持ちも判ります。ニハエル様もとても親切にしてくださいます。でも、私のためにいろいろ考えてくださる皆様のお気持ちも嬉しいのです」

「煮え切らねぇなぁ」

「今まで、あまり自分のためにあれこれ考えたことがなかったもので……。母には、自分がこうして不自由なく暮らせるのは、父の働きや、周りの皆さんのご親切があってこそなのだから、常に感謝して、人の厚意を無碍にするような真似は慎みなさいと教えられてきました。自分の気遣いが喜ばれなかったり、冷たく拒まれたら悲しいものでしょうって」

「それもどんなもんだかなぁ」

「それに、人のためを思って働くことは、自分を幸せにすることだとも教えられました。私の拙いお世話でも、療養所の皆さんはとても喜んでくださいますし、その様子を見ていると私も嬉しいです。それに、私のためにあれこれ考えてくださるみなさんも、とても楽しそうです」

「世話を焼かれることも人のためってか」

 というか、キルシェあたりは全く便乗して楽しんでいるだけなのだが。グランは軽くため息をつくと、

「あんたがいいんなら、別にいいけどさ。自分で何をしようがしなかろうが、最後には自分に跳ね返ってくるんだぞ。結果が出てから人のせいにしたって遅いんだからな」

「は、はい……」

 言ってから、自分がひどく説教くさいことを言ってしまった気がして、グランは持っていたパンを口に押し込んだ。その横ではいつの間にか飲み物を飲み終えたランジュが、ワゴンの下段に重ねられた皿代わりの椰子の外殻と、自分の頭を触り比べている。

「椰子の実も固いのですー。グランバッシュ様の頭とどっちが固いのですかー?」

「そろそろ忘れろよそれ」



 真っ青な空を背景に、朝日を受けてそびえ立つ岬の灯台は、昨日よりもいっそう白く映えている。

 海は空以上に碧く輝いて、その上に浮かぶ緑の小さな島々は、浅い水面の下に見える白い浅瀬に結ばれて、まるで白金プラチナの鎖でつながれた翠玉エメラルドの首飾りのように美しい。

 しかし、少し見る方向を変えると、遠く南の空を覆う灰色の雲が目に入る。今は雷も収まったようだが、こころなしか南からの風を強く感じるのは、あの雲のせいなのかも知れない。

 一行が岬の灯台下に出向いた頃には、既に発表を見に来た者たちで周辺は賑やかになっていた。遠くから見ると、あまりの混み具合に『こんなに参加者がいるものか』と驚いたのだが、近寄れば、馬を連れた者だけでなく、発表を見に来た参加者たちを当て込んで飲み物や食べ物の屋台が市場のように店を広げているのだ。どうやら、こちら側のお祭り自体は、ここから既に始まっているのだろう。

「なんだよお前ら、出かけるって頃にちゃっかり戻って来やがって」

 ぞろぞろ歩く女達の後ろにつきあいながら、グランは横に並んでランジュと手をつなぐエレムとリオンを恨めしく睨みつけた。

「別に逃げたわけでも、頃合いを見計らって戻ってきたわけでもないですよ。あまり長居してお仕事のお邪魔になっても申し訳ないから、きりのいいところでおいとましてきただけです」

「そ、そうですよ。それにグランさんは、療養所の運営とか興味ないでしょう」

「お前だって別に興味あるわけじゃねぇだろ」

「ぼくは、レマイナの神官がどういった活動をされてるかに興味があるだけです」

「うっそつけ」

「なんでですかー」

「それにしても、ルスティナさん、ああいうのは本当、様になりますね」

 横の不毛な会話にさっさと見切りをつけて、エレムは先を歩く女達に目を向けた。出てくる時は一緒だったはずのキルシェはいつの間にか姿を消している。

 神官達がぞろぞろつるんで歩いているだけでも目を引くのに、その中心にいるのは、この町の町長のの娘と、つばの大きな羽つき帽子に薄手の黒い上着、そして銀のマントを身につけた美しい『旅の女騎士』なのだ。マントはいつも使っているものだが、将官服の大きな特徴である肩章を外しているので、一見『身分の高い貴族に仕えるおしのびの騎士』風になっている。

 普通の町中ではそれなりに目立つはずのグランは、各地から集まった騎兵風、騎士風、ともすれば海賊風の装束で馬にまたがる男達が多いこの場では、多少なじんで見える。

「背が高くてすらっとしてるから、ああいう男性的な衣装が映えるんですね。あんまり考えたことがなかったですけど、普段はどんな服装を好むんでしょうねぇ」

「普段って……」

 ルスティナは騎士の称号を賜る以前から、貴族階級の人間だったはずだ。女子として生まれた者に、幼少期から男子のものばかりを与えることはないだろうから、それなりの貴族の婦女子としての身なりになじんでいそうなものだ。

 しかし、騎兵隊の役目を離れたときの普段の服装というものが、グランには全く想像できない。なにを着せても似合いそうなものではあるが。いい機会だから、こんな無難な騎士風ではなく、普段見られないような服装でもさせてみればよかったろうか。

 いっそ自分も『乙女騎士』とやらの衣装を推してみるべきだったのか。いやいや、どう見ても乙女って年齢じゃねぇよなぁ。いくら美人だからって、いい大人にあんな格好させたら痛いだけだよなぁ。いやしかし。

「……なにを急に真剣な顔で悩み始めてるんですか」

「俺にだっていろいろ振り返ることがあるんだよ」

 怪訝そうなリオンにしっしと手を振る。

 リオンとエレムの間で手をつないで歩くランジュは、そこここに立つ屋台をきらきらした目で眺め、なにをねだろうかと品定めしている様子だ。特に目立つのは、エビや貝を串刺しにして焼いただけの屋台と、練った魚に衣をつけて揚げたものを売る屋台だ。魚の揚げ物ってあれか。

 人の流れに乗って灯台下にたどり着くと、灯台の門の前の広場でちょっとした人だかりができていた。立てかけられた板に、第一組、二組、三組と割り当てられた者たちの名前が書き出され、

「うわぁ、俺一組だよ、ニハエルと一緒じゃもうだめだ」

「三組だなぁ、潮が満ち始める前に走りきりたいな」

 参加するらしい者たちが賑やかに声を上げている。その間をすばしこくかき分けて発表を見に行っていたユカが、

「シエナ様のお名前が三組にありましたの。例のニハエル様は一組目のようですの」

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