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11.伝説とお祭りと<1/7>

 街道は山地を抜けると、いったん離れていたメルテ川と再び寄り添うようになる。幅広になったメルテ川が流れ込む先は、メロア大陸中央地区から西南に位置する広大な内海だ。

 といっても、河口から細長い湾になっている部分はいわゆる汽水域で、遠浅で波も穏やかだ。上から見ると、湾の南端に当たる部分は両岸にある二つの町を結ぶように点々と島が連なり、その美しさから『女神の首飾り諸島』という名前がつけられているほどだ。首飾りの西に当たるプラサ側からは、潮が引けば歩いて渡れる島もあるのだという。

『首飾り』から内側の湾内は、浅すぎるため大型船は入ることができず、河口に一番近い貿易港として機能しているのは首飾りの東側にあたるフェレッセで、その反対側に当たるプラサをはじめとした湾内の多くの町や村は、今も昔ながらの素朴な生活をしているのだという。

 最後の峠を越え、湾を一望する丘の展望広場で馬車が止まると、一番に飛び出したのはユカだった。木々の間から青い海がちらちら見え始めた頃から、それこそ窓から身を乗り出して景色を眺めていたユカは、

「きゃー、きれいですのー。まじやばですのー」

「きれいなのですー」

 いまひとつ謎の感想を述べるユカにあわせて、ランジュもうっとりと声を上げている。

 内海に続く細長い汽水湖の沖に、浅瀬に並ぶように緑の首飾りのような小島が連なって、それはまさにエメラルドの首飾りのようだ。と青く透き通った水面が空を映してきらきらと輝き、なるほど、宝石箱と言われるのも頷ける。

「聞けば、あの島では南国から持ち込まれた椰子の木や『パンノキの木』が栽培されているそうですよ」

 はしゃぐユカ達を微笑ましく眺め、馬車を降りたエレムが、御者と並んで御者台に座るグランに口を開いた。

「パンノキ、の木?」

「パンのような味の実が成るという木だそうです」

「へぇ?」

「実際の食感は芋に近いそうですけどね。椰子液を使っていろいろ加工するそうですが、最悪、火の中に放り込んだだけで食べられるし、木自体は特に世話がいらないので、とても重宝されているそうです」

「木に勝手に実を作ってくれるなら楽だな。そんなに便利なのに、何でほかで見ないんだ?」

「それが不思議なもので、この一帯は陸地も島も同じ気候のはずなのに、椰子はともかくパンノキの木だけは、陸に根付かないんだそうですよ。あの島々が堤防や船着き場として手を加えられないのは、パンノキの木を護るためらしいです」

「へぇ……」

 同じように見えて、陸地と島では土の状態が違うのかも知れない。グランが気の抜けた声を上げると、

「パンノキの木の苗は、遠い昔に奴隷狩りをしていた異民族が、奴隷達を効率的に働かせるために用いようと南の国から運んできたものだそうです」

 一番最後に馬車から降りてきたヘイディアが、静かに後ろから言葉を継いだ。

「効率的?」

「木に勝手に『パン』が成れば、食料を生産するための労力が減らせます。どうせ奴隷を働かせるなら、もっとお金になることに使役したいと考えたようですね」

「へぇ……」

「古い時代は、この周辺も異民族の侵攻を受けていましたから、パンノキの木はその名残なのです。異民族はメルテ川を遡って奴隷狩りを行っていたようですが、そのうち一帯の国々の反撃に遭い、この湾からも撤退していったそうです。一説には、陸でパンノキの木が根付かず、食料を思うように調達できなかったのも、異民族の敗因ではないかと言われています」

「それで、島のパンノキの木だけが残ったのか」

「パンノキの実、食べてみたいのですー」

 食べ物の話をしているのを察したランジュが、にこにこと口を挟んでくる。苦笑いしながらエレムがその体を抱き上げた。

「町で、加工したものを売ってるかも知れないね。あとで市場にも寄ってみようね」

「その前に、ちゃっちゃと用事を済ませちまおうぜ。療養所の場所も調べなくちゃなんねぇし、プラサからフェレッセに行く船が、よそ者を乗せてくれるかもよく判らねぇからな」

 司祭役の老女の話では、先代の巫女が暮らす療養所は、この河口の町クラフから湾沿いに西へ向かった行き止まりの、岬のそばにあるらしい。その療養所で面会を済ませたら、あとは対岸のフェレッセで本隊と合流することになっている。

 エルディエルの部隊と歩調を合わせなければいけないので、本隊がこのクラフを通過するのは今日の夕刻近く、フェレッセに到着するのは明日になるだろうとのことだった。



 幸い、クラフの町にはレマイナ教会があった。

 街道が山地から内海に抜ける最初の町であるからか、町は想像していたよりも広くて賑わっていた。しかし、斜面に家々が寄り添うようにして建つ町中の道は狭くて段差も多く、貴族が使うような大きな馬車は通るのが難しいという。町の入り口を守る衛兵の詰所のそばに馬車を待たせ、グランたちは徒歩でレマイナ教会まで向かうことにした。

 おもちゃのような石造りの家の寄りそう町並みのあちこちで、紙で作った星や色とりどりの短冊が軒先や玄関に飾り付けられている。ちょっとしたお祭りのようだ。

「収穫祭みたいににぎやかですのー。都会はすごいですのー」

「すごいのですー」

 目を白黒させているユカの口調をまねて、ランジュも声を上げている。一方で、道を聞きがてら通りかかった者に話を聞いていたエレムが、

「この周辺では、大潮の日に合わせたお祭りがあるそうですよ」

「大潮の?」

「今はちょっと詳しく聞けなかったんですけど、『女神の首飾り』の伝承にちなんだお祭りって言ってました。レマイナ教会の建屋に行ったらついでに聞いてみましょう」



 町の入り口からさほど離れていない場所に、クラフの町のレマイナ教会はあった。

 プラサの療養所について心当たりがないか聞いたところ、意外に詳細な答えが返ってきた。

 プラサの療養所には専属の医師もいるが、レマイナ教会の診療所からも医療術の心得のある神官が定期的に出向いて協力しているのだという。

「あの療養所は、プラサの町長であるグレハム氏の、曾祖母に当たる方が創設されたんですよ」

 高台にあるレマイナ教会建屋からは、町全体と湾の様子が一望できる。自分たちの応対に当たった年配の神官は、湾内がよく見渡せるベランダまで全員を案内すると、療養所のある岬を示しながら穏やかに説明してくれた。

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