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17.伝説とお祭りと<7/7>

「ゆで海老の殻を剥いといてって言ったでしょ! どうして言われたことがまともにできないの! この“モグラ”が!」

「モグラ言うでねぇ! オラには海に出るより大事な使命が陸に痛い痛い痛い」

「気にしないでくださいね病気みたいなもんですからねー」

「シエナ、大丈夫だ、どんな障害にもオラは打ち勝ってみせるだよぉぉ」

 引きずられるように食堂から連れ去られていったザイルの叫びが、遠くからまだ聞こえてくる。あっけにとられている一同に、シエナは身を小さくするように、

「お騒がせしてすみません、最近雇った使用人なんですけど、ちょっと思い込みが激しいみたいで……。よくやってくれるんですけど、頑張りの焦点がずれてるというか」

「はぁ……」

「“モグラ”ってなんですか? さっきは芝に穴を開けてたから、モグラって言われてたのかと思ったんですけど」

「ああ」

 エレムに問われ、シエナは穏やかに微笑んだ。

「この内海一帯では、ある程度の年齢になっても船に乗れない男は“モグラ”って呼ばれるんです。ほとんどの町が漁で生計をたてていますから仕方ないのですけど、人には適性もあるのですから、別のところで頑張ればいいと思うのです」

「……って、それをそのまま本人に言ってやったんだな?」

「ええ? そうでございますけど……」

 あきれた様子のグランに、シエナは不思議そうに首を傾げている。

 周りから馬鹿にされてきた人間が、シエナに優しい言葉を掛けられて、初めて理解者を得たような気になってしまったのだろう。そのままのぼせ上がって勘違いしている口だ、あれは。

「今の殿方は置いておくとして、シエナ様ご自身は領主殿のご子息とのご縁談に乗り気ではないのですよね? このままなにもせずにいては後悔なされませんか」

 ヘイディアがまじめな顔で問いかけた。他人のことに積極的に踏み込んでくるような性格ではなさそうなのだが、今は妙に真剣だ。

「でも、仕方ないのです。私にはなんの力もありませんし、ここの援助だって曾祖母や母の志を継いでいるからこそ、父も協力してくれていますけど、あまりにも父の意向に反したことを続けていたら、打ち切られてしまいそうで」

「でも、でもだからって、周りが勝手に決めたことで、自分の一生が決まってしまったら、絶対後悔するですの。一番大事にしなきゃいけないのは、自分の心ですの!」

 ユカは苛立ったように叫ぶと、きっとした顔でグランとエレムを睨みつけた。

「なんとかして、シエナ様をお助けすることはできないのですの? あなた方はアヌダ神に導かれた特別な人なのですの、力を貸すのですの!」

「何言ってんだ? 導かれたも何も半分はお前の仕込みだったろうが」

「そそそそれはそうですけど、結果的にはそうなったのだから同じですの! なんとかならないのですの?」

「お前なぁ」

「さっきの若者は、自分も参加するといっていましたが、明日の競技は誰でも参加できるものなのですか?」

 ユカの剣幕に目を丸くしているエレムと、うんざりしているグランには構わず、ヘイディアが淡々と質問を継いだ。

「参加の制限はありませんが、事前に申し込みをして、抽選に当たった者が参加権を買えるのです。参加権を持っている者だけが、灯台下で出場の登録をすることができます。参加権自体の購入の締め切りは過ぎてますし……」

「じゃあ、もう新たに参加はできないのですの?」

「でも、必ずしも参加権を買った本人が、競技に参加しなければいけないわけではなく、騎馬の心得がある代わりの者を頼むのは認められています。このあたりでは誰もが馬に乗れるわけではありませんから。それに、ある程度裕福な者なら、抽選に漏れたとしても、当たった者から更に権利を買い、代理人をたてて参加することはよくあります」

