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18.女騎士、参戦す<2/6>

 せっかく山を越えて先代巫女のマティアに会いに来たのだから、食事の時くらいはみんなでゆっくり話でも、というシエナの厚意で、グラン達は施設と同じ敷地にある離れに招かれた。

 離れといっても、援助者である町長一家の別邸で、シエナが手伝いに来るときは必ずそこで過ごすのだという。グラン達が宿を探していると聞いたシエナは、それならここに泊まるようにとまで勧めてくれたので、その点は甘えることにしたのだが。

 その離れの食堂に全員が集まると、大きくふたつに分かれての事情の説明が始まった。

 リオンの説明にはグランとエレム、残りの者はルスティナにこちらでのいきさつを説明するために、それぞれ輪を作っている。

 その二つの集団グループに圧倒されるように、すっかり蚊帳の外状態のシエナとマティア、その横でなぜかランジュが一緒にテーブルについて、周りの様子を眺めていた。ランジュが眺めているのは、並べられていく料理の方だったが。

「でも、エスツファさんは全然心配してないんですよ。『ルスティナはおれより強いし馬術も達者だから大丈夫だ』って。そしたら全然関係ないキルシェさんが『面白そうだから一緒に行く』とか言い始めるし。『それならせめて護衛をつけましょう頼むからつけてくれ』ってオルクェル様が泣きついて、なんとか僕らとキルシェさんが同行することになって」

「関係ないってなによー」

 ルスティナと一緒に、ヘイディアとユカからいきさつを聞いていたキルシェが、耳ざとくこちらの声を聞きつけて不満そうな声を上げた。

「あたしがいたからこんなに早く着けたのよ、感謝しなさい」

「なに言ってるんですか、馬に乗ってきたんだから馬の脚のおかげですよ」

「でも、思っていたより早く着いたので驚きました。自分もここまでの距離を聞いて、到着は暗くなってからになるのではと思っておりましたので」

 話の話から離れて、壁際に控えていたエルディエルの騎兵が、場を和ませるように笑顔で言い添えた。隣のルキルア兵も、あわせて大きく頷いている。

「景色が美しいからでしょうね、道中、まるで時間を感じませんでしたよ」

「時間を……ねぇ……」

 思わず目を向けると、キルシェはそらぞらしく目をそらして口笛を吹く真似をしている。グランが額をおさえていると、

「なるほど、馬で海を渡る競技であるのか。年に一度しかできぬとは面白そうだ」

 ああ、言うと思った。グランは脚から抜けていきそうな力を引き留めるように、大きく頭を振って顔を上げた。

「面白そうはいいけど、始まるのは明日の昼からだっていうぞ。部隊も進んでるのに、こんなとこで遊んでられないだろ」

終着点ゴールは『首飾り』を渡った向こう側なのであろう?」

 手元にある紙を広げ、ルスティナはのんびりと答えた。施設の食堂に貼られていた、競技の告知書ポスターである。

「フェレッセならちょうど部隊の進行方向だ。終了時刻が日没ほどなら、フェレッセに宿を取って、その後で野営地に向かえばよい。湾沿いに追いかけたところでさほど差はないだろう」

「だってこっちは馬車もあるんだぞ、あんたは馬と海を渡れても、俺たちは陸からぐるっとまわらなきゃならないんだし」

「それなら、人は船で渡ればよいのではないか?」

 ルスティナはさらりと言ってのけた。

「内海は浅瀬だが、首飾りの外側は大型船が航行できると聞いた。それに、競技の見物のために多くの船が出るのではないのかな」

「ええ、見物のためだけじゃなく、競技の従事者スタッフもまた船でやってくるはずですよ。こちら側の港には大型船は入れませんが、灯台の近くまで寄せて、小舟を使って乗り移るんです」

