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19.女騎士、参戦す<3/6>

 建物の周辺は、脚のついた鉄輪に取り付けられた松明がいくつも備えられていて、夜でも作業に支障はないようだ。馬のたてがみをすいていた手を休め、ルスティナはヘイディアに向き直った。

「参加者は大きく三つのチームに分けられ、時間をおいて出立するそうです。参加の登録をしたあとで改めて抽選が行われ、誰がどの組になるかは、明日の朝に発表されるとのことでした」

「ふむ」

「一番はじめの組の先頭が、首飾りの中央にあたる大きな島を通過したところで、次の組が出立し、それぞれ渡りきるのにかかった時間を計測します。それぞれの集団の、一番になった者の中でも最も成績のよい者が、その年の優勝者になるとのことです」

「ばらばらに走るのなら、誰が一番早かったかはどうやって判断するのだ?」

「水時計と、最新式のねじ式時計を利用しての計測だそうです。こちら側の灯台の合図で、対岸にいる審判長が時計ではかり始めます。公正を期するために、計測は運営従事者だけでなく、レマイナ教会の司祭殿や国王の使者といった、外部の者たちと共に行うのが習わしだそうで、計測自体はかなり公正で正確だとのことです。ただ……」

「ただ?」

「参加登録した者たちにそれとなく聞いてみたところ、今回は領主であるリトラ卿が手を回したと思われる騎馬の乗り手が、多数参加しているそうです。もし息子のニハエル様以外に突出して成績がよい者が現れた場合、終着点ゴールまでに妨害される可能性は大きいだろうとのことでした」

「領主殿も、体面がおありであろうからな」

 ユカの独断的な偏見かと思っていたら、あながち的外れではなかったらしい。ルスティナが大きく頷く、と、

「はいはーい、あたしも聞いてきたわよー」

 声とほぼ同時に、少し離れた地面の上に光の法円が描き上がる。陽炎のように揺らぎながらその上に現れたキルシェは、背中に羽でも生えているような動きでふわりと馬の背に腰を下ろした。

 そういう芸を外でおおっぴらにやるなと言いたいところだが、この短時間でもういろいろと疲れてしまい、グランに口を出す気力は残っていなかった。代わりにエレムが、

「ずいぶんお早いお帰りですけど、さっきのお二人はどうしたんですか?」

「えー? 面倒だから町に入ったところで適当に捨てて来ちゃった。この陽気だし、一晩外で寝てても風邪なんか引かないでしょ」

 どうやら眠らせて放置してきたらしい。エレムが気の毒そうに微妙な笑みを浮かべる。

「でねでね、始まるの昼頃、浅瀬の水深が足首くらいまでに引いた頃から、第一組が走り始めるんですって。その第一組の先頭が『首飾り』の真ん中に当たる、『翠玉島』って呼ばれる島にさしかかったところで、第二組が出発するの。その頃には完全に潮が引いてて、状況的に一番有利に走れるのがこの第二組。で、その第二組の先頭が『翠玉島』に着いた頃に、最後の組が出発するんだけど、その頃には潮が満ち始めてるんですって」

「浅瀬が出ているのは、ずいぶんと短い時間なのであるな」

「でも、歴代で優勝者が出るのは、この第三組からが一番多いんですって。潮が満ちて走りにくくなる前に渡りきりたいっていう乗り手の焦りが、馬に伝わるんじゃないかしら。それに、この時期は潮が満ちたところで、浅瀬の上はせいぜい大人の腰くらいの深さにしかならないそうよ。もちろん、あまりにも遅いと人は船で回収してくれるから、溺れた者が出たって事もないみたい。そもそも馬は泳げるし」

「もともと港町であるからな、皆泳ぎも達者なのであろう」

「この近辺の海底は、古い時代の岩盤が隆起してできてて、首飾りをつなぐ浅瀬も割としっかりしてるんですって。滑りにくいし馬も走りやすいそうよ」

「なるほど、なかなかによい条件が整っているのだな。ありがとう」

 ルスティナは鷹揚に頷いた。

 聞けば聞くほど、反対できる要素がなくなっていく。黙り込んだままこめかみを押さえて近くの長椅子に腰掛けているグランに、エレムが苦笑いしながら、

「もうこうなったら、なるようにしかならないですよ。危険はなさそうですし、気持ちよく見守ってあげましょう」

「ってもなぁ」

 ルスティナはルキルア軍の頂点にあたる、白弦騎兵隊の総司令なのだ。馬術ではおいそれと、他人にひけをとることはないだろう。しかし逆に、簡単に勝ってしまって他人の縁談を左右するようなことになってもよいものか。

 今回は自分たちに出番はなさそうだが、行く先々で普通には起こりそうにないことに関わるのは、やはり『ラグランジュ』のせいなのか。うんざりした思いでランジュに目を向けると、さっきまで飼い葉桶をぐるぐるかき回して馬と遊んでいたのが、いつの間にか庭の中程にある小高い場所に移動して、突っ立ったまま沖を眺めている。視線で気がついたリオンが、怪訝そうにランジュに近づいていった。

「……ランジュ、どうしたの?」

「遠くでぴかぴかしてるのですー」

「ぴかぴか?」

 言われて目を向ければ、灯台の更に向こう、内海が大きく伸びて遠くの海に通じている南の空が、時々明るく輝いて、厚い雲の形を浮き上がらせている。

 こちら側は全くの好天で、『首飾り』から空につながる星の河も、その中でひときわ大きく輝くみっつの星もくっきりと見えているのだが、どうやら遠い南の海上は嵐でも通過しているのかも知れない。気がついたユカも、ランジュの横に来るとうっとりとした様子で空を眺めている。

「こっちの空は星空で、遠くの空は雷で輝いてるのですの。自然の神秘なのですの」

「しんぴっておいしいのですかー?」

「こころの栄養なのですの」

 深いんだかなんだか判らない答えだが、ランジュは感心したように大きく頷いている。リオンがあきれた目つきでなにか言おうとしたが、エレムに首を振られて不服そうながらも口を閉ざした。



 翌朝も、プラサの町近辺はよい天気だった。ただ、こころなしか南風が強く、波の音も昨日より多少強い気がする。

 灯台の向こうに見える遙か遠くの南の空は、やはり灰色の雲に覆われている。昨日の雷雲の名残だろう。しかし窓の外に広がる目の前の海は鮮やかに碧を湛えて輝き、風にそよぐ椰子の枝が波にあわせてさらさらと唄っている。心地の良い朝だった。

 早く起きたところで、自分はすることもない。潮風の匂いのする風に髪をくすぐられながら、グランが寝台でだらだらしていたら、

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