「それですの!」

 ユカがぽんと手を叩く。

「参加権を誰かから買い取って、シエナ様が優勝してしまうのですの! 優勝すれば、領主様が何でも言うことを聞いてくださるのですの!」

「ええ?!」

「シエナ様の代わりに、グランバッシュ様が参加すれば優勝は確実です!」

「何でそこで俺!?」

 いきなり名指しされて、グランは目を白黒させた。

「だって元騎士様と言うからには、馬に乗れるのでしょう?」

「それはエスツファが勝手に呼んでるだけだってば! それに俺が馬持ってないのは見りゃ判るだろ!」

「それは、賭け事の借金のカタか、隠し子の養育費を作るために売り飛ばしたのだと思うのですの、馬には乗れるはずですの」

「勝手に俺の身上を作るんじゃない!」

「でも、案自体は悪くないと思います」

 騒ぐ二人の横で、ヘイディアがまじめな顔でなにか考えているようだ。

「登録の受け付けは今日の夜中まで、ということでございましたね。そして、競技の開始は明日の昼頃と」

「ええ、今年は潮の引き始めが昼頃になるだろうとの話でしたから」

「では、締め切りまでに参加権を手に入れて、出走までに代理の者と馬を見つければよいということですね」

「おいおい」

 ヘイディアに、真顔で冗談を言えるような遊び心があるとも思えない。さすがに不安になってきたグランにはお構いなしに、ユカは拳を握り締め、

「権力者によって整えられた出来競争レースをみんなの前でひっくり返すのですの、面白そうですの」

「出来競技レースだなんて、今の話でひと言も出てきてませんよ」

「でも権力者は自尊心が高いから、身内が負けそうになると絶対手出しするはずですの。自分の息子が参加する以上、中途半端な成績では領主様のメンツに関わるのですの。そんな不正を許してはいけないのですの」

「そういう思い込みだけで話を進めては駄目ですって」

 横で諫めようとするエレムの声も聞こえていないらしい。マティアもシエナも口を出す隙を見いだせず、中途半端な笑顔で話を聞いている。

 色々面倒なことになってきた。グランは思わず声を張り上げた。

「だいたいさ、馬や人が代理で出せるなら、いい馬もめぼしい乗り手もみんな誰かに雇われてるんじゃねぇの?」

「そ、そうですね……この一帯は漁師町なので、騎馬用の馬を持っているのも、馬に乗れる人も一握りしかいないので……。よその町に探しに行くにはもう時間も」

「ほらみろ、馬もないんじゃ話になんねぇだろ。もうこの話は終わりだ終わり!」

 言い切ってそっぽを向いたグランに、むっとしているユカの横で、ヘイディアは妙に据わった目で、

「それはやってみないと判らないのではありませんか? 始める前からあきらめてしまったら何もできないものです」

「そうですの!」

 なに乗り気になってんだこの女。ヘイディアの意外な食い下がりに、エレムもどう答えてればいいか判らないようで、戸惑った顔でグランに視線を向けてくる。いや、俺に頼るな、いつもの理屈はどうした。

「……あっ」

 それまで別の席で絵を描いて遊んでいたランジュが、いきなり声を上げて立ち上がり、開け放たれた扉から縁台にぱたぱた駆けていった。縁台の向こうからは、建物の裏手の海岸が見渡せる。

「おうまさんがきますー」

「えっ?!」

 思わずグランは腰を浮かせ、ランジュの後ろから縁台に顔を出した。

 夕日を浴びた波打ち際を沿うように、みっつの影が結構な速さで近づいてくる。その先頭の影の背には、時折銀色に輝く羽のようなものがひらめいて、遠目でもひどく目立った。

 えらい時機タイミングでえらいのが来てしまった。正体を察したグランが絶句しているうちに、縁台から見下ろすこちらの姿を見つけたらしいみっつの影は、砂浜から庭へと続く傾斜を軽やかに駆け上がった。

 出迎えるようにグラン達が庭に出ると、美しい栗毛の馬の上で、風で乱れた髪を軽く払いながら、ルスティナが屈託なく微笑んだ。彼女の背でひらめく銀色のマントが、星の屑を散らすようにきらめいている。

「思ったより部隊の移動が順調でな。昼過ぎには野営の予定地に着いたので、様子を見に来てみたのだよ」

「明日は競技会イベントなんですって? もちろん見ていくのよね?」

 その後ろで、申し訳程度に馬の背に腰を下ろしたキルシェが、魅惑的な脚を無駄に大きな仕草で組み替えた。片手を馬の背に添えただけで、座っていると言うよりは、浮いているような不自然な姿勢だ。

 遅れて追いついてきたもう二騎の、片方にはいつも見るルキルアの騎兵、もう一騎にはいくらかなじみになったエルディエルの騎兵と、その背にくくられるようにしがみついているリオンの姿があった。余裕いっぱいのキルシェとは対照的に、リオンは疲れ切って声も出ない様子で、ぐったりと騎兵の背にしがみついている。

「……馬と、馬に乗れる方がみつかりましたね」

 顎が外れそうなグランとエレムの後ろで、ヘイディアがぼそりと呟いた

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