 食事の席を整えながら話を聞いていた給仕の女が、愛想よく答えた。 

「フェレッセの貴族達や裕福な商人もみなさん船を用意してるはずですから、シエナお嬢様の口利きなら、どの船も乗せてくれるんじゃないかしら。なんていったって、次期領主のお嫁さん候補ですもの」

「船の上から見物できるのですの?! 乗ってみたいですの!」

「お船ははやいのですー」 

「お前ら……」

 ユカは目を輝かせ、ランジュはなにを勘違いしたのか両腕を広げて泳ぐ真似をしている。グランはあからさまに眉をしかめてため息をついた。

 そのグランを見ていたヘイディアが、しごくまじめな顔のまま、

「ルスティナ様が快くお引き受けくださっているのに、なにをそんなに心配なさっているのですか」

「だからいろいろまずいだろ、この格好で出たらルキルア軍の将官だって丸わかりだろうが」

「そんなの着替えればいいんじゃないのー?」

 グランの横のテーブルの縁に腰を掛け、目の前でこれ見よがしに脚を組み替えながらキルシェがさっくり言い切った。艶のある太腿が目に入ったらしく、リオンが慌てて目をそらす。

「グランって型破りを気取ってる癖に、割と心配性なのよね。せっかくのお祭りなんだし、みんなで楽しみましょうよ」

「若いうちから心配ばっかりしてると頭が薄くなるのですの」

「お前らが脳天気すぎなんだろ! だいたい海の上でなんかあって馬が暴走したりルスティナが怪我でもしたらどうするんだよ、お前ら責任とれるのか?!」

「私の馬は軍馬であるからな、ちょっとやそっとのことでは動じぬよ」

「いいじゃない、本人がいいって言ってるんだしさー」

「でも確かに、不測の事態に主催側がどう備えているのかは気になりますね。登録の際に訊ねることにいたしましょう」

「まずはどうやって参加権を手に入れるかですの」

 グランが二の句を継げないでいるうちに、女達はあれこれと参加の手順について相談を始めてしまった。

「お前もなんか言ってやれよ、いつもの常識的な意見はどうしたんだよ」

「な、なんか圧倒されちゃって……」

 心なしか、後ろに身を引くようにエレムが首を振る。その横で、妙に達観した表情のリオンが肩をすくめた。

「あの状態の女の人達に束でかかられたら、男が敵うわけないじゃないですか。オルクェル様だって、侍女達に本気で責められたら太刀打ちできないんだから」

 そう考えると、オルクェルも不憫な奴である。すっかり蚊帳の外に置かれた男三人の、更に横で、

「なんだか……私のためにこんなことになってしまってすみません……」

 当事者であるはずなのにまったく意見を求められないという謎状態のシエナが、申し訳なさそう肩を縮めて、車輪つきの椅子に座ったマティアに囁いた。

「せっかく、巫女様が会いに来てくださったのだから、ゆっくりお話ししていただきたかったのですが」

「私はいいんですよ、若い方が大勢で賑やかにされてるのを見るのは楽しいものです」

 言葉の通り、マティアだけは始終にこにこと、あれこれ盛り上がる女達を楽しげに眺めていた。

「それに、ユカがあんなに楽しそうにしているのは嬉しいです。山の上で寂しい思いをさせていないか、ずっと気に掛けていたけれど、皆さんによくして頂いてるようで安心しました。連れてきて頂けてよかったわ」

 最後の言葉は、所在なく小さくなっている男達に向けてだった。エレムが嬉しそうに笑い返し、グランは仏頂面で勝手に葡萄酒の栓を開けてカップについでいる。ランジュは周りの会話などお構いなしで、自分の目の前に並べられた料理を口に放り込むのに忙しそうだった。




「ということで、登録の際に詳しい話を聞いて参りましたが」

 哀れな二人の男から巻き上げた参加権の証明書でさっさと受付を済ませて、キルシェ以外の全員が灯台下から戻ってくると、ルスティナはランジュを連れて、騎兵たちやリオンと一緒に離れの裏手にある厩で馬の世話をしているところだった。

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